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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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44/60

いつもの駅で、少しずつ


 朝の追兎天神駅は、今日もいつも通りに始まる。


 改札の音。

 ホームに入ってくる電車の風。

 発車を知らせるアナウンス。


 追川うさぎが駅で働くようになって、そろそろ3ヶ月。 

 その全部が、もう少しずつ“自分のいる場所の音”になってきている。


「おはようございます」


 うさぎは改札の前で頭を下げながら、ふとそんなことを思った。


 最初は緊張して、目の前のことでいっぱいいっぱいだった。

 駅で働くなんて、自分にできるのか不安だった。


 でも今は、少しだけ違う。


 もちろん、まだ失敗もする。

 大変なことだってある。


 それでも、お客さんに道を聞かれて案内できた時とか、

 困っている人の役に立てた時とか、

 そういう小さなことが、ちゃんと嬉しい。


「うさちゃん、おはよー」


 明るい声と一緒に、マリーちゃんがやってくる。


「おはよう」

「なにその顔」

「べつに」

「ちょっといい顔してた」

「なによ、それ」

「駅員っぽくなってきたなーって感じ」

「……そう?」


 マリーちゃんはにっと笑った。


「うん、そう」


 うさぎはちょっとだけ照れくさくなって、手元の点検表に目を落とした。


 前は、マリーちゃんと二人でいることが多かった。


 もちろん今もそういう時間はあるけれど、最近はそこに、みこちゃんが自然に混ざるようになった。


「あっ、おはようございますー!」


 ちょうどその噂をしたみたいに、元気な声が聞こえてくる。


 みこちゃんだ。


「おはよう、みこちゃん」

「おはようございます、うさ姉さま! マリちゃん!」


 ぴょこん、と頭を下げてから、みこちゃんはにこにこしている。


 その顔を見ると、朝から少しだけ気持ちがやわらかくなる。


「今日も元気ね」

「はい!」

「みこちゃんって、なんで毎朝そんなに元気なの?」

「追兎天神駅だからです!」

「意味わかんないんだけど」

「わたしにはちょっとわかるわ」


 うさぎが言うと、マリーちゃんが目をまるくした。


「えっ、わかるの?」

「なんとなくよ」


 なんとなく。

 でも、本当にそうだった。


 この駅に来ると、少しだけほっとする。

 少しだけ、自分でも役に立てるかもしれないって思える。


 みこちゃんがいると、なおさらだ。


 明るくて、素直で、放っておけなくて。

 でも最近は、そのみこちゃんが前ほどべったり寄ってこなくなった気がする。


 前は、ちょっと目を離せばすぐに

「うさ姉さま!」

と駆けてきたのに。


 今はというと――


「あっ、アリスちゃん!」


 みこちゃんは改札の向こうを見つけて、ぱっとそちらへ走っていく。


「おはよう!」

「おはよう、みこちゃん」


 アリスちゃんが、まだ少しだけお嬢様っぽい調子のままで返す。


 その横には、しおんちゃん。


「おはようございます」

「おはよう」


 うさぎも小さく返した。


 まだ、この二人とは少し距離がある気がする。


 嫌いとか、そういうことじゃない。

 むしろ、ちゃんと仲良くなりたいと思ってる。


 でも、どうやって近づけばいいのか、少しだけわからない。


 アリスちゃんは、わかりやすいようでいて、意外とむずかしい。

 しおんちゃんは丁寧で穏やかだけど、そのぶん距離もきれいに取ってくる。


 だから、つい考えてしまう。


 どうやって仲良くなったらいいんだろう。


「うさちゃん、見てるよ」


 小声でマリーちゃんが言う。


「……なにを」

「アリスちゃんたち」

「見てないわよ」

「見てたよ」

「うるさい」


 うさぎは小さく言い返す。


 でも実際、見ていた。


 みこちゃんは最近、よくアリスちゃんのところにいる。

 何か話していたり、二人で小さな声で歌っていたり、変な動きを合わせていたりする。


 最初は、何をしてるんだろうと思った。


 でも何度か見ているうちに、なんとなくわかってきた。


「……アイドルごっこでもしてるのかしら」


 うさぎがぼそっと言うと、マリーちゃんが吹き出した。


「ごっこに見えるんだねぇ」

「違うの?」

「みーちゃんとアリスちゃんは本気だよ。それはうさちゃんにも伝わると思うから、見てあげたら?」

「そんなに本気でやってるの」


 みこちゃんも、アリスちゃんも、楽しそうなのは確かだった。

 しおんちゃんまで、少し離れたところで静かに見ていたりする。


 いまは目の前の仕事があるから、終わったら見に行ってみようと思う。


「うさ姉さま!」


 やっぱり、こうしてみこちゃんは時々ちゃんと戻ってくる。


「なに、みこちゃん」

