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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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追兎天神の七夕まつり


 その日、追兎天神駅は朝からいつもと空気が違っていた。


 改札を抜ける人の数が多い。

 ホームに立つ人の数も多い。

 駅の外へ向かう人も、神社のほうから戻ってくる人も、どちらも多い。


 追兎天神の七夕まつり。


 年に一度のこの日は、駅もいつもの三倍くらい忙しくなる。


「すごい人……!」

 アリスが改札の向こうを見て目を丸くする。


「今日はお祭りですからね」

 しおんが静かに言う。


「追兎天神の境内も、朝からかなり賑わっているはずです」

「“はず”じゃなくて、絶対そうだよ」

 マリーが言った。


「だって駅がもうこの状況なんだもん」

「喋ってないで動いて」

 うさぎが少しだけきつめに言う。


 でもそれも無理はない。

 今日は本当に忙しいのだ。


 案内を求める声。

 改札前の質問。

 電車の時間を確認する人。

 慣れない道に戸惑う人。


 しかも今日は、普段よりお祭り目当てのお客さんが多いぶん、駅の外の案内まで増えている。


「はい、追兎天神へは改札を出てまっすぐです」

「屋台は参道のほうに並んでいます」

「足元、お気をつけください」


 うさぎは次々に声をかけながら動いていた。

 マリーも今日はさすがにふざけている余裕はない。

 けれど口だけは動く。


「ねえ、いま何時?」

「まだお昼前」

 うさぎが即答する。

「えー、まだそんななの?」

「まだって何よ」

「だって、お祭り見に行きたいじゃん」

「仕事中」

「はいはい」


 その横で、アリスも改札の外をちらちら見ている。


「……屋台って、もう出てるのよね」

「たぶんね」

 マリーが言う。

「焼きそばとか、綿あめとか、りんご飴とか」

「気になるわ」

「気になるねえ」


 うさぎが二人を見た。


「気になるのはわかるけど、いまは仕事なんだから目の前のことしっかりしよう」

「はい」

 マリーが返事をする。

 軽い。

「はい」

 アリスも続く。

 こちらもたぶん、半分くらいしか聞いていない。


 その様子に、しおんが静かに口を挟んだ。


「お二人とも、うさぎさんの言う通りです」

「しおんまで……」

 アリスが少しだけ不満そうに言う。

「ですが、仕事中ですので」

「わかってるわよ」

「ならば、外を見ながら改札対応するのはおやめください」

「見てないわよ」

「見ていました」

「見てないって言ってるでしょ」

「見ていました」

「しおんって、こういう時だけ強いわよね」

「こういう時“も”です」

 マリーが言って、うさぎが思わず吹き出しそうになる。


 そんなやりとりをしていても、仕事は次々にやってくる。


 みこがいれば、きっとこういう日にもっと明るく場を回してくれそうな気もするけれど、その姿は駅にはなかった。


「そういえば、みこちゃん来てないね」

 アリスがぽつりと言う。


 うさぎが一瞬だけ手を止める。


「そういえばそうね……」

「今日は神社のほうじゃない?」

 マリーが言う。

