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少年兵としての記憶続き


いつもの部屋にいつもと同じ光が差し込み、机の上にはタイプライターと紙束が整えられていた。


 だが、ひとつだけ違うものがあった。


 ――彼女の目の色だ。


 昨日よりもわずかに鋭く、それでいて深いところで揺れている。

 アドリアンは気づいていた。彼女の態度が、僅かに変わっていることに。


 「では、昨日の続きからお願いします」


 彼女は義手を構え、アドリアンの言葉を待った。

 その姿勢は端正だが、どこか急いているようにも見えた。


 アドリアンが言葉を選んで語りはじめると、彼女は突然、間に質問を挟んだ。


 「その……少年兵の方々は、訓練を受ける前はどのような生活を?」


 アドリアンは瞬きをした。

 彼女がこんなふうに踏み込んだ質問をしてきたのは初めてだった。


 「え、ええと……ほとんどの子は孤児でした。

   まともな食事も、住むところもなくて。軍が拾ったんです。ここに資料がありますが…事情がありお見せはできません。命がかかってるのでね(笑)」

といってアドリアンは手に持った自分の手帳を見せた。そう、これはあのヴァイスナー中将からの情報。


彼女が一瞬固い表情に変わった。しかしそれもすぐ戻り彼女の指が強くキーを叩いた。

 いつもより力が入りすぎて、紙が少しズレた。


 「では……訓練は、どの程度の厳しさでしたか。

  子どもにとっては、耐えがたいものだったのでは…」


 アドリアンは一瞬言葉に詰まり、彼女の顔を覗き込んだ。

 その瞳の奥に、昨日の夜に見た“影”の続きがあるような気がした。


 「……何か、気になることでも?」


 問いかけられた彼女の手が、わずかに止まった。

 その沈黙は、昨日までの彼女とは違う種類のものだった。


 「……気になる、というより。 知っておくべきだと思ったのです」


 声が硬い。

 だが、その奥に震えがあった。


 アドリアンはさらに戸惑う。

 彼女が、自分の話に“感情的”な反応を示すのは初めてだった。


 「……この話はやはり……」

 

アドリアンは遠回りに聞いた。


「なにか、ありましたか?」


 彼女の義手が膝の上でかすかに震えた。


 そして、ゆっくりと言った。


 「……思い出したのです。忘れていたはずの、自分の過去を…」


 アドリアンの目がわずかに大きくなる。


 彼女は続けた。


 「私は……子どもの頃、親に捨てられました。というよりそれも聞いた話です…ですから顔も知りません…いつからか仲間と共に、街で食べ物を乞うて生きていました…」


 その声は淡々としているが、抑えた震えがあった。

 アドリアンは息を呑む。


 「あるとき、軍に捕らえられて……施設に収容されました。そこで訓練を受けました。特殊部隊の、兵士として」


 義手の指が強く握られた。


 「温かい食事も、清潔な寝床も、与えられました。子どもだった私は……それが嬉しかった。だから、どんな訓練も耐えました」


 アドリアンの胸に、重いものが落ちる。

 昨日自分が少年兵について語った内容と、あまりに重なるからだ。


 だが彼女は続ける。


 「あなたの話を聞きながら……思い出したのです。私も、あの子たちと同じだということを…」


 アドリアンは言葉を失った。


 彼女はほんの少しだけ俯いた。


 「少年兵部隊は……共和国の特殊部隊に対抗するために作られた、と言いましたね」


 「……ああ」


 「その……共和国の特殊部隊とは、私が所属していた部隊のことです」


 アドリアンは目を閉じた。あ…やっぱりか…この人が…全ての始まりだったのか…

 胸の奥に鈍い痛みが走る。


 彼女の声は震えていた。


 「私が戦ったせいで……帝国は……子どもを、戦わせる道を選んだのでしょうか…」


 その自責の念は、鋼の義手よりも重く感じられた。


 アドリアンは深く息を吸い、ゆっくりと告げた。


 「それは、“忘れていた”んじゃない“覚えていたくなかった”んです。

  それほど、辛い記憶だったということですよ…」


あえて彼女の問いからは外していた。だが、彼女の戦果が帝国の少年兵部隊の実現に手を貸したのは事実だった。


 顔あげた彼女のその瞳が揺れていた。

 その揺れは、戦場でも見せなかった種類のものだった。


 アドリアンは続ける。


 「あなたのせいじゃない。

  戦争が……大人たちがそうさせたんです。

  あなたも、あの子たちも……巻き込まれたんだ」


 彼女は唇を噛んだ。

 涙は堪えている。

 だが、その肩の震えが彼女の本心をすべて語っていた。


 アドリアンは静かに言った。


 「だから……聞きたいなら、何でも話します。

  逃げずに、全部話します…」


 彼女は小さく頷き、再びタイプライターに手を置いた。


 今度の指先の震えは、痛みだけではなかった。

 “知ろう”とする、決意の震えでもあった。

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