アリスのティーパーティ
それは、数日前のことだった。
「今度、お茶会を開きますわ」
アリスはそう言って、胸を張った。
うさぎとマリーとみこは、そろって目をぱちぱちさせる。
「お茶会?」
「はいですか?」
「それって、ティーパーティってやつ?」
マリーが楽しそうに身を乗り出すと、アリスは満足そうにうなずいた。
「ええ。みなさんを、お屋敷にご招待いたしますわ」
そのひと言だけで、三人の頭の中には、それぞれ違う“お屋敷のティーパーティ”が広がっていた。
そして当日。
三人は、アリスのお屋敷へ向かう道を歩いていた。
「お屋敷のティーパーティって、どんなのかな」
みこがわくわくした声で言う。
「ふわふわのイスとかあるのかな。
高いところに、きらきらのシャンデリアとか……」
「高級なクッキーとかあるんじゃない?」
マリーも楽しそうに言った。
「丸い缶に入ってるやつ。なんか、ひと口で“おお……”ってなるやつ」
「なによその曖昧な表現」
うさぎは苦笑しつつも、自分でも少し緊張していた。
「しおんちゃん以外にも、メイドさんが何人もいたりして……」
「それはありそうです!」
「お屋敷ですものね」
みこもアリスも、なんだか納得したようにうなずく。
うさぎは自分で言っておきながら、少し落ち着かなくなった。
「うぅ……なんだか急に緊張してきた」
「うさちゃんって、そういうの弱いよね」
「だって、慣れてないし……」
そんなことを話しているうちに、お屋敷が見えてきた。
やっぱり、立派だった。
門も、庭も、建物そのものも、どこかきちんとしていて、いかにも“お屋敷”という雰囲気がある。
「わぁ……」
みこが小さく声を漏らす。
「すごいです」
「ほんとにお屋敷だね」
マリーも感心したように目を細める。
うさぎはごくりと唾をのみこんだ。
ここで暮らしているアリスちゃん、やっぱり本物のお嬢様なんだな……と、今さらみたいに思う。
アリスが嬉しそうに玄関の扉を開けた。
「どうぞ、みなさん」
そして、その瞬間だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
玄関の内側に立っていたしおんが、完璧な所作で一礼した。
一瞬、空気が止まる。
みこの口がぽかんと開いた。
「……わたしもお嬢様なの?」
うさぎは思わず吹き出しそうになりながら、小声で答えた。
「きっとこのお屋敷では、お嬢様なんだよ」
「なるほどです……!」
みこは妙に納得した顔になった。
マリーは面白そうににやにやしている。
「うさちゃんもお嬢様なんだ」
「やめてよ、なんか落ち着かないから……!」
しおんはそんな三人を見て、やわらかく微笑んだ。
「本日は、よくお越しくださいました」
アリスが誇らしげに言う。
「今日は、すてきなお茶会にいたしますの」
「すでに、すごそうです」
みこがきらきらした目でうなずいた。
案内された部屋は、明るくて、きれいで、窓からやわらかな光が差し込んでいた。
机の上には白いクロス。
お皿もカップもきれいにそろっていて、それだけでなんだか背筋が伸びる。
「すごい……」
うさぎが思わず小さくつぶやく。
「ほんとにティーパーティだ」
「クッキーもある!」
マリーが嬉しそうに身を乗り出した。
「しかも、なんか上品そう」
「いい香りもします!」
みこも目を輝かせる。
アリスは三人の反応が嬉しいのか、にこにこと機嫌がよかった。
「本日は、しおんがすべて用意してくれましたの」
「ええっ」
みこがすぐにしおんを見た。
「しおんちゃん、すごいです!」
「ありがとうございます」
しおんは落ち着いた笑みで一礼する。
その表情はいつものしおんちゃんだった。
てきぱきとしていて、きちんとしていて、頼れるメイドそのもの。
やっぱりすごいなぁ、と、うさぎが少し感心した、その時だった。
「では」
紅茶を全員に配り終えたしおんが、静かに言った。
一同の視線が自然とそちらへ向く。
しおんはティーポットを置き、すっと姿勢を正した。
「これより、紅茶とお菓子をさらに美味しくするための、大切な儀式を行います」
「儀式」
うさぎが思わず聞き返す。
「なんだかすごそうです!」
みこは目をきらきらさせた。
アリスも背筋を伸ばす。
「しおん、それは特別な作法ですのね?」
「はい、お嬢様」
しおんはまったく迷いなくうなずいた。
「とても大切な手順です」
うさぎはなんとなく嫌な予感がした。
けれど、しおんの表情はあまりにも真剣で、止める隙がない。
しおんは一歩下がると、丁寧に両手で小さなハートを作った。
「美味しくなぁ〜れ♡」
一瞬、部屋がしんとする。
みこの目が丸くなる。
マリーは口元を押さえている。
うさぎは固まった。
アリスはぱっと顔を輝かせた。
「まあ……!」
そして、しおんはさらに続けた。
「萌え萌え、キュン♡」
「えっ」
うさぎの声が裏返った。
