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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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つむちゃん!

挿絵(By みてみん)


 二学期の始まりの朝は、夏休みの終わりとは少し違う空気があった。


 まだ暑さは残っている。

 蝉の声だって、完全には消えていない。

 でも、制服に袖を通して家を出ると、それだけで気持ちが少し引き締まる。


 みこは、いつもより少しだけ早く家を出ていた。

 理由はもちろん、つむぎと一緒に登校するためだ。


「つむちゃーん!」


 教会の前まで来ると、みこが元気よく声をかける。

 しばらくして、扉が開いた。


「おはようございます」


 つむぎが、少しだけ緊張した顔で出てくる。


 新しい制服。

 銀色の長い髪。

 きちんと整えられた身だしなみ。


 その姿はとても綺麗で、朝の光の中に立つと、なんだか少しだけ現実味が薄いくらいだった。


「おはよう、つむちゃん!」


 みこは、そんなことはまるで気にせず、いつもの調子で笑う。


「制服、似合ってるね!」


「ありがとうございます……」


 つむぎは少しだけ照れたように微笑んだ。


「みこちゃんも、今日から二学期ですね」

「はいです!」

「そして今日は、つむちゃんの初登校の日です!」

「そうですね……」


 つむぎは小さくうなずく。

 でも、その声には少しだけ固さが混じっていた。


 みこはすぐに気づく。


「緊張してる?」

「……少しだけ」


 つむぎは正直だった。


「やっぱり、初めての学校ですし」

「教会には戻ってこられましたけど、学校はまだ、何もわからないので……」

「大丈夫だよ!」


 みこは迷いなく言った。


「みこがいるから!」


 その一言が、あまりにもまっすぐで。

 つむぎは思わず、小さく笑ってしまう。


「はい」

「それは、少し安心です」

「少しじゃなくて、もっと安心していいよ!」


 みこは胸を張った。


「つむちゃんと同じクラスだったら、もっと安心です!」

「そうですね」


 つむぎもやわらかく笑う。


「同じクラスだと、いいですね」



 追兎中学へ向かう道のりは、それほど長くない。

 でも今日は、その短さがありがたかった。


 みこは歩きながら、途中で見かけた猫のことや、昨日しらたまがどうだったかや、教会のくろみつがどんなふうに丸くなっていたかを話していた。

 つむぎはそれを聞きながら、時々「はい」とうなずき、時々小さく笑う。

 ずっと緊張しっぱなしではなくていられるのは、たぶんみこのおかげだった。


 校門が見えてくると、さすがに生徒たちの数も増えてきた。


「あっ、みこちゃんだ」

「おはよー」


 同級生らしい子たちが、みこに声をかける。


「おはようです!」


 みこは元気いっぱいに返事をする。

 そして、その視線が自然につむぎへ向いた。


「あれ、その子は?」

「えへへ」


 みこは少し得意そうに笑った。


「新しいお友達です!」

「お、お友達……」


 つむぎはちょっとだけ困ったように微笑む。

 でも、その紹介の仕方がどこか嬉しくもあった。


 昇降口の前で、みこはつむぎのほうを向いた。


「じゃあ、ここからは一回別々だね」

「はい」

「クラス、同じだといいね!」

「はい」


 つむぎは少し不安そうにうなずいた。

 みこは、そんなつむぎの顔を見て、少しだけ声をやわらかくする。


「大丈夫だよ」

「……うん」


 それだけで、つむぎはもう一度うなずけた。



 始業式のあとの教室は、独特のざわつきがあった。


 久しぶりに会う友達同士の声。

 夏休みの出来事を話す声。

 まだ落ち着ききらない椅子の音。


 みこも、自分の席で隣の子と少しだけ話しながら、でもなんとなく落ち着かなかった。


 つむぎ、同じクラスかな。

 違ったらどうしよう。

 もし違ったら、休み時間ごとに会いに行けるかな。


 そんなことを考えていた、その時。


 教室の扉が開いた。


 先生が入ってくる。

 そして、その後ろにもうひとり。


 銀色の長い髪が、教室の光の中でやわらかく揺れた。


 一瞬で、みこはわかった。


「つむちゃん!」


 思わず、大きな声が出た。

 教室中の視線が、いっせいにみこと扉のほうへ向く。

 つむぎは少しだけ目を見開いて、それから、ほっとしたように小さくみこを見た。


「……みこちゃん」


 先生が、少しだけ苦笑する。


「どうやら、知り合いがいるみたいだな」


 教室の空気が、さっきまでとは少しだけ変わる。


「今日から、このクラスに新しい仲間が加わります」


 みこは、もううれしさを隠しきれていなかった。


 教壇の前に立ったつむぎへ、クラス中の視線が集まる。


 その視線に悪意はない。

 でも、少しだけ距離があった。


 綺麗な子だ。

 銀色の髪だ。

 なんだか、すごく大人っぽい。


 そんなふうに思われているのが、つむぎにもなんとなく伝わる。

 だからこそ、最初の声はほんの少しだけ緊張していた。


「白鷺つむぎです」


