にゃんステップ
その日も、追兎天神駅のすみでは、みこちゃんとアリスちゃんの練習が続いていた。
歌の練習から始まって、今はダンスの練習まで広がっている。
「そこ、手をこうして」
「こう?」
「うん、でももうちょっとだけ、ふわっと」
「ふわっとって曖昧すぎるのよ」
「えへへ、でもそんな感じなんだもん」
みこちゃんはそう言って、自分でやって見せる。
小さく両手を広げて、手首をやわらかく返して、身体をぴょこんと軽く揺らす。
上手い、というより、楽しそうな動きだった。
それを見たアリスちゃんが、真面目な顔で真似する。
両手を上げる。
動きは合っている。
リズムも外れていない。
でも――
やっぱり、ちょっと違う。
きれいなのだ。
不思議なくらい、きれいにまとまってしまう。
みこちゃんの動きが、小さな子猫のじゃれあいみたいに軽いのに対して、アリスちゃんの動きはどこか“きちんとした踊り”の形が残っている。
「うーん……」
みこちゃんが首をかしげる。
「またちがった?」
「ちがうわけじゃないよ」
「ほんと?」
「でも、やっぱりアリスちゃんはアリスちゃんだから」
「それ、どういう意味?」
「かわいいんだけど、ちょっとだけ立派すぎるの」
アリスちゃんはむっとする。
「立派で何が悪いのよ」
「悪くないよ」
「じゃあいいでしょう」
「でも今日は、もっとこう……ぴょんっ、てしたいの」
「ぴょんっ、ね……」
アリスちゃんは、ちょっとだけ悔しそうだった。
歌は教えられた。
ダンスも踊れないわけじゃない。
なのに、みこちゃんの言う“かわいい”には、まだ届かない。
「もう一回やるわ」
「うん!」
二人はまた並んだ。
みこちゃんが歌う。
アリスちゃんも合わせる。
「ふん、ふふーん♪」
歌に合わせて、右へ一歩。
手をひらっと上げて、少し身体を返す。
みこちゃんは、動きの全部が軽い。
足先まで楽しそうで、失敗してもそのまま笑ってごまかせそうな柔らかさがある。
一方のアリスちゃんは、いちいち姿勢がきれいだ。
手を上げるだけで品が出る。
回ればくるりと軸が通る。
だから余計に、可愛らしさより“お行儀のいい踊り”に見えてしまう。
でも、並ぶと不思議だった。
完璧に揃ってはいない。
むしろ、少しずれている。
みこちゃんは軽くて、アリスちゃんは少しかたい。
それなのに、二人でやっていると、そのちぐはぐさまで含めて妙に可愛い。
そこへ――通りかかったマリーちゃんが、ぴたりと足を止めた。
「……あれ?」
最初は何気なく視線を向けただけだった。
でも、次の瞬間にはそのまま立ち止まってしまう。
歌いながら、小さく手を振って、まだぎこちなく踊っている二人。
完成なんて程遠い。
でも、だからこそ目が離せない。
みこちゃんはいつものように一生懸命で、アリスちゃんはちょっとすました顔のまま本気でやっている。
その組み合わせが、予想外なくらい可愛かった。
「……え、ちょっと待って」
マリーちゃんは目をぱちぱちさせる。
「なにこの二人、すごく可愛くない?」
しばらくそのまま見ていたけれど、ついに我慢できなくなって声をかける。
「ねぇ、楽しそうだけど、何してるの?」
二人が同時に振り向いた。
「あっ、マリちゃん」
「マリーちゃん」
みこちゃんはちょっと嬉しそうで、アリスちゃんは少し得意そうだった。
「歌の練習」
「ダンスの練習もしてるの」
マリーちゃんは二人を交互に見る。
「歌とダンスかぁ」
それから、にやっと笑う。
「二人って、アイドルみたいだね」
「そうなの?」
みこちゃんがきょとんとする。
アリスちゃんは、すぐに胸を張った。
「わたしは可愛いから当然よ」
「言い切った!」
「事実だもの」
その返しがあまりにも堂々としていて、マリーちゃんは吹き出した。
「じゃあさ、二人でアイドルやってみない?」
「アイドルごっこだね、おもしろそう!」
みこちゃんが、目をきらきらさせて言う。
でもアリスちゃんは、すぐに言い返した。
「ごっこじゃないわ、アイドルよ」
「えっ、そこ本気なんだ」
「当然でしょう」
アリスちゃんはまったく迷いがない。
