手掛かりは箱の中に
体から、血が流れていく。
散乱した床には、一つのオルゴール。
最後の力を振り絞って、彼女はそれを開いた。
部屋に鳴り響く音を聴いて、温かかったはずの思い出に浸りながら、彼女は目を閉じる。
オルゴールの音色は、警邏の者達が来るまで繰り返し奏でられ続けていた。
※
ちりりん、と半ば乱暴に扉が開く。
店で在庫整理をしていたスタイラは、顔をしかめて立ち上がった。
「いらっしゃい」
「悪いな嬢ちゃん、俺ぁ、客じゃねぇんだ」
いかつい顔に無精髭の男は、警邏のコートを雑に羽織っている。
その男がコートのポケットから出した物を見たスタイラは、小さく悲鳴を上げて後ずさった。
「血……! やだ、あんた、それに何をしたのよ!?」
男が出したのは、血まみれのオルゴール。蓋は閉じられているが、スタイラ達が作った物で間違いない。
問題はオルゴールが血まみれである事と、男との面識が一切無い事。
何より、自分たちにとって、血は匂いも何もかもが駄目である。
「おいおい、何だよその目。こいつは証拠品だ。つい最近、殺された女が居てな。通報されて乗り込んだら、こいつが開いて音が流れてたんだとよ」
スタイラは腕をぎりっと掴む。暴れてはいけない。相手は何の関係も無い一般人だし、そもそもこの衝動に普通の人間を巻き込む訳にもいかない。
なので、抑えた声で尋ねた。
「持ち主以外が、商品を持ってきたところで……無駄よ。私達以外には開けられないわ」
「じゃあ開けてくれや。つーか分解出来ねぇか? もしかしたら、殺された女の遺言かもしれねぇんだ」
「お断りするわ。そんなに血に塗れた物、到底まともな状態で扱えないもの」
「あ? 警邏に逆らうってのか?」
「事情を知りもしない輩に、説明する義理は無いわ。とにかく無理よ、無理」
さっさと帰れ、と扉を示すが、男はもう片方のポケットから手錠を出す。
「やらねぇってんなら、重要参考人としてしょっ引くぞ」
「は! これだから権力の犬は! 出禁にするわよ!」
「おーぅ、まずその前に権力で痛い目見るか?」
スタイラは荒くなる呼吸の中で、がくりと力が抜けたのを感じた。
(まずい)
これ以上は危険だ。スタイラは、マイラよりも自制心が弱い。だから。
「……ろ、す」
「あ?」
「殺す……! 邪魔者全て、残さず刈り取ってや――」
暴走が抑え切れなくなったスタイラの背から、黒い靄が溢れた途端。
とんっ。
背後から、首の後ろを的確に打たれて、スタイラの意識が薄らぐ。
「ぁ……」
「スタイラ、大丈夫だよ。でも今は、静かにお眠り」
「まい、ら……ごめ……」
危なかった。助かった。ここでまた殺したら、刑期が延びるところだったから。
安堵と共に、スタイラは意識を手放した。
※
ノッテスは、目の前で起きた事に動揺を隠せなかった。
「な、何だぁ、今のは……!?」
少女の様子が急変し、背中から黒い靄が出た。その靄は少女が気絶してすぐ消えたが、まだ空気は張り詰めている。
「おじさん。お客様じゃないなら、お引き取りを。それとうちのオルゴールは、事件の証拠品としては不十分ですよ。何しろ、持ち主にしか開けないんですから」
気絶した少女を抱える少年は、鋭い眼差しでこちらを見ながら言う。
ノッテスは自分が持ってるオルゴールを見て、それをポケットにしまいながら問いかけた。
「……何者だ、あんたら」
「ただのオルゴール屋ですよ。ちょっと不思議な、とつく」
少年の答えは、曖昧だ。だが、事件に関わってない事だけは明白である。
「……事件現場で、オルゴールが鳴り響いてたそうだ。その後、証拠品として扱うまでは良かったが、誰も彼も開けやしねぇ。終いにゃぶっ壊すか、って時に、誰かが言ったんだよ。『噂のオルゴール屋の製品じゃないか』ってな」
「なるほど。ですが、ここには、思い出を持った者しか立ち入れられませんよ。……今回は見逃しますから、次に来る時は是非、お客様としていらして下さい」
出口はあちらです、と彼にも扉を示され、ノッテスは軽く舌打ちした。
踵を返して扉に向かう。
「……うちの店のオルゴールは、思い出を形に残す品物です。犯人が知りたいのなら、ここより行くべき場所あるいは人が居ると思いますよ」
背後からアドバイスが飛んで来たが、ノッテスは振り返らず店を去った。
そのまま、被害者の家に向かい、中に入る。
「思い出、ねぇ……」
その単語には苦い気持ちがついてまわる。
同期が居た。
馬も合って、捜査にも一緒に入って、解決したら二人で飲みに行った。
あの時確かに、彼は仲間であり、親友だった。
だが、あの日から絆は消えた。
『本当はずっと、嫌いだったんだ。目障りだったんだよ!!』
捜査を撹乱し、ミスをノッテスになすり付け、手柄を横取りしようとした彼は、今や刑務所の中だ。
「……ん? こりゃぁ……」
ふと、散らかった床と血まみれの床の違和感に気付く。
他の者は強盗殺人ではないか、と言っていた。
だが、床に転がった宝石箱から溢れた宝飾品が、そのままである。
そして血の痕。逃げ回った様子がほとんどない。
改めて、ノッテスは部屋を見渡した。