「七夕まつりだし」

「そうかもしれません」

 しおんがうなずく。

「巫女としてのお仕事があるのだと思います」


 たしかに、その可能性は高かった。


 でも、うさぎはほんの少しだけ気になった。


 今日のみこがどこにいて、何をしているのか。

 気にならないわけがない。


 とはいえ、今はそれどころではなかった。


「あの、すみません!」

 改札の向こうからまた声が飛ぶ。


 うさぎはすぐにそちらへ向かう。


「はい、どうされましたか」

「夜の神楽って、何時からですか?」

「えっと……」


 うさぎが掲示を確認しようとした、その時だった。


「夜神楽は、日が落ちてからですよ!」


 元気な声が割って入る。


 他駅から応援に来てくれた駅員だった。


「あちらの案内板にも書いてありますので、よろしければそちらもどうぞ!」

「ありがとうございます!」


 お客さんがほっとした顔で去っていく。


 うさぎも小さく頭を下げた。


「助かりました」

「今日はお祭りですからねー。こっちも慣れてます!」


 頼もしい返事だった。


 午後に入っても、駅の忙しさはなかなか落ち着かなかった。


 アリスは案内の合間に何度も外を見ようとして、そのたびにしおんに視線で戻される。

 マリーは「あとどれくらい?」を三回聞いて、うさぎに三回とも「まだ」と返されていた。


「うさちゃん、厳しくない?」

「厳しくない」

「しおんちゃん、うさちゃん厳しいよね?」

「妥当です」

「ひどいなあ」

「マリーさんが落ち着きなさすぎるのです」

「しおんちゃんまで厳しい!」


 でも、そのマリーも手はちゃんと動いている。

 アリスだって、文句は言いながら案内をさぼったりはしない。


 そうして忙しさの波が少しずつやわらいできたのは、もう夕方が近くなった頃だった。


 空の色が少しだけ変わって、駅の外の提灯が目立ち始める。


 改札の向こうに見える人の流れも、昼間とは少し違っていた。

 仕事帰りの人に加えて、夜の祭りを目当てにした人が増えている。


 その頃には、他駅から来てくれた駅員たちも、すっかり駅の流れに馴染んでいた。


 そんな中、駅長が手招きをした。


「うさぎちゃん、ちょっと」

「はい」


 うさぎが近づくと、駅長は四人を見回して言った。


「今日はもう、ここまででいいよ」

「えっ」

 アリスが真っ先に反応する。

「ほんとに?」

 マリーも身を乗り出す。


 駅長は笑った。


「他の駅から応援に来てくれたから、こっちも何とか回せそうなんだ」

「でも……」

 うさぎは少しだけ迷う。

「まだ人、多いです」

「うん。でも、だからこそだよ」

 駅長はやさしく言った。

「お祭りだし、夜店もあるからね。今日はそっちを楽しんでおいで」

「やったー!」

 マリーが思わず声を上げる。

「まだ“ありがとうございます”が先」

 うさぎがすぐに言う。

「あっ、はい! ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 アリスも続いた。

「ありがとうございます」

 しおんが丁寧に頭を下げる。


 うさぎも、ようやく小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 改札を抜けた先には、いつもの追兎天神へ向かう道が、今日は少し違って見えた。