マリーちゃんはその勢いが面白くなってきた。
「そうなの? じゃあ衣装とかどうするの?」
「うぅ……考えてなかった」
みこちゃんが、いきなり小さくなる。
アリスちゃんも、少しだけ黙った。
「じゃあ、どんな曲を歌うの?」
「わたし、アイドルの曲ってよく知らないわ」
「だよねえ」
マリーちゃんは腕を組んだ。
考える顔をしているのに、口元は楽しそうだ。
「ふむふむ。つまり二人とも、可愛いし、歌って踊れるけど、それ以外はまだ何も決まってないわけだ」
「そういうことになるわね」
「うん!」
「みこちゃん、元気よく言うところじゃないよ」
でもマリーちゃんの中では、もう何かが決まっていた。
「じゃあさ」
ぱっと顔を上げる。
「アタシが衣装を用意するよ。曲も考える」
「えっ」
「二人のこと、アタシにプロデュースさせて!」
みこちゃんが目をまるくする。
「ぷろでゅーす?」
「そ。可愛い二人を、もっと可愛くするの」
「なにそれ、楽しそう!」
みこちゃんはもう、その気になりかけている。
アリスちゃんは少しだけ目を細めた。
「マリーちゃん、曲作れるの?」
「まぁ、なんとかなるって」
「そこ、かなり大事なところじゃない?」
「勢いも大事なの」
「不安だわ……」
そう言いながらも、アリスちゃんの顔はそこまで嫌そうではなかった。
むしろ少し、期待しているようにも見える。
「マリちゃん、振り付けは?」
「それも、まぁなんとかなるって」
「ほんと?」
「うん」
マリーちゃんはそこで、改めて二人を見た。
たしかに可愛い。
並ぶだけでもう強い。
でも、まだ何か足りない。
「うーん……」
少しだけ首をひねる。
「可愛いんだけど、もっと可愛さを出せると思うんだよね」
「これ以上?」
アリスちゃんが言う。
「わたし、これ以上可愛くなる必要ある?」
「いや、あるとかないとかじゃなくて、こう……見た瞬間に“かわいい!”ってなる感じ」
「もうなってるよ?」
「なってるけど、もっとなれる」
みこちゃんも困ったように笑う。
「でも、これ以上可愛くするってどうするの?」
「そこなんだよね……」
その時だった。
様子を見に来たしおんちゃんが、少し離れたところで立ち止まった。
「何か始まっているようですが」
いつもの落ち着いた声だった。
「あ、しおんちゃん!」
「しおん」
「ちょうどよかった」
マリーちゃんが振り向く。
アリスちゃんはちょっとだけ得意そうに顎を上げた。
「いまダンスの練習をしてるの。見てなさい」
「かしこまりました」
しおんちゃんは素直にうなずく。
みこちゃんとアリスちゃんは、もう一度並んだ。
「じゃあ、さっきのところから」
「ええ」
歌が始まる。
みこちゃんが、柔らかく一歩踏み出す。
アリスちゃんが、それに少し遅れて合わせる。
右手をふわり。
左手をくるん。
そのまま小さく回って、前へ一歩。
まだぎこちない。
みこちゃんは動きが軽すぎて少し先へ行きすぎるし、アリスちゃんは丁寧にやろうとしすぎて少し遅れる。
でも、それが妙に可愛い。
二人とも真剣なのだ。
真剣だからこそ、少しずれた時の慌て方まで可愛い。
「あっ、そこで止まらないで」
「みこちゃんが先に行きすぎたのよ」
「えへへ、ごめん」
「笑ってごまかさないで」
「でも、楽しい!」
その一言で、アリスちゃんも少しだけ笑ってしまう。
しおんちゃんは、そんな二人をしばらく見つめてから、静かに言った。
「アリス様、とっても可愛いですよ」
アリスちゃんの耳がぴくっと動く。
「……当然よ」
「はい」
しおんちゃんはまったく迷いなくうなずく。
マリーちゃんも腕を組んだまま、ふむふむと頷いていた。
「確かに可愛い」
「でしょう?」
「でも、もっと可愛さを出せると思うんだよね」
「これ以上?」
アリスちゃんが言う。
みこちゃんも首をかしげた。
「これ以上可愛くできないよ」
「そうだよね、うーん……」
マリーちゃんが考え込む。
その横で、しおんちゃんが二人を見ながら、少しだけ考える顔をした。
「見た目のインパクトでしょうか?」
「……それだよ!」
