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第九十一話 負ける覚悟




 時は少し遡り、太陽神が目覚める1分前。

 統合作戦司令部につめる幕僚たちは、緊張した面持ちで、人工衛星の可視光線と近赤外線カメラを静かに見つめていた。


 各部隊の撤退は9割5分がた終わっており、残り10分もあれば全部隊が撤退を完了する予定だ。


「遠藤幕僚長。9時、1分前です」


 陸将補からの言葉に、遠藤幕僚長は無言で頷くことで返した。


 カチ、カチと時計の針が動くのをただ見つめる。見つめることしか……できない。

 緊張で無意識に握りこんだ拳は汗でじっとりと濡れている。


 そして、ついに時計の針が9時00分00秒を刺した。

 その瞬間、人工衛星の近赤外線カメラが、『何か』を捉える。


 その『何か』は超高温であり、眩い熱は地球外からでも観測が可能なほどだった。


 そして、それを捉えていた統合作戦司令部の近赤外線モニターは真っ白になる。

 すべてが塗りつぶされるほどの熱は、まるで『太陽』のようだった。


 それから数舜後。遅れて轟音と衝撃波が統合作戦司令部を襲う。


「ッ!」


 天幕が激しく揺れ、轟音が肺と鼓膜を揺らす。


 そして、強い音と風が通り過ぎ、一瞬の静寂が生まれた。


「「「……」」」


 誰しもが黙り込む中で、一番最初に正気を取り戻したのは誰でもない遠藤幕僚長だった。


 慌てて外に飛び出てみれば、その目線の先に崩れ落ちる水柱の残骸があった。

 ポツリ、ポツリと重力に引かれて落ちる水滴は、次の瞬間、豪雨のように海面を叩きつける。


「……」


 その光景を遠くから見ていた遠藤幕僚長は、まるで時間が止まったかのように、ただただ立ち尽くしていた。


 何が起こったのか? どうなっているのか?


 そんな思考の霧に包まれる。

 だが、それでも幕僚長としての責務が、無意識のうちに行動を促した。


「……オペレータ、9時ちょうどの衛星画像を出せ!」

「は、はい!」


 遠藤幕僚長の怒声にも似た一言で、オペレーターもようやく正気を取り戻す。

 端末に向き直り、すぐに操作を始めた。


 そして、表示された衛星画像を見た瞬間、誰しもが言葉を失う。


「……な、何だこれは?」


 粗く拡大表示された画像には、海上に突如として現れた巨大な水柱が映し出された。

 周囲にミサイルや魚雷らしき痕跡は一切見当たらない。


 ただそこで、『何か』が爆ぜた。そんな印象だった。


「……皆はこれをどう見る?」


 その場にいた誰しもが、原因の見当すらつけられずに沈黙する。

 だが、そんな中で若いオペレーターがモニターを凝視したまま、声を上げた。


「っ!……遠藤幕僚長! これを見てください!」


 オペレーターは遠藤幕僚長を呼び、衛星画像をスローで再生する。

 すると、爆発の直前、ほんの一瞬だけ、海面が異様に強く発光しているのが分かった。


 周囲に魚雷やミサイルの影は一切映っていないということは、攻撃が海中から行われた可能性もあるのか……?


