手紙
会社の中庭
小さなベンチがある。
昼休みアドリアンはそこにいた。
あの一件から二人は会うことはなかった。
もともと違う部署のためそれは自然なことでもあった。
快晴の空をぼーっと眺めてると誰かが近づいてきた。
「あの…」
アドリアンが声のする方をみるとそこにはあの彼女が立っていた。
「はい…あ…この前は不躾に失礼しました…つい力が入ってしまって…」
「それは別に…私の方こそお役に立てなくてごめんなさい…」
彼女はそういうとそこに立ったままだった。
「なにか?」
「お役に立ては立てませんでしたが、あなたの気持ちは分かるような気がします。私も大切なものを置いてきた気がしましす…それで今も探しています…」
アドリアンは彼女が突然自分のことを話し始めたのに驚いていた。
「だから…私も大切なものを探してます…」
それ以上は彼女は言葉を持っていなかった。
アドリアンはそう言うと黙ってしまって落ち着かない様子をみて
「そうですか…あなたも同じだったんですね…失うものがなかった人なんていないのに…ましてや兵士なら…それもわからず…」
アドリアンはあの後も自分のした事を反省していたが改めて言われて心の棘が抜かれた気がした。
「それでその探しものは見つかりそうですか…」
「いえ…まだ…」
「そうですか…私になにか役に立てることがあれば言ってください(笑)」
そう言ってアドリアンはベンチから離れようとした。
「あの!私もなにか役に立てることがあればなんでも言ってください…」
「わかりました…お心遣いありがとうございます(笑)その時にはお願いします…」
二人はそれだけの会話でその場を離れていた。
何日か経ったある日
いつものようにアドリアンは中庭のベンチで軽く昼食を済ませていた。
するとあの彼女がこちらに近づいてきた。
気がついたアドリアンは軽く会釈をした。
彼女もまた軽く会釈を返した。
この前のことがあったのでアドリアンはそれだけで済ませるつもりだった。
ところが彼女は近づいてくるとアドリアンの隣に自然に腰をおろした。
アドリアンは少し驚いたがとりあえずこの前の一件を謝った。
「この前は失礼な事をして申し訳ありません」
すると彼女は
「いえ別に構いません…気にしないでください…」
それを最後に二人には沈黙がおとずれた。
「あの…なにかご用ですか?」
アドリアンは黙ってしまっている彼女にたずねた。
しばらく沈黙ののち、彼女が話し始めた。
「……手紙って、不思議ですね。書いてると、相手の顔が浮かぶ。書き終える頃には……ほんの少しだけ、自分の表情も変わってる気がします…」
アドリアンは彼女の横顔を見つめる。
「……自分の顔、ですか」
彼女は小さく笑った。
「私、たまに思うんです。代筆って、“言えなかったこと”の代わりなんだって。
……言えないまま終わった気持ちって、どこにも行き場がなくて、でも、書くと……ほんの少しだけ、自分の中で居場所みたいなものができたり…」
アドリアンはしばらく黙っていた。
遠くに汽笛の音がかすかに響く。
「そうなんですか……どこにも行けない…それに居場所が…そんなお仕事なんですね…あなたのお仕事は…」
どこにも行き場のない気持ち…
自分にそんな気持ちがあるとしたら…
あ…そうか…この前彼女に怒りを覚えたこともそういうことなのか…
行き場のない気持ち…それをちゃんと形にしていくべき場所に届けなければ…
「あの…代筆というのは自分の気持ちを自分の代わりに言葉にしてもらうという仕事でいいんでしょうか?」
アドリアンは思い切って聞いてみた。
「そうですね…私はそう信じてやってます。だからあなたの気持ちをあなたの代わりに言葉にして差し上げることに役に立てるとは思います…」
そう言われて彼が思ったのは…
真っ先に浮かんだのはアルト達のこと…
そしてそれを必死に振り払った…
自分はなぜ我が子のことを真っ先に思わないのか…なんて親だ…
自分の子供達のことを…
もう何年も声も聞いてない…もちろん会ってもない…
それなのに…
あの写真の子どもたち。
アルトの声。
レーネとルーカスの幼い字の手紙。
封も切らずにしまい込んだ束。
「……手紙か……」
彼はその言葉を、繰り返すように呟いた




