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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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46/65

落とし物ケーキふたたび


 その日の追兎天神駅は、午後になって少しだけ落ち着いていた。

 ホームのにぎわいもひと段落して、改札の前にもゆるやかな空気が流れている。

 そんな時だった。


「あれ?」


 みこが、事務所のカウンターの上を見て声をあげた。


「どうしたの?」


 うさぎが振り向く。

 みこの指さす先には、小さな白い箱が置かれていた。

 きれいなリボンまでついている。


「……えっ」


 マリーが目を丸くする。


「それって、もしかして」


 うさぎも、なんとなく見覚えがあった。


 白い箱。

 ちょっといいお店っぽい包み。

 そしてこの妙な存在感。


 アリスが首をかしげる。


「なによ、それ」

「いや……」


 マリーが箱を見つめたまま言った。


「またケーキ?」

「えっ、またケーキなの?」


 みこも箱とマリーの顔を交互に見る。

 うさぎは小さくため息をついた。


「どうして駅って、たまにケーキが落ちてるのよ……」

「駅だからじゃない?」

「意味わかんない」


 しおんが静かに箱へ近づく。


「落とし物、でしょうか」

「たぶんそうなんじゃない?」


 マリーが言う。


「こんなとこに置いてあるし」

「でも、落とし物って……」


 みこはちょっとだけ目を輝かせた。


「今度は食べれるかな?」

「食べる前提なの?」


 うさぎがつっこむ。


「だってケーキですよ?」

「ケーキでも落とし物は落とし物でしょ」

「それはそうだけど……」

「でも気になるよねえ」


 マリーも箱をのぞき込むように言う。


「どうするの、これ」

「食べちゃってもいい?」

「だめに決まってるでしょ」


 うさぎがぴしゃりと言う。

 みこはしゅんとした。


「まだ何もしてないのに……」

「そういう問題じゃないの」


 うさぎは箱を持ち上げて、少し考えた。


「とりあえず、冷蔵庫に入れましょう」

「冷蔵庫!」


 みこの目がぱっと明るくなる。


「食べるためじゃないわよ」

「わかってます! でも冷蔵庫にケーキが入るんですよ!」

「そこ、そんなに嬉しい?」


 アリスも箱を見ながら言った。


「ナマモノなら、置きっぱなしにはできないわよね」

「そういうこと」


 うさぎは事務所の冷蔵庫を開けて、そっと箱を入れた。

 ぱたん、と扉が閉まる。

 その瞬間、なぜかみんなの視線が冷蔵庫へ集まった。


「……」

「……」

「……」


 うさぎが眉をひそめる。


「なによ」

「いや」


 マリーが言う。


「そこにケーキがあるんだなあって」

「あるわね」


 アリスも言う。


「あるねえ……」


 みこも小さくうなずく。

 しおんだけが静かだったが、冷蔵庫のほうを一度見たのは、うさぎは見逃さなかった。


「気にしすぎでしょ、みんな」

「だって気になるじゃん」


「うさ姉さま、やっぱり気になります」

「まあ、わからなくはないけど」


 うさぎは呆れたように息をついた。


「落とし物なんだから、落とし主が来るまでそのまま」

「はーい」


 返事だけは素直だった。

 でも、そのあとも。

 誰かが事務所に入るたびに、なんとなく冷蔵庫を見る。

 通りすがりに、ちらっと見る。

 お茶を取りに来たついでに、ちらっと見る。

 何も変わらないのに、なぜか見てしまう。


 うさぎが気づいた時には、マリーが冷蔵庫の前に立っていた。


「なにしてるの」

「いや、ちゃんとあるかなって」

「なくなるわけないでしょ」

「でも、もし勝手に消えてたらちょっとこわくない?」

「その発想がこわいのよ」


 少ししてから、今度はみこが冷蔵庫の前にいた。


「みこちゃん」

「はっ」

「何してるの」

「見るだけです!」

「見なくていいの」


 さらに少しして、アリスまでやってきた。