「……いや、違うな」


 遠藤幕僚長の中には、確信に近い感覚が芽生えていた。

 その感覚を裏付けるために、彼は海上自衛隊の海将へと連絡を入れる。


「おい、至急海上自衛隊の海将に繋げてくれ」


 そう言えば、数秒も経たずに回線が開かれ、海将の声が受話器から響いた。


『……こちら海上自衛隊の海将です。どうされましたか?』

「先ほどの爆発、そちらでも確認しているな?」

『はい。我々も情報を収集中です』

「少し確認しておきたい事がある。爆発の直前、ソナーに何か異常はあったか?小さなノイズ、微かな影でもいい」


 そう問えば、通話の向こうで誰かが慌ただしく指示を出している声が、微かに聞こえてくる。

 それから数分後、背後の雑音が収まったのと同時に、海将が通話に戻ってきた。


『確認したところ、それらしい影はありませんでした』

「そうか……」


 この言葉を聞いた遠藤幕僚長は、根拠のない確信が、根拠のある確信に変わった。


 今回の爆発は、海底からは行われていない。海底を進むならば、少なからずとも小さな音は発する。

 それが一切ないということは、攻撃源が水中に存在しないという何よりの証拠だ。


 海中で無ければ、空に異変があるのだろう。


 遠藤幕僚長は通話を切ると、すぐさま航空自衛隊に通話を繋ぐよう言った。


「航空自衛隊、第301飛行隊と回線を繋いでくれ」


 受話器を片手に数秒後、無線から落ち着いた男性の声が返ってきた。


『……こちら第301飛行隊、カザマ三等空佐です。現在飛行中ゆえ、短めにお願いします』


 雲の上の人間である統合作戦幕僚長からの通話にも動じることなく、カザマ三等空佐は淡々と答える。

 その落ち着いた声音が、状況の異常なまでの冷静さを逆に浮き彫りにしていた。


「そちらの飛行隊で、先ほどの爆発を確認できたか?」

『はい。視認できた隊員もいますが、詳細は現在も確認中です』

「では、爆発の直前に空中で異常はなかったか?光の揺らぎや、未知の飛行物体の影など、どんな小さなことでもいい」


 数秒の沈黙の後、カザマ三等空佐の冷静な声が再び響く。


『……爆発の直前、雲が一瞬光ったのを確認しています。ですが、一瞬の事だったので、太陽光だったのかもしれません』

「構わん。詳しく報告せよ」

『は!光ったのは爆発と同時でした。座標は爆発地点の上空付近だと思われます』

「……なるほど、……他に飛行物体や怪しいものなどは見ていないな?」

『はい、見ておりません』

「そうか……。カザマ三等空佐、ごくろうだった」


 遠藤幕僚長は通話を切ると、すぐさまオペレーターに命令を飛ばす。


「おい!今すぐ未知の人口衛星が存在しているかを確認しろ!我々の想像を遥かに超える超兵器の可能性があるぞ!」


 その言葉に、オペレーターたちはすぐさま確認に急ぐ。


 しかし、正体が分かるよりも先に、事態は動いた。


 空に何かが閃く。


 落雷のようにも流星のようにも見える青白い光は、一直線に地表へと降下した。

 次の瞬間、凄まじい光と熱、そして衝撃波が周囲を襲う。


 爆心地を中心として3メートル以内の全ては即座に蒸発し、数十メートル圏内にあった木々は衝撃波によってなぎ倒され、数百メートル圏内にある天幕や車両は吹き飛ばされる。


 空気が幾層にも重なり合い、音速の壁となって周囲を薙ぎ払っていく。

 統合作戦司令部の天幕もまた、強い空気の壁に煽られて激しく音を奏でる。


「何事だ!」


 衝撃波の轟音と猛烈な風、さらには肌をチリつかせる熱波に遠藤幕僚長は慌てて天幕から出た。


 すると、そこには現実世界ではありえないような光景が目に飛び込んでくる。


 それは、流星群だった。


 強烈な光を放つプラズマが幾百、幾千にも分裂し地上へと降り注ぐ。

 あまりにも幻想的で、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのようだった。


 しかし、少し視線を下げれば、幻想的な光景とは一変し、『ラグナロクの炎』のように、『地獄の溶岩のように』、地上を焼き尽くしている。


 それは、神の涙でありながらも、地獄の業火でもあった。

 これほどまでに、相反しながらも美しく恐ろしいものを、遠藤幕僚長はこれまでの人生で見た事が無い。


 ただ見惚れて動けない時間が何分続いただろうか?

