少年兵としての記憶
季節は次々と過ぎていた。それでも二人はやめなかった。それは二人ともなにかを背負っているからだった。たくさんの何かを…
今日もタイプライターのキーが、規則正しいリズムで叩かれていた。
タイプライター打つ彼女の義手は淀みなく動き、アドリアンの言葉をひとつ残らず記録しようとする。
――しかし、そのリズムがふと乱れた。
アドリアンの語りが、少年兵の話に差しかかった瞬間だった。
「……彼らは、年端もいかない子どもだった。
帝国は劣勢で、共和国に対抗する戦力を補充するために……子どもたちを、“兵士”にしたんだ」
金属の指先がキーを叩く音が、急に遅くなる。
彼女の呼吸も、わずかに乱れた。
アドリアンは気づかなかった。
彼は語り続ける。
「あの子らは質素な食事でもおいしそうに食べ、眠る場所もろくにない前線で大人と同じようにいつ死ぬか分からない恐怖を、ずっと押し殺して……」
――どこかで聞いた話だ。
――いいや、どこかで“見た”ことだった。
彼女の胸がざわめく。
指先がいつものように機械のような正確さを保てず、打鍵が微かに乱れた。
(子ども……兵士……)
一瞬だけ、遠い光景が脳裏をよぎった。
ぼろ切れのような服。
瓦礫の街角で、仲間と並んで食べ物を乞う小さな自分。
突然現れた兵士達に捕われ、連れられて行った夜。
その先で与えられた、ふかふかのベッド。
温かい食事。
そして――
「ここがおまえらの家になる。おまえらは今日から軍の“子どもたち”だ。」
その言葉に、どれほど救われたと思っていたか。
(……私も……)
タイプライターの音が止まった。
「……どうしたんですか?」
アドリアンの問いかけに、彼女はわずかに肩を跳ねさせた。
だが表情は整え、再びキーを叩く。
金属音が戻る。
戻ったはずだった。
しかし胸の奥がざわつき続けた。
アドリアンが語る内容は、まるで自分の過去を別の角度から語り直されたようだった。
――少年兵部隊。
――帝国が、共和国の戦果に対抗するために作った部隊。
アドリアンが静かに続ける。
「……あの子たちは、共和国の“ある部隊”があまりに強かったから生まれた部隊だ。目には目をと
大人に勝手に判断されて……だから、同じ子どもが選ばれた」
彼女の義手が止まる。
(共和国の部隊……特殊部隊……)
自分のことだ、と理解した瞬間、身体が冷えた。
胸の奥の何かが、強く締めつけられる。
アドリアンはまだ気づかない。
「……その結果、たくさんの子どもが死んだ。
俺は、助けることができなかった」
彼女は目を伏せた。
文字がぼやける。
視界が揺れる。
(私が……あの戦場で戦ったことで……同じように帝国は……子どもを、兵士に…)
いつもならすぐに持ち直す彼女の指先は、なかなか元に戻らなかった。
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◆深夜、自室
その夜。
彼女の部屋には灯りだけが静かにともり、窓からは遠い汽笛の音が聞こえていた。
彼女は制服のままベッドに座り、両手を膝の上に置いたまま動かなかった。
義手の指先が微かに震えている。
(私が……生き延びたことで……戦ったことで
誰かが戦わされ……誰かが死んだ……)
頭では理解していたことだ。
戦争とは、そういうものだ。
誰かが勝てば誰かが負ける。
誰かが生きれば、誰かが死ぬ。
だが――
“同じ境遇の子どもたちが死んだ”と知るのは、まったく別の痛みだった。
彼女は自分の胸元を押さえた。自分も何も分からず言われるまま戦っていた…
痛い。
金属の義手では触れられない、柔らかい部分が痛んでいた。
(あの子たちも……食事をもらえて、寝る場所があって、それが幸せだと思っていたのだろうか…)
自分と同じように。
自分と同じように笑っていたのだろうか。
同じように名前を呼ばれ、同じように戦場へ送り出されたのだろうか。
その先で、死んだのだろうか。
彼女の胸に、重い鉛のような罪悪感が入り込んだ。
「……私が、戦ったから……?」
声に出た瞬間、涙が一粒だけ落ちた。
それは彼女自身も驚くような、静かで小さな涙だった。
彼女は顔を覆わない。
ただ静かに、堪えるように目を閉じた。
義手がかすかに震える。
それは、戦場でも味わったことのない種類の痛みだった。