「……何してるの?」

「わたしは別に、冷えてるかなと思っただけよ」

「食べる気じゃない」

「まだ食べないわよ」

「“まだ”って言った」

「言ってないわ」

「言ったわよ」


 結局、その日は落とし主は現れなかった。

 ケーキは冷蔵庫の中のまま。

 みんな気にしているのに、誰もどうにもできないまま、時間だけが過ぎていった。


 そして翌日。


 朝の仕事が少し落ち着いたころ、みこが冷蔵庫の前で固まっていた。


「どうしたの?」


 うさぎが聞くと、みこは振り返って真剣な顔で言った。


「今日が賞味期限です」

「……見たの?」

「見ちゃいました」

「なんで見るのよ」

「気になるからです!」


 その気持ちは、ちょっとわかる。


 マリーもその会話を聞いてやってきた。


「うさちゃん、今日ケーキ食べれるの?」

「マリーちゃん、このケーキは落とし物、わかる?」

「わかってるよ、でも落とした人、来ないねえ」

「来ないわね」


 アリスも冷蔵庫の前に来た。


「落とした人が来なかったら、どうなるの?」

「どうなるって……」


 うさぎは少し考える。


「ナマモノだから、ずっと置いておくわけにもいかないし」

「そうよね」


 みこが小さく言う。


「……食べちゃう?」

「まだ賞味期限は切れてないわよ」


 アリスが言う。


「そこ基準なの?」


 マリーが笑うが、アリスは真面目な顔のままだった。


「でも、捨てるくらいなら食べてもいいよね」

「マリーちゃん、勝手に決めないでよ」

「だって、もったいないじゃない」

「それはそうだけど……」


 みこは冷蔵庫の扉を見つめたまま、こくこくうなずく。


「ケーキが捨てられるのは、かなしいです」

「気持ちはわかる」

 マリーが言う。


「すごくわかる」


 しおんが静かに口を開いた。


「どうするか、駅長に確認したほうがよろしいのでは」


「そうね」

 うさぎがうなずく。


「勝手に決めるのはだめ」

「じゃあ聞いてみようよ」

「うん」


 ちょうどその時、駅長が事務所の奥から出てきた。


「どうしたんだい?」

「あ、駅長さん」

「また何かあったのかい?」


 “また”の一言に、マリーがちょっと笑う。


「いやー、冷蔵庫の中にケーキがありまして」

「まだ食べてなかったのかい?」

「えっ?食べていいんですか?」


 マリーとアリスが目を丸くする。

 駅長は箱を見て、それからみんなの顔を見回した。


「あぁ、伝わってなかったんだね」

「え?」

「それは落とし物じゃないよ」


 みこがぱっと顔を上げる。


「じゃあ、食べれるんですか!?」

「みこちゃん、そこ最優先なの?」

「大事です!」


 駅長は苦笑しながら言った。


「それはね、アリスちゃんのお父さんからの差し入れだよ」

「……え?」


 アリスが目をぱちぱちさせる。


「お父様から?」

「そう。職場のみなさんで食べてください、って」

「ええっ」


 マリーが笑う。


「じゃあ、ほんとに食べる用のケーキだったんだ」

「ほんとに食べていいケーキです!」


 みこが顔を輝かせる。


「食べていいケーキって言い方ある?」

「今回に限ってはあるわね」


 うさぎが言う。


 アリスは少しだけ胸を張った。


「わたしが頑張っていたからね」

「そこ自分で言う?」


 マリーがつっこむ。


「だって、そういうことでしょう?」

「まあ、そうかも」

「そうだよ!」


 みこが元気よくうなずく。


「アリスちゃん、最近すごく頑張ってるもん!」

「そうね」


 うさぎも素直に言った。


「最初の頃に比べたら、かなりちゃんとしてるわ」

「最初の頃って何よ」

「非常ボタンに話しかけてた頃」

「それはもう忘れなさいよ!」


 アリスがむっとする。


 そして、しおんが静かに口を開いた。


「ですが、たしかにアリス様は頑張っておられます」

「しおん……」

「朝のご挨拶も、掃除も、案内も、以前よりずっと自然になられました」

「……そうでしょう」


 アリスはちょっと得意そうに言った。

 でも、ほんの少しだけ照れているのがわかる。

 駅長がにこにこしながら箱を見た。


「ナマモノだから、早く食べた方がいい」