「あぁ、なるほどなぁ。確かに思い出って言やぁ……アレだよなぁ」
荒らされてない部分から抜き取られた痕跡。幅からして、写真か何かが飾られていたのだろうか。きっと、足を付かせまいとしたのだろう。
代わりに荒らされた部分に、目が行くように。
「はは、すげぇ坊ちゃんだ。ありゃあ、将来いい男になる」
一人呟いたノッテスは、立ち上がると現場を後にした。
次いで向かったのは、職場。
「おぅお前ら、女が付き合ってた男の資料、片っ端から探せ!」
「はっ!? ご、強盗じゃないんですか!?」
「分かりました、すぐに調査します!」
部下に命じて、ノッテスも捜査に加わる。
「あとこのオルゴールは、女と関係あった奴ら全員に見せろ。どんな言葉も態度も見逃すんじゃねぇぞ」
血まみれのオルゴールは、黙して語らない。だが、そこにあるだけで価値がある。
捜査は、猛スピードで進みを見せた。
それから一週間も経たずに、犯人は見事、捕まったのである。
※
ちりん、と音箱屋の扉を開く。今日は少年が出てきた。
「いらっしゃいませ。……お客様ですね?」
「あぁ。一等楽しかった思い出を、一丁頼むわ」
事件も無事に解決して一段落ついたノッテスは、オルゴールを作りに来ていた。
「それでは、奥でお話を伺います。座ってお待ち下さい」
今日はあの少女は居ないのだろうか、と思っていたら、茶と菓子を盆に乗せて、苦々しい顔でやってきた。
「……どうぞ」
「この間は悪かったな、嬢ちゃん。ま、今日は楽しい思い出話に付き合ってくれや」
「……さっさと話せば? 私達も暇じゃないのよ」
そうして、ノッテスは話した。楽しかった、当時の話を。
それから二週間後、オルゴールは完成した。
硬い靴音が、石の通路で響く。
それはある男の牢の前で止まった。
「よぉ。元気してたか?」
靴音の主であるノッテスが声をかけると、牢の男は軽く頭を上げて、ぎらついた目を向ける。
「……何しに来た」
「なぁに、ちょいとした、思い出話さ」
ノッテスはポケットから無造作に取り出したオルゴールを、男の前で開く。
途端に、似つかわしくない綺麗な音色が流れ出した。
「あん頃にゃ、楽しかったよなぁ。新人だからって舐められて、必死に捜査して、手掛かりになるもん見つけた時なんかは、二人で盛り上がったなぁ」
「……やめろ」
「そんでも二人で成果出して、周りの見る目も変わって、信頼してもらえたところだったよなぁ。あの頃から、お前だけ変わっちまった」
「やめろ!」
「変に捜査に固執したり、かと思えば適当な手掛かりで犯人をでっち上げたり、最悪、迷宮入りになりかけた事件まであった。なぁ、何がそんなに不満だったんだ? 俺ぁ、お前を……」
「やめろと言ってるだろう!!」
牢の男は怒鳴る。肩で荒く息をついていた。
そして、堰を切ったように続ける。
「言ったはずだ。本当はずっと大嫌いだったと! 捜査で真っ先に誉められるのも、手掛かりを先に見つける力も、邪魔した捜査を結局解決したのも、全部全部全部、君だった!! 僕ではなく、君ばかり!! なのに君は、僕も仲間だと言って、いつも僕を惨めにさせた!! 何もかも、全部……君が悪いんだ!!」
ノッテスは静かにそれを聞く。オルゴールの音と共に。
ややして、ふっと息を吐いて立ち上がった。
「少なくとも、思い出の中のお前は、俺の最高の仲間だったよ」
そう告げて、歩き出す。出口へと向かって。
「じゃあな。元気でな」
背後でまだ彼が喚いていたが、聞く気は無い。
オルゴールを閉じて、ポケットにしまう。外は呆れるほどの青空だ。
「……思い出ってのは、酒よりタチが悪ぃなぁ」
ぽつりと呟くそれは、今にも泣きそうな声だった。
※
「結局、犯人は昔の男で、痴情のもつれってやつで女性は殺されたってわけね。で、その男との思い出が入ったあのオルゴールが、女性の遺言だった、と。……傍迷惑な話だわ」
「本当にね。君は暴走しかけるし、あのお客様は実に面倒だったよ」
姿勢悪くコーヒーを啜るスタイラの愚痴に、マイラが苦笑して返す。
スタイラも、さすがにあれは弁解の余地が無かった。
しかし、とこの間の警邏の男について思う。
(あの思い出で良かったのかしら。もっとこう、違うものがあると思ったんだけど)
一番楽しかった思い出、と彼は言っていた。だがそれにしては、ノイズが多かった気がする。
だが、今更気にしても仕方ない。そして今日もコーヒーは苦い。
「やっぱり紅茶がいいわ」
「そう? たまにはコーヒーも悪くないと思うよ。眠気覚ましにもなるしね」
「それはそうだけど。……ま、いいわ。香りは嫌いじゃないしね」
苦いままのコーヒーを口にする。さながらそれは、辛い思い出を思い出す事に近い。
だが、飲み込んでしまえば終わりだ。この間の醜態も、コーヒーに溶かして飲み込んでしまえばいい。
ふう、と息をつく。
「さて、そろそろ店を開けるよ? いい?」
「はいはい、大丈夫よ」
マイラがそう言って、玄関に向かう。
一人残った部屋の中、スタイラはコーヒーを飲み干して、振り切るようにマグをテーブルに置いたのだった。
今日も音箱屋は、店を開く。




