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◆国営郵便局にて ― 失われた期待



 レーネは、胸の前で古びた封筒を握りしめながら、大きく息を吸った。

 郵便会社――いや、今は“共和国通信省・郵政局”と名前を変えたその建物は、昔の柔らかな瀟洒な建物の面影などどこにもなく、冷たい石造りの巨大な庁舎へ変わっていた。


 恐る恐る重たい扉を両手でなんとか開けるとそこは天井がやたら高く、左右を見渡すと無機質に窓口がずらりと並んでいた。正面には受付らしい窓口があった。そこへレーネは足を進めてそこにいる女性に通知を見せた。女性が機械的な案内の声が響く。

「ご要件は?」

「この通知の手紙を受け取りに来たのですが…」


通知をじっと見て女性は

 「この受付番号札をお持ちください」

と言って木の番号札を渡してくれた。


 レーネは言われるままに番号札を手に取り、館内を見回した。

 灰色の壁、並んだ長椅子、無表情な職員たち――。

 かつていたアドリアンのような手紙を運ぶ人たちがいた面影は、どこにもない。


 番号が呼ばれるまで、長い長い時間が流れた。

 レーネは膝の上で封筒を何度も返し、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


 ――どうして今になって来ようと思ったんだろう?


 わからない。

 ただ、祖父母の遺品から出てきたこの通知を、いつかは確かめなければいけないと、どこかでずっと思っていた。


 「番号二一番の方、3番窓口へどうぞ」


 やっと呼ばれた。


 レーネは立ち上がり、窓口へ歩いた。

 無機質な仕切りの向こうには、四角い眼鏡をかけた男性職員が座っていた。


 「本日は、どのようなご用件でしょうか」


 抑揚のない声に、レーネは少し肩をすくめた。


 「あの……昔の手紙を預かっていると、通知をいただいて……これです」


 彼女はそっと封筒を差し出した。


 職員は封筒を受け取ると奥へ消えていった。その間レーネはずっと立ったまま窓口で待っていた。職員はなかなか出てこない。レーネはだんだん落ち着かなくなってきた。ただ立ってるだけの人…

そんなふうに思われるのが嫌で椅子にまた腰掛けた。かなりの時間が経った。職員は戻ってきた。レーネは慌てて窓口に戻った。

 しばらく沈黙。

 その沈黙が、レーネの胸をざわつかせた。


 やがて、職員は淡々と口を開いた。


 「こちらの手紙は、現在“受領不可”となっております」


 「……“受領不可”? どういう、意味ですか?」


 「公開が許可されておりません。 したがって、お渡しすることができません」


 公開できない――まるで機密のような言い方に、レーネは思わず目を瞬いた。


 「えっと……ただの手紙なんですよね? 父から、私と弟に……」


 「申し訳ありません。当局の規定により、内容は開示できません」


 「でも……どうしてですか?

  父が私たち宛に書いたものなのに……」


 職員はまるで自動人形のように繰り返すだけだった。


 「規定のためです」


 理解できない。

 納得もできない。

 でも――食い下がる勇気はなかった。


 レーネは手が震えた。

 職員のいる窓口が自分からスーッと遠くへ離れていき遠くなるような感覚におそわれた。


 「そ……そう、ですか」


 声が少し掠れた。


 「大変申し訳ありませんが、こちらでの手続きは以上になります」


 ぴしゃりと打ち切られる言葉。

 レーネは小さく頭を下げ、窓口を離れた。


 背中には、他の客たちの冷たい視線が刺さるようだった。



◆帰り道 ― 小さな期待の崩壊


 建物を出た瞬間、レーネは冷たい風に思い切り息を吐いた。


 ――やっぱり、来るんじゃなかった。


 期待なんてしていなかったはずだった。

 手紙が読めたところで、人生が変わるなんて思っていなかった。


 それでも…


 封筒の通知を頼りにここまで来た自分――その小さな勇気が、あっさり折られてしまった気がして、胸が痛んだ。


 空は雲に覆われ、まるで色を失ったような薄い灰色だった。


 レーネは歩きながら、そっと独り言をつぶやいた。


 「……ねえ、お父さん。なんで手紙なんか残したの…」


 誰も答えなかった。

 風の音だけが、返事のように流れていった。


 レーネは通知をバッグにしまい、足を速めた。

 肩にのしかかる重さは、行きよりもずっと重くなっていた。


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