静かな問い
書類室にて
部屋の中には、書類を束ねる音と、わずかに差し込む午後の光。
二人は、同じ案件の確認作業を終え、無言のまま立ち上がった。
彼女が軽く頭を下げる。
「この前は……助けてくださって、ありがとうございました。
子供……慣れてなくて」
アドリアンは少し笑って、
「ああいう場面はなかなか慣れることないと思いますよ」
静かな空気が流れた後、アドリアンがふと尋ねる。
「あなたは元少年兵……でしたよね。共和国の英雄…ですか…」
「ごめんなさい(笑)…つい変なこと聞いてしまいました。」
あまりのストレートな問いに思わず視線をアドリアンに向けていた。数秒の沈黙のあと、言った。
「いえ…私はただの兵士でしたので…なにも…」
「そうですか…」
「私も軍にいましたから戦争が終わったからといってなんでも話せることはないのはよくわかりますよ…」
「私は元敵国の兵士ですからね…」
「いえ…そんなことはもう…」
「あの戦争から帰ってこられただけで、もうどこの兵士だったかはあまりどうでもいいというか…」
彼女の表情は暗かった。
たぶんこれは彼女にとっては触れられたくない話題なのだ。
それでもなにか聞かずにはいられなかった。
彼は目の前の女性が戦場でどんな働きをしたのかは戦地を経験してればだいたい想像がつく。
それでも、目の前のこの女性は…
あの子らのことを思ってしまう…
聞いても無駄だという感触はあった…
でもあの子らはなにも残らなかったのにこの人は…
まだましだ…
だからこの人には答える責任がある…
身勝手なこじつけだった…
それでも…
彼にだんだん邪悪な感情が立ち上がってきていた。
「軍にいた頃に帝国軍の少年兵のことは…」
「なにかご存じではないですか?」
「私はただ…アドリアンさん…その…」
アドリアンにしてみればその答えは至極当然のことに思えた。敵軍の機密情報なんて知るわけは無いのに…
少し迷ったように、アドリアンが一歩、踏み込む
「……そうですか。私は……少年兵の部隊にいました。……彼らと共に戦って、生き残って、……でも戦争が終わってみたら彼らのことはなにも残っていいませんでした…」
「あなたをみてるとあの子らのことを思い出します…勝ってたらあの子らも英雄だったのか…とね」
「彼らのことを残そうとしました。でもほとんどなにもわからなかった…」
「あなたが何かご存知ではないかと思っています…」
「私の推測では元は同じ部隊だったはずです…あなたが帝国にいたときは…部隊のことご存知ないですか…」
こんなこと聞いてもなんの意味もないことは彼にもわかっていた。
だが、聞いてみたかった。
やめればいいのにと自分自身が思っていてもやめられなかった。
だんだん目の前のこの人がなかば憎らしくさえ思えてきていた。
この人が戦果を上げたことが、あの部隊の実戦部隊化につながったことは事実だった。
それを聞いた当時は、なにも思わなかった。
だが、目の前にその人物がいて、英雄と言われている。
戦争は個人の意思関係なく動いている。
冷静に客観的にみれば彼女を責めることはとんでもない間違いなことはわかる。
だが、どうしても…
「何か知ってることがあればおしえてもらえませんか?あなたは生き残ったんだ。私と同じように。生き残った者にはそれなりに責任があると思いませんか?帰ってこなかった者たちに。」
「ただ…私は彼らを守ってあげたかった…あの子らに人を殺させたくはなかった。それでも戦場に出してきた。私も狂ってたのかもしれません。今思い返すと…戦争だから命令だから…それを考えることもなく…ほんとなら別の人生もあったかもしれない彼らを…戦場を生き延びてちゃんと生き続けてほしかった…あなたのように…」
彼女は俯いたまま無言を貫いていた。
それが彼にはますます追い詰めたくなるきっかけになった。
「知らなくてもいい。なにかことばを…なんでもいいんです…あなたと同じように戦ったあの子たちに…なにかを…
お願いです。誰かがあの子らにどんな形でもいいから、あの子らに何か言ってあげてほしいんです…」
もう彼には自分が何かを言ってるのかさえわからなくなっていた。
何か一言でもあの子らに言葉をかけてくれたら…
アドリアンは棒立ちになったまま両手を握りしめていた。
彼女はまだ俯いたままだった。
彼の中でだんだん怒りが湧いてきていた。
「すいませんでした…」
怒りが表に出る前に彼は去ることにした。
「頭冷やします…失礼なこと言って申し訳ありませんでした。」
彼は知らなかった。
彼女もまた戦争で大切なものを失ってきていることに…
大切なものを置いてきてることに…
そしてそれを探し求めてることに…
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