収穫祭のしたく
九月も半ばを過ぎて、風の中にほんの少しだけ秋の匂いが混じるようになってきた。
夏休みが終わり、二学期が始まってしばらく。
駅の仕事にも、学校にも、つむぎはずいぶん慣れてきたみたいだった。
「おはようございます……っ」
朝の改札前で、ぺこりと頭を下げるつむぎの声は、まだ少し控えめだけど、前よりちゃんと届くようになっていた。
「おはよう、つむちゃん」
声をかけると、つむぎは少しだけはにかんで、
「……はい」
と、小さく返してくれる。
それだけのことなのに、なんだかうれしくなる。
そんな朝だった。
「うさ姉さまっ!」
元気いっぱいの声と一緒に、みこが駅の奥から飛び込んできた。
飛び込んでくる、という表現がぴったりなくらいの勢いである。
「みこちゃん、走っちゃだめだよ」
「えへへ……でもでも、聞いてくださいっ。もうすぐ収穫祭なんです!」
目をきらきらさせながら、みこは両手をぎゅっと握る。
追兎天神の収穫祭。
秋の実りに感謝して、地域のみんなでお祝いするお祭りだ。
みこは追兎天神の巫女でもあるから、この時期になると、いつもより少しだけ忙しそうになる。
「今年もやるんだね」
「はいっ。でも……」
そこで、みこの声がほんの少しだけしぼんだ。
「あれ?」
「最近は、前ほど賑やかじゃないんです。人も少し減ってて……昔はもっと、わーってしてたらしいんですけど」
言いながら、みこはしゅんと眉を下げる。
「奉納綱引きも、ここ何年かはやってないんです。参加する人が少なくて、危ないからって」
「綱引き?」
マリーが、ぴくっと反応した。
「はいっ。赤組と白組に分かれて引くんです。勝ったほうで、来年の幸運を占うんですよっ」
「へえー、おもしろそうじゃん」
「そうなんですけど……やる人が集まらないと、どうしても……」
みこはそう言って、少しだけ悔しそうに口を結ぶ。
追兎天神の巫女としてのお祭り。
それが、少しずつ元気をなくしているのが、きっと寂しいんだろう。
「だったらさ」
ぽん、とマリーが手を打った。
「アタシたちで、なんとかしようよ」
その場の空気が、ぱっと変わった。
「えっ」
「えっ、じゃないよ。せっかくのお祭りなんでしょ? みーちゃんがそんな顔してるの、もったいないじゃん」
マリーは、当たり前みたいにそう言った。
たぶん、深く考えるより先に口にしたんだと思う。
でも、そういうところがマリーらしい。
「でも、どうやって……?」
「そこは、これから考える!」
どーん、と胸を張るマリー。
「さすがです、マリちゃん!」
みこは、あっという間に目を輝かせた。
そこへ、朝の見回りを終えたしおんとアリスもやってくる。
「何か面白そうなお話ですの?」
しおんとアリスに、うさぎは収穫祭の現状を伝えた。
「なるほど。事情は把握しました」
「それでマリーちゃんが、収穫祭を盛り上げようって言い出したの」
「それは素敵ですわ!」
アリスは、ぱっと笑顔になる。
「お祭りは賑やかなほうが楽しいですもの」
しおんはみこのほうを見た。
「奉納綱引きが無くなってしまったのが、ひとつの寂しさなのですね」
「はい……」
「でしたら、そこをどうにか復活させる方法を考えるのが良さそうですね」
「おおー、しおんちゃん、頭いい!」
「マリーさんが勢いをつけてくださったので、形にしやすいだけです」
「なにそれー。褒めてる?」
「半分ほどは」
「半分なんだ」
そんなやり取りに、つむぎが小さくくすっと笑った。
その笑い声が、なんだかあたたかかった。
****
その日の放課後。
うさぎたちは駅の休憩室に集まって、みんなで収穫祭の作戦会議をしていた。
「参加する人が少ないなら、参加したくなるようにすればいいんだよね」
うさぎがそう言うと、マリーがうんうんと何度も頷く。
「そうそう。堅苦しい感じだと、『見るだけでいいかな』ってなっちゃうじゃん?」
「たしかに……」
「昔からの行事って、ちょっと『ちゃんとしなきゃ』って思っちゃうところがありますし……」
「それなら、仮装とかしたら面白くない?」
マリーの目が、いたずらっぽく光った。
「仮装?」
「うん。お祭りだし。かたーい感じじゃなくて、もっと『出てみようかな』ってなるやつ」
「でも、追兎天神の収穫祭で、あんまりふざけすぎるのも……」
うさぎがそう言うと、マリーは腕を組んで、むむむ、と考える。
「うーん……じゃあ、ふざけるんじゃなくて、ちょっと楽しくする感じ?」
「仮装、歓迎……くらいなら、よいのではありませんか?」
静かに口を開いたのは、つむぎだった。
みんなの視線が集まって、つむぎは少しだけ肩をすくめる。
「その……仮装しなきゃいけない、だと難しいですけど……仮装してもいい、なら……」
「……あっ」
うさぎは思わず声を漏らした。
「それ、いいかも」
「おおー!」
マリーが机に身を乗り出す。
「仮装も歓迎! でも、いつもの格好でも大丈夫!」
「仕事着とか、制服とかでも、ってことですね」
「そうですわね。お店の方ならお店の前掛けでもいいですし、農家の方なら作業着でも、きっとその人らしくて素敵ですわ」
