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◆カフェにて ― 遺された通知


 昼下がりのカフェには、焼き菓子の甘い香りと、コーヒーの苦い匂いが混じって漂っていた。


 窓際の席で、レーネは古びた一通の紙を両手で包むように持っていた。

 封筒の端は少し黄ばみ、折り目には時間の重さが滲んでいる。


 ルーカスは椅子にもたれ、外の通りを眺めながら小さなため息をついた。


 「……それ、まだ見てるの?」


 「だって……どうしたらいいかわからなくて…」


 レーネは困ったように笑い、古い封筒を見つめた。


 ――郵便会社よりの通知

 “レーネ様、ルーカス様宛の手紙をお預かりしております。

  差出人:アドリアン・○○”


 と、端正な字で記されていた。


 それが祖父母の遺品から見つかったのは、一週間前のことだ。

 二人が生きていた間、この通知を子どもたちには渡さなかった――その理由は、いまや確かめようがない。


 ルーカスはカップを軽く回しながら言った。


 「俺には関係ないよ。知らない人だし」


 その声は淡々としていたが、どこか冷めすぎていた。

 レーネは少しだけルーカスの横顔を見つめる。


 「知らない人……でも、私たちのお父さんだよ」


 「記憶にない。 母さんの顔も、父さんの声も。

  そんな人からの手紙を、いまさら読んだところで何になるんだ?」


 レーネは返事ができなかった。

 わかる。ルーカスの言い分は、痛いほどわかる。


 自分だって、父の記憶があるわけではない。

 ただ――とても小さく、たった一つだけ、曖昧な映像が心に残っているだけだった。


 「ルーカスには……本当に、何も思い出せない?」


 「ないよ。レーネだってたいして覚えてないだろ?」


 言葉が刺さったが、レーネは素直にうなずく。


 「……うん。ほとんど覚えてない。でも、

  肩に乗せてもらったような、そんな気がするの。 夢かもしれないけど……」


 ルーカスは鼻で笑った。


 「夢だよ。 人は寂しいと勝手に思い出を作るんだ」


 レーネはうつむき、封筒に目を落とした。

 祖父母の家で見つけたときの、胸のざわめきが蘇る。


 ――本当は、どうしたらよかったんだろう?


 ルーカスは気まずそうに頭を掻き、言い直した。


 「別に……読みたきゃ読めばいい。俺は関係ないってだけだ」


 「ルーカスは……少しも、気にならない?」


 「ならないよ。 俺たちを置いてった親なんて、どうでもいい」


 強い語調。

 レーネは胸がちくりと痛んだ。


 しかし、ルーカス自身もその言葉にわずかに傷ついているように見えた。


 沈黙が落ちる。

 店内の鉄琴のようなベルの音が、遠くで鳴った。


 レーネは手元の封筒をそっと撫でた。


 「……じゃあ、この通知……どうしよう?」


 「姉さんが持ってろよ。 俺に預けたって、ただ捨てるだけだし…」


 淡々と言うルーカス。

 その無関心さが、逆にレーネを迷わせた。


 「……うん。じゃあ……私が持ってる」


 「そうしなよ」


 ルーカスはコーヒーを飲み干し、席を立つ。


 「帰ろう。こんなのに時間使っても、答えなんて出ない」


 レーネはゆっくりと立ち上がり、封筒をバッグにしまった。


 ルーカスの背中を追いながら、ふと窓に映る自分を見た。

 バッグにしまった古びた通知の感触が、やけに重く感じられる。


 ――読んでみたい。

 でも、怖い。


 結論は出ないまま。

 二人の距離だけが、少しだけ離れたように感じた。


 それでも封筒は、レーネの手の中にあるままだった。


夜レーネはその封筒をベッドの上で眺めていた。

父との思い出…

ルーカスにはない…

私は…

そういえば列車を丘の上から見てた…

あの日、街は浮ついていた。

友達のおじさんも戦争に行くとかで駅に見送りにいくと言っていた。

あの日、私は祖父に駄々をこねていた。

私も駅に行きたい、見送りにいくと。

でも祖父は頑としてお願いを聞いてくれなかった。

私は勝手に家を出た。嫌がるルーカスを連れて。

祖父は仕方なく丘に連れてってくれた。

私はなんとなく、父もそこにいる気がしたのかもしれない。

友達がいくと言ったからだけだったのかもしれない。

丘に着くと汽笛が聞こえた。

しばらく待っていると列車が来た。

乗ってる人なんて見えない。

でも、ただ手を振っていた。

そういう記憶が。


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