自分を語ること
アドリアンは結局手紙は1枚も書けなかった。自分が自分の子供に手紙を書くことがこんなに難しいものだとは思わなかった。それ以上に戦友とも呼べる子供達には素直に書ける気がしたのに…
それがとてもショックだった。
時間を共に重ねた重みが違うのかと思った…
いくら血が繋がっていても…
アドリアンはいつものベンチで空をみあげていた。彼女が声をかけてきた。
「どうかされましたか…」
アドリアンは浮かない顔で答えた。
「……書こうとしたんですが……何も、書けなかったんです手紙が…」
すると彼女はアドリアンの隣に座りながら
「……手紙って、“誰かに何かを書こうとする”より、“自分がなにを思ってるのか、相手にどんな気持ちを持っているのか、どこまで自分の気持の本当の部分に触れられるか”だと思います」
アドリアンは彼女からこんな話を始められることに驚いた。
「でも、書きたい気持ちはあるんですね?」
「……ええ。でも、書こうとすると……
自分がいかに何もしてこなかったか、あの子たちにどう見えてるか……全部、いろんなこと頭に浮かんできてしまって。
手が、止まるんです。怖いんです…自分が傷つくのが…私はあの子たちのことを忘れてはいません。でも、思い出さないように、いないものとしてやってきました。それ自体が私にはあの子たちを裏切ってるような気がして…ずっと裏切ってきた…ひどい親です…でもそうしないと自分を見失ってしまいそうになって…」
もうなにも言えないと思った。これ以上何を話しても同じことしか言えない。話し続ければいいわけにしかならない。
「もう何をいっても遅いし、いいわけにしか…」
彼女は、ほんの一瞬目を閉じ、そして言った。
「……じゃあ、“書く”代わりに、私に“話して”いただけませんか?
あなた自身のことを。気持ちを…断片的でもいいですから…」
アドリアンは驚いたように彼女を見た。
「話す?……私のことを?」
彼女は微笑んだ。
それは、強さでも優しさでもなく、“もうなにかに気づいている者の静かな微笑”だった。
「もう……あなたは、ずっと私に、あなた自身のことを話してくれてますよ」
そう言うと彼女は微笑んでいた
その言葉に、アドリアンは胸に引っかかっていた何かが、やっとはずれた気がした。
沈黙の中に、初めて“何かの兆し”が芽生えたような感覚。
「……ありがとう」
その一言は、書かれていないけれど、
確かに「手紙の第一行目」だった。