アリスの言葉に、みこがぱっと顔を上げた。
「巫女服でも、いいってことですよねっ」
「もちろん」
「たしかに、それなら参加しやすいかも……」
うさぎがそう言うと、マリーはにっと笑った。
「でしょ? 仮装も歓迎、いつもの仕事着でも歓迎。これなら、みんな来やすいじゃん」
「うん……うんっ。いいかもしれないです!」
みこの声が明るくなった。
その顔を見て、なんだかもう、それだけで半分成功したみたいな気持ちになった。
「でも、宮司さんに聞いてみないとですね」
「うむ。そこは大事だな」
いつの間にか、後ろで聞いていた駅長さんが腕を組んでいた。
「えっ、駅長さん!?」
「面白そうな相談をしてると思ってな。聞こえてきたので…」
駅長は少し笑ってから、
「祭りを盛り上げたいって気持ちは良い。だが、神社の行事なら、ちゃんとお伺いは立てるべきだろうね」
「はいっ!」
駅長の言葉にみこが元気よく返事をする。
「では、明日、追兎天神の宮司さんに相談してみましょう」
しおんがまとめるように言って、その日の会議はいったんお開きになった。
****
翌日。
うさぎたちはみこに案内されて、追兎天神へ向かった。
石段の上には、少し色づき始めた木々。
境内には、収穫祭の準備らしい道具が少しずつ並び始めていた。
「みこちゃん、みんなを連れてきたのかい」
本殿の近くで声をかけてきたのは、みこの父でもある追兎天神の宮司だった。
やわらかな笑顔の、穏やかな人だ。
「はいっ。あの、収穫祭のことで相談があって……」
「ほう」
そこからは、みこが今の収穫祭のことを話して、マリーが「もっと楽しくしたい!」と身振り手振りで説明して、しおんが補足して、アリスが「とても素敵だと思いますわ」と頷いて――と、なかなか賑やかな相談になった。
そして最後に、
「――というわけで、奉納綱引きを、今年は少しだけ参加しやすい形でできないでしょうか」
うさぎがそう締めると、宮司はしばらく考えて、それからふっと笑った。
「なるほど。仮装も歓迎。いつもの仕事着でもよし、とな」
「はいっ」
「賑やかなのは、きっと神様もお喜びになるでしょう」
みこの顔が、一瞬で明るくなった。
「じゃあ……!」
「ええ。良いと思いますよ。ただし、あくまで安全に。神前の行事であることも忘れずに」
「はいっ!」
「ありがとうございますっ!」
みんなの声が重なる。
マリーなんて、その場でばんざーいってしそうなくらいだった。
「それと」
宮司は続ける。
「もし休憩時間に何か催しを入れるなら、それも歓迎です。せっかく若い方たちが力を貸してくださるのですから」
「それならっ」
みこが勢いよく手を挙げた。
「にゃんステップで歌ってもいいですかっ?」
アリスも、ぱっと背筋を伸ばす。
「わたくしたち、がんばりますわ!」
「ふふ。ぜひ」
宮司は、うれしそうに頷いた。
帰り道。
石段を降りながら、マリーがくるっと振り向いた。
「よーし、やることいっぱいだ!」
「ポスターも必要ですね」
しおんが指を折りながら数え始める。
「綱引きの参加案内、ライブの告知、当日の流れの確認……」
「駅にも貼りたいよね」
うさぎが言うと、
「そこは私に任せて」
聞き慣れた声がした。
「お姉ちゃん!」
鳥居の近くで待っていたのは、雪乃だった。
「ちょうどみこちゃんからお話を聞いたの。追兎電鉄広報部として、少しくらいはお手伝いできると思うわ」
「ほんとですかっ!?」
みこの声が弾む。
「ええ。駅の掲示スペースに案内を出すくらいならできるし、デザインも一緒に考えられるわ」
「お姉ちゃん、さすが……!」
うさぎがそう言うと、雪乃は少しだけいたずらっぽく笑った。
「うさちゃんたちが頑張るなら、お姉ちゃんも頑張らないとね」
「もう……」
ちょっと照れる。
でも、うれしかった。
****
その日の夕方。
駅の休憩室には、色とりどりの紙と、書きかけの案内文と、楽しそうな声が広がっていた。
「ポスターの案はこれでどうかな?」
マリーが書いた紙を、みんなでのぞきこむ。
『奉納綱引き大会 参加者募集!
仮装も歓迎!
もちろん、いつもの仕事着でも、自分らしい装いでも大歓迎!』
「うん、すごくわかりやすいですっ」
「楽しそうですわ!」
「良いと思います。ずいぶん参加しやすく感じますね」
つむぎも、小さく頷く。
「……やってみたいって、思えます」
その一言に、みこがふわっと笑った。
「つむちゃんがそう思ってくれるなら、きっと大丈夫ですっ」
つむぎは少しだけ照れたように目を伏せて、それからまた小さく頷いた。
机の上に並ぶ、たくさんの紙。
その一枚一枚が、今年の収穫祭へつながっていく。
前より少し静かになっていたお祭りが、また賑やかになるかもしれない。
そう思うと、うさぎはわくわくしてきた。
「楽しみだね」
ぽつりと言うと、
「はいっ!」
みこが、いつもの何倍も元気よく返事をした。
その声は、まだ始まってもいないお祭りの中へ、もうまっすぐ届いている気がした。