 笹飾り。

 短冊。

 屋台から流れてくる甘い匂い。

 明るい声。

 浴衣姿の人たち。


「わあ……!」


 今度はアリスが、遠慮なく声をあげた。


「すごいわ! ほんとにすごいわね!」

「元気になったねえ」

 マリーが言う。

「だって、夜店があるのよ?」

「さっきからずっとそれ言ってる」

 うさぎがあきれたように言う。


「浴衣で来たかったなあ」

 アリスが少しだけ残念そうに言う。

「それはちょっと思う」

 うさぎも自分の制服の裾を少しだけ見下ろした。

「でしょ?」

「まあ、今日はお仕事してたんだから仕方ないよ」

 マリーが言う。

「それはそうですが……少し惜しいですね」

 しおんも静かに続けた。


 四人は人の流れに乗りながら、追兎天神へ向かった。


 駅の目の前にある神社なのに、今日はいつもより少し遠く感じる。

 それだけ人が多くて、にぎわっているということだ。


 境内に入った途端、アリスは一気に目を輝かせた。


「見て、金魚!」

「早い早い」

 マリーが笑う。

「まだ入ってすぐだよ」

「だっているじゃない!」

「いますね」

 しおんまで少し身を乗り出した。


 うさぎはその反応に少しだけ驚く。


「しおんちゃんも、こういうの初めて?」

「はい」

 しおんは静かにうなずく。

「お祭りも、夜店も、実際にこうして歩くのは初めてです」

「そっか……」

「ですので、少々興味があります」

「“少々”じゃない顔してる」

 マリーがすぐに言った。


 しおんの視線の先には、綿あめ屋台があった。


 白くてふわふわした綿あめが、提灯の灯りの下でやけに目立っている。


「しおんちゃん?」

 うさぎが呼ぶ。

「はい」

「行くよ?」

「はい」


 返事はしたのに、足が動いていない。


「……綿あめ、気になる?」

 マリーが聞く。

「いえ」

「目がきらきらしてるけど」

「気のせいです」

「絶対気のせいじゃないって。いいから買おうよ。」

「そ、そうでしょうか」

「そうだよ」

「では……少しだけ」


 少しだけと言いながら、しおんはけっこう真剣に綿あめを見ていた。


 その横ではアリスがもう別の方向に興味を移している。


「金魚って、すくったら全部もらえるの?」

「全部?」

「そう、全部よ」

「まぁ、すくえた分だけよね?」

「それはそうね、わたしやるわ」


 アリスは迷いなく金魚すくいの前に座った。


「ちょ、待って」

 マリーが笑う。

「初めてなのにやる気ありすぎ」

「当然よ」


 ポイを持ったアリスは、妙に真剣な顔になる。


 すい、と水面に近づけて――


 破れた。


「あっ」

 一秒ももたなかった。

 アリスが固まる。

「はやっ」

 マリーが吹き出す。

「ちょっと、いま水に入れただけよ!」

「金魚すくいってそういうものなの?」

「そういうものだと思う」

 うさぎが肩を震わせながら答える。

「もう一回!」

 アリスが言う。


 二回目。

 三回目。

 四回目。


 結果は、全滅だった。


「どうして!」

 アリスが本気で悔しがる。

「全部もらえないじゃない!」

「全部もらう気だったの?」

 うさぎが言う。

「当然よ」

「当然じゃないでしょ」

「アリス様、少し落ち着いてください」

 しおんが綿あめを持ったまま言う。

「しおんちゃんは綿あめ買えてるのね」

 マリーが横からつっこむ。

「はい」


 しおんはすでに綿あめを受け取っていた。

 しかも、かなり嬉しそうだった。


「しおんちゃん、それおいしい?」

 みこがいたら絶対に聞きそうなことを、なぜかうさぎが聞いてしまう。

 しおんは少しだけ目を伏せて答えた。

「……はい。かなり」

「かなりなんだ」

「はい」


 その返事が妙に真面目で、うさぎは少しだけ笑ってしまった。


 境内は、駅前以上に人で賑わっていた。


 屋台が並び、笹の葉が揺れ、願いごとを書いた短冊が風に揺れている。


 みこがここにいたら、きっとあちこち指をさして大はしゃぎしていただろう――と思いかけて、うさぎはすぐに首を横に振る。


 今日はきっと、みこも別のところで頑張っている。


 そう思った、その時だった。


 神楽殿のあたりへ向かう人の流れが、少しだけ変わった。


「そろそろじゃない?」

 マリーが言う。

「夜神楽」

「ほんとだ」

 うさぎもそちらを見る。


 さっきまでの賑やかな空気とは少し違う、静かな期待がそこに集まり始めていた。


 提灯の灯りがやわらかく揺れる。

 人の声も、少しずつ静かになる。


 何かが始まる前の、あの独特の空気。


「行こう」

 うさぎが言う。

「うん」

 マリーが答える。

「はい」

 アリスも今度は金魚よりそちらを向いた。

「参りましょう」

 しおんは綿あめを大事そうに持ったまま、静かにうなずいた。


 四人は人の流れにまぎれながら、神楽殿の近くへ向かった。


 そして、音が静かに鳴り始める。


「始まる……」

 アリスが小さくつぶやいた。


 四人は、同じ方を見た。

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