マリーちゃんの目がぱっと輝く。
「しおんちゃん、それ!」
しおんちゃんがきょとんとする間もなく、マリーちゃんはその頭の上にあるネコ耳カチューシャへ手を伸ばした。
「しおんちゃん、このカチューシャ貸して」
「はい?」
返事より早く、ひょい、と外される。
「マリーちゃん!?」
「ちょっとだけだから!」
そのまま、くるりとみこちゃんのほうへ向く。
「みこちゃん、しゃがんで」
「こう?」
「そう」
ぽん、とネコ耳を乗せる。
みこちゃんが目をぱちぱちさせる。
「わ、ついた」
「うん」
マリーちゃんは一歩下がって眺めた。
「やっぱり可愛い」
「そう?」
「うん。すっごくいい」
みこちゃんはちょっと照れながら笑った。
そして、ふざけるみたいに小さく言う。
「うん、わかったニャン」
「なにそれ、可愛い!」
マリーちゃんが笑う。
アリスちゃんもつられて少しだけ笑ってしまった。
「みこちゃん、それずるいわね」
「えへへ……」
「でも、たしかに似合ってる」
しおんちゃんはネコ耳を失ったまま、静かに立っていた。
でも、その視線はちゃんと二人へ向いている。
「もう一回やってみてください」
「え?」
「ネコ耳をつけたまま、です」
その言い方が、しおんちゃんにしてはちょっと珍しく積極的で、アリスちゃんが少しだけ目を丸くした。
「いいわ」
二人はもう一度並ぶ。
みこちゃんの頭には、ネコ耳。
アリスちゃんの横で、ぴょん、ふわ、くるん、とまた踊り始める。
さっきまでの練習と、やっていることはほとんど同じ。
でも印象は少し変わった。
ネコ耳一つで、みこちゃんの動きの軽さが、ますます“子猫っぽく”見える。
その横で少しきれいすぎるアリスちゃんも、なぜか一緒に並ぶと可愛い。
ちぐはぐなのに、並ぶと合って見える。
その不思議な感じに、しおんちゃんがふっと目を細めた。
「……お二人だと、子猫が踊っているように見えます」
その一言に、マリーちゃんがぴたりと止まる。
「……それだ」
「えっ」
「ユニット名、決めてなかったけど」
マリーちゃんは、にやっと笑った。
「『にゃんステップ』っていうのはどう?」
みこちゃんが目を輝かせる。
「にゃんステップ……!」
アリスちゃんも、その名前を一度口の中で転がすみたいに呟いた。
「にゃんステップ……」
少しだけ間をおいてから、うなずく。
「悪くないわね」
「ほんと!?」
「ええ。少なくとも、いまのまま“アイドル二人”って呼ばれるよりはいいわ」
「それはたしかに」
みこちゃんはネコ耳をつけたまま、すっかり嬉しそうだった。
「にゃんステップ……かわいい!」
「でしょ?」
マリーちゃんは満足そうに腕を組む。
「じゃあ決まりね」
「そんなに勝手に決めていいの?」
「いいのいいの。こういうのは勢いが大事」
「また勢いなのね……」
アリスちゃんはあきれたように言う。
でも、その口元は少しだけ笑っていた。
しおんちゃんはネコ耳を失ったまま、静かに二人を見ている。
「しおんちゃん、ごめんね」
「いえ」
しおんちゃんは小さく首を振った。
「お二人にお似合いでしたので」
「そこは優しいんだ」
「しおん、そういう時だけ甘いわよね」
「そうでしょうか」
その返事に、マリーちゃんがまた笑う。
「じゃあ、にゃんステップ!」
マリーちゃんが手を出す。
みこちゃんが、すぐにその上へ手を重ねた。
「にゃんステップ!」
「……にゃんステップ」
アリスちゃんも少し遅れて、でもちゃんと手を重ねる。
しおんちゃんだけは一歩引いたまま、その様子を見ていた。
歌から始まった練習に、
ダンスが加わって、
名前までついた。
まだ衣装もない。
曲もない。
何もかも、これからだ。
それでも、そこにはたしかに形になり始めたものがあった。
歌のきれいな子と、
踊るのが楽しい子。
その二人を見つけてしまった、にぎやかな子がいて。
追兎天神駅のすみっこで、
小さなユニットが、ひとつ生まれたのだった。
みこちゃんとアリスちゃんのアイドルユニット「にゃんステップ」です。今後どのような活躍をするか楽しみです。




