表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/66

ネコ耳の秘密


 にゃんステップの名前が決まってからというもの、マリーはすっかりその気だった。


「うーん、やっぱり可愛いって大事だよね」


 駅のすみで、みこを見ながら腕を組んでいる。

 みこの頭には、しおんから借りた猫耳カチューシャが乗っていた。


「これって、そんなに大事なの?」

 みこが首をかしげる。


「大事だよ。可愛いって、見る人の心を一瞬でつかむからね」

「おお……」

「そこ、感心するところなの?」


 少し遅れて、うさぎがやってきた。


「何してるの、みんなで集まって」

「うさちゃん、ちょうどいいところ!」

 マリーがすぐに振り向く。


 うさぎは、みこの頭の上の猫耳を見て、少しだけ目を丸くした。


「……その猫耳、しおんちゃんの…じゃない?」

「借りてるの、似合うでしょ?」

 みこが嬉しそうに言う。


「それはまあ……そうだけど」


 その横で、アリスが少しだけ得意そうに顎を上げた。


「みこちゃんだけじゃなくて、わたしもつけたほうがいいわね」

「えっ」

 うさぎが目をぱちぱちさせる。


「なんでそうなるのよ」

「二人で並んだらもっと可愛いから!」

 マリーが言う。

「にゃんステップだしね」

「たしかに!」

 みこも元気よくうなずいた。


 アリスは髪を払うようにして言う。


「まあ、わたしがつけたら当然似合うでしょうけど」

「そこは迷わないのね」

 うさぎがつっこむ。


 でも次の瞬間、アリスは小さく首をかしげた。


「……でも、猫耳カチューシャって一つしかないんじゃないの?」

「そうなんだよねえ」

 マリーが言う。

「みこちゃんに貸してる分しか――」


「いえ」


 しおんが静かに口を開いた。


「予備ならありますよ」


 一瞬、空気が止まる。


「えっ」

「あるの?」

「あります」

「どうしてもう一つあるのよ」

 アリスが言う。


 しおんはいつも通りの顔で答えた。


「予備もそろえておくのは、メイドとして当然の義務なので……」

「いや、そこ“当然”なの?」

 マリーがすぐにつっこむ。

「猫耳に予備って必要?」

「必要です」

「早いなあ」

「必要です」

「二回言った」

 うさぎが思わず言う。


 みこは妙に感心した顔だった。


「しおんちゃん、すごい」

「そういう問題じゃないでしょ」

 うさぎが言う。


 しおんは小さく一礼した。


「少々お待ちください。取ってまいります」


 そう言って、すたすたとその場を離れていった。


 残されたみんなは、その背中を見送る。


「……あるんだ」

 みこがぽつりと言う。

「あるみたいね」

 うさぎも言う。


 マリーが、ふいにアリスへ向き直った。


「ねえ、そういえばさ」

「なによ」

「どうして、しおんちゃんは猫耳を着けているの?」


 アリスが、一瞬だけ言葉に詰まる。


「えっ」

「前から思ってたんだよね」

 マリーがにやっとする。

「メイドで猫耳って、情報量が多いじゃん」

「たしかに……」

 うさぎも小さくうなずいた。

「わたしは可愛いからいいと思ってました!」

 みこが元気に言う。

「そこは理由じゃないのよ」


 アリスは少しだけ視線をそらした。


「……別に、大した話じゃないわ」

「えー、気になる」

 マリーが言う。

「気になります!」

 みこも続く。


 アリスは、少しだけむくれたような顔になる。


「そんなに聞きたいの?」

「聞きたい聞きたい」

「聞きたいです!」

「……しょうがないわね」


 アリスは腕を組んだ。


「じゃあ、教えてあげる」


 ――初めて追兎天神駅へ来る日の朝。


 有栖院家の屋敷の空気は、いつもより少しだけ重たかった。


「行きたくないわ」


 アリスは、きっぱりそう言った。

 椅子に座ったまま、頬をふくらませている。


「アリス様」

 しおんが静かに呼ぶ。


「だって行きたくないもの」

「ですが、旦那様がお決めになったことです」

「お父様はいつも急なのよ」


 アリスは不満そうに腕を組む。


「どうしてわたしが、駅で働かなくちゃいけないの?」

「社会勉強ですので」

「その言い方も嫌い」

「お気持ちはわかります」

「わかるなら止めて」

「止められません」


 しおんがきっぱり言うと、アリスはさらにむくれた。


「しおんまでそう言うのね」

「私はアリス様とご一緒です」

「それはそうだけど」

「ですから、なおさらです」


 しおんは淡々としている。


 でも、その淡々とした声が今日は少しだけずるい気がした。

 アリスが不安なのを、きっと全部わかったうえで言っているのだ。


「……どうしても私に行けというなら」


 アリスが、ふいに言った。


 しおんが少しだけ首をかしげる。


「しおん」

「はい」

「あなたは猫耳をつけなさい」

「……はい?」


 一瞬だけ、しおんの表情が止まる。


 アリスは真顔のままだった。


「どうしてもですか」

「どうしてもよ」


 アリスは胸を張った。


「わたしだけ嫌な思いをするなんて不公平だもの」

「公平とは何でしょうか」

「こういう時のためにある言葉よ」

「ございません」

「あるの」


