表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/82

ポスター撮影

挿絵(By みてみん)


 秋の交通安全週間が近づいてくると、追兎天神駅の中もちょっとだけ忙しくなる。


 掲示物の確認。

 案内の準備。

 駅前に貼るポスターの相談。


 そんな話が事務室で出ていたある日のことだった。


「今年は、啓発ポスターも少しちゃんとしたものを作りたいんだよね」


 駅長がそう言うと、駅員が書類を見ながらうなずいた。


「駅ロビーのミニライブ、評判よかったですからね」

「お客さんの声でも、あの三人組がよかったって意見がありましたし」

「三人組?」


 うさぎがきょとんとする。


「うさぎちゃんたちのことだよ」


 駅長が笑った。


「うさぎちゃん、マリーちゃん、みこちゃん」

「この前のミニライブを見たお客さんから、“あの三人ならポスターにもいいんじゃないか”って声があってね」


「ええっ」


 マリーがすぐに身を乗り出した。


「ポスター!?」

「それって、駅に貼るやつ?」

「そうだよ」

「すごーい!」


 みこも目を輝かせる。


「みこたち、モデルですか!?」

「まだ決まったわけじゃないけどね」


 駅長は穏やかに言った。


「やるならお願いできるかな、って相談しようと思って」


 マリーはもう半分その気だった。


「いいじゃんいいじゃん!」

「アタシ、ポスターとかちょっとやってみたい!」

「マリーちゃんはそう言うと思った」


 うさぎが少し呆れたように言う。


「でも、交通安全の啓発なんでしょ?」

「ちゃんとした感じじゃないとだめなんじゃない?」

「そこは撮り方次第だよ」


 駅員が笑う。


「元気があるのも大事だからね」


 みこは、うれしそうにしていた。

 でも、少し考えたあとで、ふと首をかしげた。


「……でも」

「ん?」


 駅長がみこを見る。


「モデルをするなら、つむちゃんの方がいいかな」


 一瞬、事務室が静かになる。


「つむちゃん?」


 うさぎが少しだけ目を丸くした。


「うん!」


 みこは迷いなくうなずく。


「つむちゃん、すごくきれいだし」

「秋のポスターなら、つむちゃんのほうが合うと思うの!」


 その場にいたつむぎは、急に話が自分に向いて、思わず固まった。


「えっ」

「たしかに……」


 マリーがつむぎを見る。


 銀色の長い髪。

 やわらかくて静かな雰囲気。

 落ち着いたたたずまい。


「なんか、ポスターっぽい」

「ポスターっぽいって、なによ」


 うさぎがつっこむ。

 でもその目は、つむぎのほうを見ながら少しだけ納得していた。


「でも、交通安全の啓発なら」


 うさぎは腕を組む。


「元気いっぱいっていうより、落ち着いた感じのほうが合うかもしれない」

「でしょ!」


 みこは嬉しそうだった。


 つむぎは、ますます困ってしまう。


「む、無理です……」

「わたし、そんな、人に見られるようなこと……」

「見られても大丈夫だよ?」


 マリーがあっさり言う。


「だって、すごいきれいだし」

「そういうことじゃなくて……」


 つむぎの声は、だんだん小さくなる。


 その時だった。


「わたしも入れてほしいですわ!」


 事務室の扉のところから、ぴんとした声がした。


 振り向くと、アリスが立っている。

 その後ろには、もちろんしおんもいた。


「えっ、アリスちゃん?」


 みこが目を丸くする。


「ポスター撮影のお話、聞こえましたわ」


 アリスは少しだけ胸を張った。


「それなら、わたくしも参加したいですわ」


 マリーがちょっと笑う。


「来た来た」

「アリス様」


 しおんが、すっと一歩前に出る。


「アリス様がポスターになったら、皆さまアリス様のほうを見てしまいます」


 アリスは、即座に言った。


「当然よ」

「脇見運転が多くなってしまうので、交通安全の啓発としては少々危険です」


 アリスはそこで少しだけ考えて、それからきっぱりとうなずいた。


「それもそうね。それでは本末転倒ですわ」


 あまりにもきれいに納得したので、みこが思わず吹き出した。


「しおんちゃん、すごいです」

「ありがとうございます」


 しおんはまったく顔色を変えない。

 アリスは少しだけ残念そうではあったけれど、すぐにつむぎのほうを見た。


「では、見学しますわ」

「つむちゃんがどんなふうに写るのか、興味がありますもの」


「えっ」


 つむぎはさらに困った顔になる。


 でも、ここまでみんなに言われると、もう自分ひとりだけでは押し返しきれない。


「つむちゃん、大丈夫だよ!」


 みこが言う。


「みこも一緒だから!」


「……みこちゃんも?」


「うん!」


 駅長が穏やかにうなずく。


「交通安全のポスターだからね」

「つむちゃんだけより、みこちゃんと並んだほうが、やわらかい雰囲気になるかもしれない」


「それなら、いい感じかも」


 うさぎが言う。


「つむぎだけだと綺麗すぎて、ちょっと近寄りがたいかもしれないし」

「みこちゃんが隣にいたほうが親しみやすい」


「えっ、それってどういう意味ですか?」