「聞いて聞いて、今日のわたし、ホームの案内うまく出来たよ!」

「そう、よかったわね」

「はい!」

「……えらいえらい」

「えへへ」


 言ってから、少しだけ照れくさくなる。


 でも、褒めたかったのは本当だった。


 みこちゃんは最初、できないことも多かった。

 今だって多い。

 でも、だからこそ少しずつできることが増えていくのを見ていると、自分のことみたいに嬉しくなる。


 アリスちゃんだってそうだ。


 挨拶も知らなかったのに、今ではちゃんと

「おはようございます」

が言えるようになった。


 非常ボタンに話しかけていた頃を思えば、ずいぶん進歩している。


 ……進歩の方向がたまに変なのは、相変わらずだけど。


 しおんちゃんも、最初はもっとよそよそしい人かと思っていた。

 でも最近は、立ち振舞も少しやわらかくなった気がするし、たまにこちらにも少しだけ表情を見せるようになってきた。


 少しずつ。

 でもたしかに。


 この駅に集まるみんなのあいだに、前よりやわらかい空気が増えてきている。


 うさぎは、それが嫌いじゃなかった。


 むしろ――好きかもしれない。


 そんなことを考えていた時だった。


「ねえ、うさちゃん」


 マリーちゃんが、いつもより少しだけひそひそ声で言った。


「なに?」

「ちょっと相談があるんだけど」

「相談?」


 マリーちゃんが相談なんて、ちょっと珍しい。


 うさぎが首をかしげると、マリーちゃんはさらに声を落とす。


「二人がアイドルっぽくみえる服とか、そういうの作れない?」

「……はい?」


 うさぎの手が止まる。


「なんでわたしに聞くのよ」

「なんか、うさちゃん小物とかよく作ってて、そういうの得意そうじゃん」

「えっ」


 思わず変な声が出た。


 どきっとする。


 もしかして、わたしがコスプレしているのバレてる?


 うさぎにとって、それはあまり人に知られたくない趣味だった。


 布を触ったり、飾りを考えたり、衣装を作ったり。

 好きだけど、自分から言いふらすようなことじゃない。


「……べつに、得意じゃないわよ」

「そう?」

「そうよ」

「でも相談くらい乗ってよ」

「相談だけなら……ね」


 つい、そう答えてしまう。


 マリーちゃんの顔がぱっと明るくなる。


「やった」

「まだ何も引き受けてないからね」

「大丈夫大丈夫、とりあえず聞きたいだけ、聞くだけだから」

「その“大丈夫”がいちばん信用できないわ」

「ひどい」


 でも、マリーちゃんは全然へこたれない。


「だってさ、せっかくなら可愛いほうがいいじゃん」

「それは……そうかもしれないけど」

「でしょ?」


 うさぎは小さくため息をついた。


 たぶん、断りきれないのもわかっていた。


 みこちゃんとアリスちゃんが、最近あんなふうに楽しそうにしているのも見ている。

 もし、そのために自分が少し役に立てるなら――と思ってしまう。


 でも。


「ほんとに、変なことにはしないでよ」

「しないしない」

「信用できない」

「なんで!?」

「マリーちゃんだから」

「うさちゃん、それもう偏見だよ」


 うさぎは返事の代わりに、じとっと見るだけにした。


 その時、向こうからみこちゃんの明るい声が聞こえてくる。


「うさ姉さまー!」

「なによ」

「見ててください、いまのわたし、ちょっと上手でした!」

「自分で言うのね」

「ほんとです!」

「ほんとよ」


 アリスちゃんが、少しだけ得意そうに言った。


「わたしが教えてるんだから」

「そこはそうなんだけど……なんかくやしい!」

「なによ、それ」


 そのやり取りを見て、うさぎは少しだけ笑ってしまった。


 追兎天神駅は、今日もいつも通りだ。


 大変なこともある。

 うまくいかないこともある。


 でも、こうして誰かの役に立てたり、誰かが楽しそうにしていたりすると、やっぱり少し嬉しい。


 前はマリーちゃんと二人だけだった。


 でも今は、みこちゃんがいて、

 アリスちゃんとしおんちゃんもいて、

 駅のすみににぎやかな時間が増えてきた。


 どうやって仲良くなったらいいのか、まだ少しわからない相手もいる。


 それでも、たぶん。


 こうやって毎日を重ねていけば、少しずつ近づいていけるのかもしれない。


 これから先、みこちゃんは前みたいにべったり寄ってこなくなるかもしれない。


「……それって、ちょっと寂しいな…」


 うさぎが小さく呟く。


「なにが?」

「べつに」


 マリーちゃんには答えない。


 ただ、にぎやかな駅のすみっこをもう一度だけ見た。


 アイドルごっこみたいなことをしている二人も、

 それをちょっと誇らしそうに見ているしおんちゃんも、

 なんだかんだ巻き込んでいくマリーちゃんも。


 みんな楽しそうだから、今はそれでいい。


 ――たぶん。

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