 しおんは少しだけ黙った。


 アリスのわがままだということは、もちろんわかっている。

 理不尽だということもわかっている。


 でも同時に、それがただのわがままだけではないことも、しおんにはわかっていた。


 知らない場所へ行くこと。

 知らない人たちと会うこと。

 そして、自分の知らない毎日が始まること。


 その全部が少し怖くて、でも“怖い”とは言いたくなくて、こんな命令になっているのだ。


「……しおん」

 アリスが言う。

「つけないなら、わたしは行かないわ」


 しおんはゆっくり息をついた。


「……かしこまりました」

「えっ」


 今度はアリスが目を丸くする。


「つけるの?」

「はい」

「ほんとに?」

「アリス様が、それで追兎天神駅へ行ってくださるのでしたら」

「……」


 アリスは一瞬だけ言葉に詰まった。


 自分で言い出しておいて、本当に受け入れられるとは思っていなかったのだ。


「……しおんって、変」

「そうでしょうか」

「変よ」

「そうかもしれません」


 しおんはそう言って、小さく頭を下げた。


「ですが、アリス様が追兎天神駅に行ってくださらないほうが困りますので」

「……ずるいわ」

「何がでしょう」

「そういうことを普通の顔で言うところが」


 アリスは少しだけそっぽを向いた。


 でも、その頬の色はさっきより少しやわらかくなっていた。


 結局その日、しおんは本当に猫耳をつけて追兎天神駅へやってきたのだった。




「……というわけよ」


 アリスが話し終えたところで、ちょうど足音が戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 しおんが戻ってくる。


 その手には、もう一つの猫耳カチューシャ。

 そして――頭には、しっかり自分の分の猫耳もついていた。


 一瞬、みんなの視線が、手元と頭を行ったり来たりする。


「……えっ」

 みこが目をまるくする。

「持ってきたの、アリスちゃんの分だよね?」

 マリーが言う。


 しおんは静かにうなずいた。


「はい」

「じゃあ、いま頭についてるのは?」

 うさぎが聞く。

「私の分です」


 きっぱりした返事だった。


「みこちゃんに渡した分、アリスちゃんのために持ってきた分、いま自分がつけてる分……」


 うさぎが、じっとしおんを見る。


「しおんちゃん、何個あるの?」

「……」


 しおんの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。


「しおんちゃん?」

 みこが首をかしげる。


 マリーが、じわっとにやけた。


「まさか」

「まさか、ねえ」

 うさぎも言う。


 しおんは、静かに視線をそらした。


「予備は必要ですので」

「それ答えになってないよね」

 マリーが言う。

「なってないです!」

 みこが元気よく言った。


 しおんは、できるだけ平静を装うように答える。


「猫耳って、アリスちゃんの命令で着けているの?」

 マリーが聞く。

「はい」

「じゃあ今日も命令されたの?」

「されておりません」

「じゃあなぜ今日も付けているの?」

「外して良いと命令されていませんので……」


 あまりにも真顔で返ってきて、一瞬みんなが黙る。


 それから、アリスが少しだけ目をぱちぱちさせた。


「しおん」


 しおんが顔を上げる。


「嫌なら、外してもいいのよ」


 その言葉に、しおんはほんの少しだけ動きを止めた。


「はい、……でも……」


 珍しく言葉が続かない。


 みこも、うさぎも、マリーも、ついしおんを見つめてしまう。


 しおんは少しだけ視線を落として、それから静かに言った。


「もう少し、このままで……」


 一瞬、空気が止まった。


 マリーが、にやっとする。


「しおんちゃん、結構気に入ってる?」

「………」


 しおんは答えなかった。


 答えなかったけれど、その頬がほんの少しだけ赤くなったようにも見えた。


「しおん」

 アリスが小さく言う。

「別に、無理しなくていいのよ」

「無理はしておりません」

 しおんはすぐに答えた。

「だったら問題ないわね」


 その返しはいつも通り整っているのに、耳まで赤いままなのが少しだけおかしい。


「いやー、可愛いねえ」

 マリーが言う。

「可愛いです!」

 みこも元気よく続く。


 うさぎは少しだけ呆れたように、でも小さく笑っていた。


「……もう、しおんちゃんってそういうところあるのね」

「どういうところでしょうか」

「自分で気づいてないところが、なおさらよ」

「意味がわかりません」

「わからなくていいんじゃない?」

 マリーが言う。


 アリスはそんなやり取りを見て、小さく息をついた。


「……まあ、しおんが嫌じゃないならいいわ」

「はい」


 しおんは静かにうなずいた。


 そして何事もなかったような顔で、もう一つの猫耳カチューシャを差し出す。


「では、アリス様」

「ええ」


 そうして猫耳がもう一つ、にゃんステップのために加わる。


 猫耳の秘密は、ひとつだけ明かされた。


 けれど。


 予備がいくつあるのかは、まだ誰にも知られないままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