届けられた手紙
レーネはデスクの上に置いたままにしてあった封筒を手に取り、もう一度読み返していた。
インクの香りと便箋の香りがふわりとした。
会ったことはなかったがどんな人かは想像できる文だった。きっとこの人も父親も同じだったのかもしれない…そう思えた。
『お二人のお父上が私へ託された“お二人あての手紙”についてまずこのような事態になったこと深くお詫び申し上げます。
あの手紙は、本来ならばお二人のもとに届くはずのものでした。
しかし戦争終結後の政治的な事情によって、手紙は「機密文書」に分類され、郵便として扱うことができなくなったということを記者の方の本を読んで初めて知りました。
私もまさかあの時はこんな事態になるとは想像もできませんでした。
しかし、お父様へ手紙を書くことを勧めたのも、そのお手紙をお預かりすることも私が責任を負うべきことだと思っております。
しかし、その判断が、結果的にお二人とお父上の間に生まれたかもしれない、あったかもしれない言葉を奪う結果となりました。
これは、私の責任です。
どうかそのことを、まずお伝えさせてください。
私は戦場で兵士として戦った経験があります。
そこで多くの死を見ましたし、自分自身も人を殺すという行為を重ねてきました。
ですから、アドリアン様が語ってくださった“少年兵部隊での出来事”や、彼が背負った罪の意識について、私は自分も同じように重く受け止めました。
戦場とは、人の正しさも間違いも、選択の余地も奪われていく場所です。そこで生まれた罪は、決して誰か一人が背負うべきものではありません。
私はアドリアン様が語る、失敗を、後悔を、責めるべき罪としてではなく、最後まで向き合おうとされた“誠実さ”として受け取りました。
これはお二人に伝えるべきか悩みましたが――
アドリアン様は、私の過去を知りながらも
決して私を責める言葉を口にしませんでした。
私は幼い頃、親に捨てられ、名前も知らず、生きるために命令されるまま戦ってきました。我が身を消耗品のように扱われ、敵を倒すためだけに育てられました。
けれど、アドリアン様が語ってくださった“少年兵部隊”の話を聞いたとき――
初めて気づきました。
私が戦ったことが、彼らの存在と無関係ではなかったのだと。
私が属した部隊が戦果を上げたからこそ、対抗策として少年兵部隊を生み、そこに多くの子供たちが送り込まれたのだと。
その事実に気づいた時、
私は胸が締めつけられるような痛みに襲われました。
けれどアドリアン様は、その私を決して責めず、
ただ静かにお話してくださいました。
だから私は、あの方の生き方を尊いものだと思っています。
戦争は多くを奪いました
家族を。
未来を。
日常を。
そして、語り合うはずだった言葉のすべてを。
けれど――
失われたと思っていたものを、ゆっくりと取り戻すという奇跡が確かに人々の間で起きていくのを、私は何度か目にしてきました。私自信もその体験をした一人です。
だからどうか、これは勝手な願いかもしれませんが、お伝えさせてください。
お二人がお望みなら――どうか“父親という存在”を少しでも取り戻していただけますように。
血縁であるからではなく、戦争の中で必死にお二人を想い続けた一人の人間として。
私は、あの方があなたたちを深く想っていたことだけは、誰よりも強く正確に知っています。
最後に
お二人が、アドリアン様の手紙、写しではありますが
受け取る選択をされても、
あるいは受け取らない選択をされても――
どちらも、尊重されるべき道です。
ただ私は、あなた方の歩む未来に少しでも温かな光が差し込むことを願い、この手紙を書きました。
どうかお二人が健やかに、清らかな心のまま生きてゆかれますように。』
読み終えたレーネは便箋を封筒に戻すと、自分のデスクの引き出しにそっと置いた。
しばらくそのまま封筒を見つめていた…
引き出しを閉めたレーネは前を向いた。
窓からは海がみえる。
そこから温かい風が吹き込んでいた。
会おう…
会ってみたい…
そして…
できたら…
父の話をしてみたい…
父のことを聞きたい…
今はそう思っていた。




