ポスター撮影
秋の交通安全週間が近づいてくると、追兎天神駅の中もちょっとだけ忙しくなる。
掲示物の確認。
案内の準備。
駅前に貼るポスターの相談。
そんな話が事務室で出ていたある日のことだった。
「今年は、啓発ポスターも少しちゃんとしたものを作りたいんだよね」
駅長がそう言うと、駅員が書類を見ながらうなずいた。
「駅ロビーのミニライブ、評判よかったですからね」
「お客さんの声でも、あの三人組がよかったって意見がありましたし」
「三人組?」
うさぎがきょとんとする。
「うさぎちゃんたちのことだよ」
駅長が笑った。
「うさぎちゃん、マリーちゃん、みこちゃん」
「この前のミニライブを見たお客さんから、“あの三人ならポスターにもいいんじゃないか”って声があってね」
「ええっ」
マリーがすぐに身を乗り出した。
「ポスター!?」
「それって、駅に貼るやつ?」
「そうだよ」
「すごーい!」
みこも目を輝かせる。
「みこたち、モデルですか!?」
「まだ決まったわけじゃないけどね」
駅長は穏やかに言った。
「やるならお願いできるかな、って相談しようと思って」
マリーはもう半分その気だった。
「いいじゃんいいじゃん!」
「アタシ、ポスターとかちょっとやってみたい!」
「マリーちゃんはそう言うと思った」
うさぎが少し呆れたように言う。
「でも、交通安全の啓発なんでしょ?」
「ちゃんとした感じじゃないとだめなんじゃない?」
「そこは撮り方次第だよ」
駅員が笑う。
「元気があるのも大事だからね」
みこは、うれしそうにしていた。
でも、少し考えたあとで、ふと首をかしげた。
「……でも」
「ん?」
駅長がみこを見る。
「モデルをするなら、つむちゃんの方がいいかな」
一瞬、事務室が静かになる。
「つむちゃん?」
うさぎが少しだけ目を丸くした。
「うん!」
みこは迷いなくうなずく。
「つむちゃん、すごくきれいだし」
「秋のポスターなら、つむちゃんのほうが合うと思うの!」
その場にいたつむぎは、急に話が自分に向いて、思わず固まった。
「えっ」
「たしかに……」
マリーがつむぎを見る。
銀色の長い髪。
やわらかくて静かな雰囲気。
落ち着いたたたずまい。
「なんか、ポスターっぽい」
「ポスターっぽいって、なによ」
うさぎがつっこむ。
でもその目は、つむぎのほうを見ながら少しだけ納得していた。
「でも、交通安全の啓発なら」
うさぎは腕を組む。
「元気いっぱいっていうより、落ち着いた感じのほうが合うかもしれない」
「でしょ!」
みこは嬉しそうだった。
つむぎは、ますます困ってしまう。
「む、無理です……」
「わたし、そんな、人に見られるようなこと……」
「見られても大丈夫だよ?」
マリーがあっさり言う。
「だって、すごいきれいだし」
「そういうことじゃなくて……」
つむぎの声は、だんだん小さくなる。
その時だった。
「わたしも入れてほしいですわ!」
事務室の扉のところから、ぴんとした声がした。
振り向くと、アリスが立っている。
その後ろには、もちろんしおんもいた。
「えっ、アリスちゃん?」
みこが目を丸くする。
「ポスター撮影のお話、聞こえましたわ」
アリスは少しだけ胸を張った。
「それなら、わたくしも参加したいですわ」
マリーがちょっと笑う。
「来た来た」
「アリス様」
しおんが、すっと一歩前に出る。
「アリス様がポスターになったら、皆さまアリス様のほうを見てしまいます」
アリスは、即座に言った。
「当然よ」
「脇見運転が多くなってしまうので、交通安全の啓発としては少々危険です」
アリスはそこで少しだけ考えて、それからきっぱりとうなずいた。
「それもそうね。それでは本末転倒ですわ」
あまりにもきれいに納得したので、みこが思わず吹き出した。
「しおんちゃん、すごいです」
「ありがとうございます」
しおんはまったく顔色を変えない。
アリスは少しだけ残念そうではあったけれど、すぐにつむぎのほうを見た。
「では、見学しますわ」
「つむちゃんがどんなふうに写るのか、興味がありますもの」
「えっ」
つむぎはさらに困った顔になる。
でも、ここまでみんなに言われると、もう自分ひとりだけでは押し返しきれない。
「つむちゃん、大丈夫だよ!」
みこが言う。
「みこも一緒だから!」
「……みこちゃんも?」
「うん!」
駅長が穏やかにうなずく。
「交通安全のポスターだからね」
「つむちゃんだけより、みこちゃんと並んだほうが、やわらかい雰囲気になるかもしれない」
「それなら、いい感じかも」
うさぎが言う。
「つむぎだけだと綺麗すぎて、ちょっと近寄りがたいかもしれないし」
「みこちゃんが隣にいたほうが親しみやすい」
「えっ、それってどういう意味ですか?」