みこがぶるぶる震えながら、でも楽しそうに言う。
「増えました!」
「本格的だね……!」
マリーも完全に笑いをこらえていた。
アリスは感動したようにしおんを見る。
「しおん……!」
「はい、お嬢様」
「なんて奥深いのでしょう……!」
しおんは静かにうなずいた。
「紅茶の時間を、より豊かなものにする技法です」
うさぎは心の中で思った。
いや、たぶん違うからね。
絶対ちょっと違うからね、それ……。
でも、あまりにも全員が真面目だったので、言い出せなかった。
「お嬢様方もご一緒にお願いします」
「はい!」
真っ先に手を挙げたのはみこだった。
「やります!」
「えっ、みこちゃんやるの?」
「だって楽しそうです!」
その横で、マリーもにやっと笑う。
「こういうの、やるからには全力でしょ」
「マリーちゃんまで……!」
アリスはやる気に満ちた顔で、カップの前に姿勢を正した。
「しおん、お手本をもう一度お願いしますわ」
「かしこまりました」
しおんは再び、完璧な所作で小さなハートを作る。
「美味しくなぁ〜れ♡」
「美味しくなぁ〜れ♡」
今度はみこが元気いっぱいに続いた。
「萌え萌え、キュン♡」
「萌え萌え、キュン♡」
みこも全力で真似する。
「元気すぎるのよ……」
うさぎが小さくつぶやく。
マリーはもう面白がる気まんまんだった。
「美味しくなぁ〜れ♡ 萌え萌え、キュン♡」
「ノリが軽い!」
「こういうのは、勢いが大事なんだって」
「誰が言ったのそれ」
そしてアリスも、少しぎこちなく、それでも誇らしげに両手でハートを作った。
「美味しくなぁ〜れ♡ 萌え萌え、キュン♡」
言い終わると、満足そうに微笑む。
「どうでしょう、しおん」
「とてもお上手です、お嬢様」
「まあ」
褒められて、アリスが嬉しそうに頬をゆるめた。
三人の視線が、最後にうさぎへ向いた。
「うさ姉さまも!」
「うさちゃんもやろうよ」
「うさぎさんも、ご一緒に」
「えっ、わたし?」
うさぎは一歩だけ後ずさった。
「いや、わたしは別に……」
「儀式ですから、お嬢様方はみんなご一緒に、です」
しおんの笑顔はやさしいのに、なぜか逃げ道がなかった。
「うさ姉さま!」
「ここまできたら、やるしかないって」
「きっと、より美味しくなりますわ」
いや、たぶん味は変わらないと思う。
うさぎはそう思ったけれど、言えなかった。
ここでひとりだけ断るのも、なんだか空気を壊してしまいそうだった。
「……うぅ」
うさぎは観念したように肩を落とした。
そして、恐る恐る両手で小さなハートを作る。
「……美味しくなぁ〜れ♡」
「声が小さいです!」
みこがすぐに言った。
「そこ、指摘しなくていいから!」
「次もありますわ」
アリスがきらきらした目で促す。
「わかってるわよ……」
うさぎは顔を真っ赤にしたまま、さらに小さな声で続けた。
「……萌え萌え、キュン♡」
一瞬の沈黙。
それから、みことマリーが同時に吹き出した。
「うさ姉さま、かわいいです!」
「うさちゃん、ちゃんとやるんだもん」
「もうやだ……」
うさぎは机に突っ伏しそうになった。
けれど、しおんはとても満足そうにうなずいていた。
「これで、きっとさらに美味しくなりました」
「はいです!」
「ええ、間違いありませんわ」
みことアリスがそろって真顔でうなずく。
うさぎだけが、なんとも言えない顔でカップを見た。
けれど、せっかくのお茶会だ。
うさぎも小さく息を吐いて、紅茶に口をつける。
ふわっと広がる香り。
やさしい温かさ。
上品なお菓子の甘さ。
「……おいしいです」
みこが、ほっとしたように言った。
「ほんとだ。すごくいい」
マリーも素直にうなずく。
アリスは満足そうに微笑んだ。
「今日の紅茶、いつもよりもっと美味しいですわ!」
しおんの表情が、ほんの少しだけやわらぐ。
「それは、なによりです」
「呪文のおかげです!」
みこが元気よく言う。
「ええ。きっとそうですわ」
アリスも疑いなくうなずいた。
マリーは笑いながらクッキーをつまむ。
「まあ、楽しかったぶんはあるかもね」
うさぎはカップを持ったまま、小さくつぶやく。
「たぶんそれ、雰囲気のせいなんだけど……」
けれどその声は、誰にも聞こえなかったことにされた。
しおんはそんなみんなを見渡して、静かにお辞儀をした。
「お楽しみいただけたようで、よかったです」
それは本心からの言葉だった。
たぶん今日のお茶会は、一般的な作法から見れば、少しだけ違うのかもしれない。
けれど、みんなが笑って、紅茶を飲んで、お菓子を食べて、楽しそうにしている。
それなら、きっと成功なのだろう。
窓の外では、やわらかな午後の光が庭を照らしていた。
アリスのお屋敷で開かれたティーパーティは、しおんの少しだけ不思議な工夫のおかげで、予想以上ににぎやかで、予想以上に楽しい時間になったのだった。