 静かな声だった。


「この街には、少し前に戻ってきました」

「まだ慣れないことばかりですけど、よろしくお願いします」


 丁寧で、きちんとした自己紹介だった。


 ざわっとした教室の空気が、少しだけ静かになる。


 みこはその様子を見ていて、ちょっとだけむずむずした。

 みんな、きっと驚いているのだ。

 つむぎがあまりにも綺麗だから。

 でも、それでちょっと距離ができるのは、みこはなんだか嫌だった。


 先生が言う。


「じゃあ白鷺は――」


 その席は、ちょうどみこの斜め後ろだった。


「わあ……!」


 みこが思わず声を上げる。


 先生が少しだけ笑う。


「そんなにうれしいか」

「うれしいです!」


 つむぎは、そのやりとりを見て、ほんの少しだけ口元をゆるめた。




 休み時間になると、予想通り、教室の空気は少しだけ不思議なものになった。


 みんな、つむぎを気にしている。

 でも、どう話しかけていいかわからない。


 綺麗すぎる転校生、というだけで、最初の一歩が少しだけ難しくなるのだ。


 つむぎは席について、静かに周りを見ていた。

 自分から無理に話しかけるほどの勢いはない。

 でも、だからといってうつむいて閉じているわけでもない。


 その、ちょっとだけできた距離を、みこはあっさり飛び越えた。


「つむちゃん!」


 すぐに席のそばへ行く。


「同じクラスだったね!」

「うん……」


 つむぎの声が、朝より少しだけやわらかい。


「よかったです」

「みこも!」


 みこは満面の笑みだった。


 それから、すぐに周りの子たちを振り返る。


「この子ね、つむちゃんっていうの!」


 その紹介は、自己紹介のあとにするには少し変かもしれない。

 でもみこは気にしなかった。


「すっごく優しい子なんだよ!」

「教会のおうちの子で、お掃除もすごく頑張ってて」

「みこちゃん」


 つむぎが少しだけ困ったように言う。


「そんなにいっぱい言われると、恥ずかしいです……」

「えへへ」


 でも、みこの勢いに引っぱられるみたいに、周りの子たちの表情も少しずつやわらいでいく。


「教会のおうちって、あの街外れの?」

「うん!」

「えー、なんかすごい」

「髪、きれいだね」


 少しずつ、声が近くなる。


 つむぎは最初こそ少し戸惑っていたけれど、みこが間にいてくれるおかげで、答える余裕ができていた。


「ありがとうございます」

「教会は、最近戻ってきたばかりで……」

「まだ片づいてないところも多いんですけど」

「へえー」

「じゃあ、今度見に行ってもいい?」

「えっ」


 つむぎが少し目を丸くする。


 でも、その横でみこがすぐに言う。


「だめじゃないと思うけど、まずはみこと相談です!」

「なんでみこちゃんが窓口なの?」


 つむぎが思わず聞くと、みこはきっぱりした顔で答えた。


「お友達だからです!」


 その理屈は少し変かもしれない。

 でも、つむぎはそれで少しだけ笑ってしまった。




 昼休みには、もう最初の距離はだいぶ薄くなっていた。


 もちろん、みんなと一気に仲良くなったわけではない。

 でも、つむぎが“話しかけてはいけない子”ではないとわかっただけで、空気はずいぶん変わる。


 その中心には、やっぱりみこがいた。


「つむちゃん、お弁当どこで食べる?」

「えっと……まだ決めてなくて」

「じゃあ一緒に食べよう!」

「う、うん」


 その自然さに、つむぎは少しだけ驚く。


 でも、ありがたかった。


 新しい学校。

 新しい教室。

 新しい席。


 本当なら、きっともっと緊張していたはずだ。


 でも今日は、朝からずっと、みこがいた。


 登校の時も。

 教室に入ってきた時も。

 休み時間も。


 その存在が、思っていた以上に心強かった。




 放課後。


 教室を出て、昇降口へ向かう途中で、つむぎはようやく大きく息をついた。


「つかれた?」


 みこが聞く。


「少しだけ」


 つむぎは正直にうなずいた。


「でも、思っていたより大丈夫でした」

「ほんと?」

「うん」


 つむぎは少し考えてから、やわらかく笑う。


「みこちゃんがいたから」


 その一言に、みこはぱっと顔を明るくした。


「えへへ」


 すごくうれしそうだった。


「みこも、つむちゃんが同じクラスでよかった!」

「わたしもです」


 つむぎは、今度は迷わずそう言えた。


 校門を出るころには、朝の緊張はほとんどもう残っていなかった。


 もちろん、これからまだ知らないことはたくさんある。

 教室での毎日も、勉強も、みんなとの距離も、少しずつこれからだ。


 でも、ひとつだけは最初からわかっていた。


 自分は、ひとりじゃない。


「明日も一緒に行こうね!」


 みこが元気いっぱいに言う。


「はい」


 つむぎは、はっきりとうなずいた。


「明日も、よろしくお願いします」


 その声は、朝よりもずっと軽かった。


 新しい学校の、最初の一日。

 その始まりに、みこが同じクラスにいてくれたことは、つむぎにとって、なにより大きな救いだったのかもしれない。

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