「やったー!」


 みこが一番に喜ぶ。


「やっぱりケーキは食べるためにあるんですね!」

「今回に限ってはね」

 うさぎが言うと、マリーが吹き出した。


「落とし物シリーズ、平和な着地だ」

「マリーちゃん、シリーズって何よ」

「だって前にもあったじゃん」

「たしかにあったけど…」

「駅って不思議です、うさ姉さま」

「追兎天神駅だけよ、たぶん」


 箱を開けると、中には小さめのケーキがきれいに並んでいた。


「わあ……」


 みこが目を輝かせる。


「すごい……」

「ほんとにちゃんとしたケーキだ」


 マリーが感心している様を見て、うさぎは少しだけ笑った。


「なんか、いかにもって感じね、お父様らしいわ。こういうところは妙にちゃんとしてるのよね」

「こういうところ“も”じゃなくて?」


 マリーがにやっとする。

 アリスはちょっとだけ考えてから答えた。


「……そうね、“も”かもしれないわ」

「アリスちゃん、ちょっと認めた」

「うるさい」


 しおんが箱の中を見て、静かに言った。


「人数分、きちんとあります。そういうところ、旦那様はしっかりされていらっしゃいます」

「ええ、お父様ですから」


 アリスはなぜか少し誇らしそうだった。


 みこはどれにしようかと目を泳がせている。


「どれもおいしそう……」

「みこちゃん、顔に出すぎ」

「だって、ケーキですよ!」

「知ってる」

「こういう時、悩むのも楽しいよねえ」

 マリーが箱をのぞき込む。


「アリスちゃん、どれが好き?」

「わたし?」

「うん。このケーキはアリスちゃんに届いたものだし」

「そうね……」


 アリスは少し考えて、小さな苺の乗ったケーキを指さした。


「これ」

「王道だ」

「悪い?」

「べつにー。アリスちゃんっぽいなって」

「なによ、それ」


 みこがすぐに言う。


「じゃあ、わたしはこれです!」

「早いわね」

「決断が大事です!」

「ケーキに?」

「ケーキにです!」


 その勢いに、みんなが少しだけ笑う。


 しばらくして、駅事務所の中には甘い匂いが広がっていた。


 慌ただしい仕事の合間の、小さな休憩。


 ケーキを前にすると、みんなちょっとだけ顔がやわらぐ。


「おいしい……」

 みこが、ほっぺたを押さえながら言う。

「しあわせです……」

「みこちゃん、大げさよ」

 うさぎもひとくち食べて少しだけ目を細めた。

「……おいしいわね」

「でしょ?」

 アリスがすぐに反応する。

「お父様、こういうものは良いところを選ぶの」

「自慢げだねえ」

 マリーが言う。


「自慢してるのよ」

 アリスは言い切った。

「わたしが頑張っていたからね」

「そこ二回言う?」

「大事なことよ」

「たしかに、頑張ってたご褒美っぽいもんね」

 マリーが笑う。


 みこも、こくこくとうなずく。


「アリスちゃん、えらいです!」

「そうでしょう」

「そこで素直に受けるのがアリスちゃんだよね」

「変な言い方しないで」


 しおんは静かに紅茶を置きながら、少しだけ目元をやわらげていた。


 アリスがケーキを食べて、得意そうにしていて、みんなが笑っている。


 そんな時間が、しおんにはたぶん好きなのだろう。


 うさぎはその様子を見て、ふと思った。


 最初は、アリスちゃんも、しおんちゃんも、もう少し遠い人たちに見えていた。


 でも今はこうして、同じテーブルでケーキを食べている。


 みこちゃんは相変わらず楽しそうで、マリーちゃんは面白がっていて、アリスちゃんは少し得意げで、しおんちゃんは静かにそれを見ている。


 追兎天神駅にまたひとつ、こういう時間が増えたのだと思うと、少しだけ嬉しい。


「うさちゃん、どうしたの?」

「え?」


 マリーに聞かれて、うさぎは少しだけ視線をそらした。


「なんか、いつも以上にいい顔してたよ」

「そう?」

「そんなにケーキがおいしいの?」

「違うわよ、でもケーキはおいしい…わ」


 うさぎはそう言いながら、もうひとくちケーキを食べた。


 甘い。


 ちょっとだけ、やさしい味がした。

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