「いい意味だよ」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
みこは、もうその気だった。
「じゃあ、つむちゃんとみこでやります!」
「えっ、わたしまだ……」
「大丈夫です!」
その勢いに押されて、つむぎは小さく息をつく。
「……がんばります」
撮影場所は、駅のロビーの一角だった。
秋らしい色の掲示物を少し入れて、交通安全週間の案内板も見えるようにしてある。
駅員があれこれ位置を調整して、駅長が全体を見ていた。
「みこちゃん、ここね」
「はいです!」
「白鷺さんは、その少し隣」
「そうそう、そんな感じ」
つむぎは、まだ緊張した顔のままだった。
立っているだけなのに、なんだか落ち着かない。
「つむちゃん、そんなに固くならなくていいよ」
みこが小さな声で言う。
「うん……」
「でも、見られてると思うと……」
「じゃあ、みこのほう見てて!」
「えっ」
「そのほうが安心するでしょ?」
その言葉に、つむぎは少しだけ笑った。
「……そうかもしれない」
「でしょ!」
そこへ、見学組が少し離れたところから様子を見ている。
マリーは腕を組んで、何度もうなずいていた。
「うわ、やっぱりいい」
「つむちゃん、めっちゃ映える」
アリスも、少し身を乗り出すようにして見つめている。
「つむちゃん、すごく素敵ですわ……」
その声は、本気で見惚れている響きだった。
「ほらね!」
みこは、まだ撮影前なのに得意げである。
「だから言ったでしょ!」
「みこちゃん、いまは前向いて」
うさぎが横からつっこむ。
つむぎは、少しだけ頬を赤くしていた。
褒められるのはうれしい。
でも、それ以上に恥ずかしい。
「じゃあ、いくよー」
駅員がカメラを構える。
「交通安全だから、あんまり難しく考えなくていいからね」
「自然に立ってくれれば大丈夫」
「はいです!」
「は、はい……」
みこはいつも通りだった。
でも、つむぎはそうはいかない。
肩に力が入る。
目線も、どこへ向けたらいいかわからない。
「つむちゃん」
みこがそっと呼ぶ。
「うん?」
「今日は、みこが一緒だから」
その言葉に、つむぎは少しだけ息をついた。
「……うん」
「だから、大丈夫」
みこはにこっと笑う。
その笑顔を見た瞬間、つむぎの表情がほんの少しだけやわらいだ。
ぱしゃっ、とシャッターの音がする。
「おっ、今のいいかも」
駅員が言う。
「えっ」
「ほんとですか?」
「うん」
駅員はカメラを見ながらうなずいた。
「みこちゃんの元気さと、白鷺さんの落ち着いた感じ、すごくいい」
つむぎは、自分がそんなふうに見えているのかと少し驚く。
でも、みこはもうすっかり得意顔だった。
「だから言ったでしょ!」
「みこちゃん、それ今日三回目」
うさぎが言うと、マリーが笑った。
「でもほんとに、今回はみこの見る目が勝ちだね」
アリスは、まだつむぎから目を離せずにいた。
「つむちゃん、思っていた以上にポスター向きですわ……」
「思っていた以上って、どういう意味ですか?」
つむぎが聞くと、アリスは少しだけ言葉に詰まる。
「つまり、その……」
「とても、目を引くということですわ」
それはほとんど、そのまま褒め言葉だった。
つむぎは、また少しだけ照れて、でも小さく笑った。
撮影が終わったあと、駅員が試しに印刷した確認用の一枚を持ってきた。
「ほら、こんな感じ」
みこが真っ先にのぞきこむ。
「わあ!」
つむぎも、少し遅れてそっと見る。
そこには、駅のロビーを背景に並んで立つ、自分とみこの姿があった。
みこは明るく、親しみやすく。
つむぎは少し静かで、でもやわらかく。
自分で見ると、まだ少し気恥ずかしい。
でも、思っていたよりちゃんとしていた。
「すごくいいじゃん」
マリーが素直に言う。
「うん、いい感じ」
うさぎもそう言ってうなずいた。
「ちゃんと交通安全っぽいし」
「わたくしも、見惚れてしまいましたわ」
アリスが言うと、しおんが静かに続ける。
「それでも、ちゃんと啓発になっておりますのでご安心ください、アリス様」
「それならよかったですわ」
アリスは満足そうだった。
駅長が、確認用の一枚を見ながら笑う。
「うん、今年のポスターはこれでいこう」
つむぎは、少しだけ目を伏せた。
数字を見て役に立てた時とは、また違う気持ちだった。
自分に、こんな役目があるとは思っていなかったからだ。
「つむちゃん!」
みこが横から腕を取る。
「よかったね!」
「うん……」
つむぎは、やっと小さくうなずく。
「みこちゃんが言ってくれたからです」
「えへへ」
みこは本当にうれしそうだった。
秋の交通安全週間。
そのポスターは、こうして駅に新しい風を運んできた。
そしてつむぎにとってもまた、自分がこの場所でできることがひとつ増えた日になったのだった。