「いい意味だよ」


「ほんとですか?」


「ほんとほんと」


 みこは、もうその気だった。


「じゃあ、つむちゃんとみこでやります!」


「えっ、わたしまだ……」


「大丈夫です!」


 その勢いに押されて、つむぎは小さく息をつく。


「……がんばります」




 撮影場所は、駅のロビーの一角だった。


 秋らしい色の掲示物を少し入れて、交通安全週間の案内板も見えるようにしてある。

 駅員があれこれ位置を調整して、駅長が全体を見ていた。


「みこちゃん、ここね」


「はいです!」


「白鷺さんは、その少し隣」

「そうそう、そんな感じ」


 つむぎは、まだ緊張した顔のままだった。

 立っているだけなのに、なんだか落ち着かない。


「つむちゃん、そんなに固くならなくていいよ」


 みこが小さな声で言う。


「うん……」

「でも、見られてると思うと……」


「じゃあ、みこのほう見てて!」


「えっ」


「そのほうが安心するでしょ?」


 その言葉に、つむぎは少しだけ笑った。


「……そうかもしれない」


「でしょ!」


 そこへ、見学組が少し離れたところから様子を見ている。


 マリーは腕を組んで、何度もうなずいていた。


「うわ、やっぱりいい」

「つむちゃん、めっちゃ映える」


 アリスも、少し身を乗り出すようにして見つめている。


「つむちゃん、すごく素敵ですわ……」


 その声は、本気で見惚れている響きだった。


「ほらね!」


 みこは、まだ撮影前なのに得意げである。


「だから言ったでしょ!」


「みこちゃん、いまは前向いて」


 うさぎが横からつっこむ。


 つむぎは、少しだけ頬を赤くしていた。


 褒められるのはうれしい。

 でも、それ以上に恥ずかしい。


「じゃあ、いくよー」


 駅員がカメラを構える。


「交通安全だから、あんまり難しく考えなくていいからね」

「自然に立ってくれれば大丈夫」


「はいです!」


「は、はい……」


 みこはいつも通りだった。

 でも、つむぎはそうはいかない。


 肩に力が入る。

 目線も、どこへ向けたらいいかわからない。


「つむちゃん」


 みこがそっと呼ぶ。


「うん?」


「今日は、みこが一緒だから」


 その言葉に、つむぎは少しだけ息をついた。


「……うん」


「だから、大丈夫」


 みこはにこっと笑う。


 その笑顔を見た瞬間、つむぎの表情がほんの少しだけやわらいだ。


 ぱしゃっ、とシャッターの音がする。


「おっ、今のいいかも」


 駅員が言う。


「えっ」


「ほんとですか?」


「うん」


 駅員はカメラを見ながらうなずいた。


「みこちゃんの元気さと、白鷺さんの落ち着いた感じ、すごくいい」


 つむぎは、自分がそんなふうに見えているのかと少し驚く。

 でも、みこはもうすっかり得意顔だった。


「だから言ったでしょ!」


「みこちゃん、それ今日三回目」


 うさぎが言うと、マリーが笑った。


「でもほんとに、今回はみこの見る目が勝ちだね」


 アリスは、まだつむぎから目を離せずにいた。


「つむちゃん、思っていた以上にポスター向きですわ……」


「思っていた以上って、どういう意味ですか?」


 つむぎが聞くと、アリスは少しだけ言葉に詰まる。


「つまり、その……」

「とても、目を引くということですわ」


 それはほとんど、そのまま褒め言葉だった。


 つむぎは、また少しだけ照れて、でも小さく笑った。




 撮影が終わったあと、駅員が試しに印刷した確認用の一枚を持ってきた。


「ほら、こんな感じ」


 みこが真っ先にのぞきこむ。


「わあ!」


 つむぎも、少し遅れてそっと見る。

 そこには、駅のロビーを背景に並んで立つ、自分とみこの姿があった。


 みこは明るく、親しみやすく。

 つむぎは少し静かで、でもやわらかく。


 自分で見ると、まだ少し気恥ずかしい。

 でも、思っていたよりちゃんとしていた。


「すごくいいじゃん」


 マリーが素直に言う。


「うん、いい感じ」


 うさぎもそう言ってうなずいた。


「ちゃんと交通安全っぽいし」

「わたくしも、見惚れてしまいましたわ」


 アリスが言うと、しおんが静かに続ける。


「それでも、ちゃんと啓発になっておりますのでご安心ください、アリス様」

「それならよかったですわ」


 アリスは満足そうだった。


 駅長が、確認用の一枚を見ながら笑う。


「うん、今年のポスターはこれでいこう」


 つむぎは、少しだけ目を伏せた。

 数字を見て役に立てた時とは、また違う気持ちだった。

 自分に、こんな役目があるとは思っていなかったからだ。


「つむちゃん!」


 みこが横から腕を取る。


「よかったね!」

「うん……」


 つむぎは、やっと小さくうなずく。


「みこちゃんが言ってくれたからです」

「えへへ」


 みこは本当にうれしそうだった。


 秋の交通安全週間。

 そのポスターは、こうして駅に新しい風を運んできた。


 そしてつむぎにとってもまた、自分がこの場所でできることがひとつ増えた日になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