書けない手紙
夜、会社の一室。窓の外に街灯の灯り、手元には白紙の便箋
アドリアンは、机に置いた便箋の前で、しばらく身じろぎもせず座っていた。
手紙か…
戦地では手紙は届くのが兵士の心の支え…
たくさんの手紙がやりとりされていた…
それも敗戦間近になると混乱から滞りがちだった…
アドリアンの部隊にもたくさんの手紙が届いていた。
でも、アドリアンとアルト達には届かなかった…
アドリアンはそれをなんとも思わなかった…
思わなくなっていた…
手紙が来るような人間ではない…
人並みのなにかを求めてはいけない…
そう思い続けていた。
だから自分だけ手紙が来ないこともなんとも思わなかった。
そして、それはアルト達も同じだった…
書こうとしてもペンは手の中で重く、指先だけが微かに震えている。
最初の一行が書けない。
「レーネ、ルーカスへ」――そこから先に言葉が出てこない。
彼はそっとペンを置いた。
なにを書けばいいんだ。
浮かぶ言葉はありきたりの元気かとかの言葉。
それからは申し訳ない。すまなかった。そんな情けない謝罪にもなってるのか分からない言葉だけ。
こんなものを送ってあの子たちは今更なにを思うのか。
見放して見放されて無いもの、存在しないものと思いながら生きてきたんだ。
そうしないと生きてこれない。前を向いていけない。それはあの子たちも自分も同じのはずだ。
もう別の方向に進んでるのに今更過去に戻って引き戻すことはあの子達には迷惑なだけなのでは。
無いはず、存在しないものの手紙がなんの意味があるのか。
一文字も書かれてない白紙の便箋は存在しない父親のようだった。
ところがアルト達の事を考えるとペンが動こうとする。
戦地でのこと…
故郷を訪ねたこと…
書くことがあった…
だが、子供達には謝罪と後悔しか書けなかったのに…