 何分見ていたのかは分からないが、正気に戻ったのは光の流星群が止んだ後だった。


「……」


 呆けた頭でゆっくりと周囲を見渡すと、他の幕僚たちもまた、茫然と立ち尽くしていた。

 オペレーターたちに至っては、端末の前で動かぬまま、ただ口を半開きにして天幕の向こうを眺めている。


 誰もが現実という感覚を一時的に失っていた。

 あまりにも美しく、そしてあまりにも恐ろしく、あまりにもファンタジーすぎた。


 だが、やがて空気の流れが戻り始める。

 天幕を揺らす風が現実を引き戻し、わずかに息を呑む音が散らばった。


「……っは!各自確認を!」


 鋭く飛んだ遠藤幕僚長の声が、皆の意識を強制的に現実へと引き戻す。


 オペレーターたちは一斉に端末に向かい、無意識の内に震える手で確認作業を開始した。

 しかしそれでも、先ほどまでの幻のような光景が頭から離れないのか、動きは見るからに鈍い。

 だが、その中でも確実に操作を進めていくのは、長年の訓練の賜物だった。


「……な!」


 数分後1人のオペレーターの手が、不意に止まった。

 画面を見つめたまま固まり、その指先がわずかに震え始める。

 その顔からは血の気が引き、荒い呼吸音が遠藤幕僚長の位置からでもはっきりと分かった。


「……大丈夫か?手が止まっているぞ?」


 遠藤幕僚長が背後から声をかけると、オペレーターは驚いたように振り返った。

 その瞳は極限の恐怖に見開かれ、瞳孔が収縮している。


「だ、大丈夫か?」


 その問いかけに対して、オペレーターはかぶりを振る。

 そして震える声で、言葉を絞りだした。


「遠藤幕僚長……っ!こ、これは……これは本当に、異常です……っ!」


 混乱し、何を言っているのか分からないオペレーターを落ち着かせようと言葉を遮ろうとする。

 しかし、そんな遠藤幕僚長を振り払ってオペレーターは叫んだ。


「さ、先ほどの……光の計測データが……出ました。で、ですが、あ、あれは……だ、駄目です……っ!!」


 言っている内容は、ほとんど伝わってこない。

 だが、その様子が『異常そのもの』であることは、見て取れる。


 周囲の者たちも彼に気づき始め、じりじりと周囲に集まりだした。


「……落ち着け。何があった?」


 幕僚長の低く抑えた声が届いた瞬間、オペレーターは顔を蒼白にしながら、最後の力を振り絞って言い残す。


「……あ、あの光は……一発一発が……戦術ミサイルと同等の、威力です……っ!」


 言い終えるや否や、オペレーターの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちながら気絶した。


「「「……」」」


 誰もが凍りつく。


 最後に言い残した言葉が衝撃的すぎて、脳がフリーズする。

 それほどまでに、彼の言った言葉の意味は重すぎた。


 遠藤幕僚長は、彼が倒れる原因となった計器を覗き見る。

 そこには、こう映し出されていた。


『波長10.6マイクロメートル。総出力30テラジュール』


 と。


 遠藤幕僚長は、ジュールと言う単位に聞き馴染みが無く、いったいどれほどのエネルギーなのかは分からない。

 だが、オペレーターが倒れたほどの威力だと言うことは推察できた。


「……すまないが、誰か30テラジュールと言うのがどれ程なのか分かる人物はいるか?」


 自分が無知である事を認めたうえで、遠藤幕僚長はここに居る全員に声をかける。

 そうすれば、1人の女性自衛官が、恐る恐る手を上げて答えた。


「は、はい。なんとなくわかると思います。概算ですが、TNT換算に直すと、7.5キロトンほどの威力かと……」

「「「な!」」」


 聞き馴染みのある単位になった瞬間、その場にいた全員が言葉を飲みこんだ。


 7.5キロトン。それは、広島原爆『リトルボーイ』の丁度半分の威力。

 そんな物が、空……いや、宇宙から何百発と降り注いできたのだ。あのオペレーターが倒れたのも納得がいく。


「……これは国際条約違反だ!」


 1人の幕僚が震える声で叫んだ。

 だが、その言葉に反応する者はこの場には居ない。


 確かに、宇宙条約により、宇宙空間における兵器の開発・使用は明確に禁じられている。しかし……。


「……彼らは、条約などにサインしておらん。彼らにとってみれば関係の無い話だ」


 そう、それはあくまで『国際条約』に過ぎない。

 

「それよりかは、対策を急ぐべきだ」


 その言葉に、幕僚たちはようやく思考を切り替え始めた。


「……発射元の特定は可能か?」


 遠藤の問いに、衛星班のオペレーターは悔し気に歯を食いしばりながら答える。


「……困難です。光が降り注いだ角度で発射されたポイントは特定できています。しかし、衛星である以上、常に動いているが為に完全な特定は難しいでしょう。……今現在は、どこかの衛星軌道上に存在しているとしか言えませんね」

「……そうか」


 遠藤幕僚長は、悔しさを噛み殺すように唇を噛みしめる。

 特定ができたとしても、どうにもならない。


「……迎撃の可能性は?」


 愚問だとは、自分でも自覚している。

 だが、それでも訊かずにはいられない。


 そして、返ってきた答えは、やはり非情で現実的なモノだった。


「……現在の技術では、宇宙空間からの高出力レーザーを迎撃するのは、事実上ありません」

「……そうか」


 遠藤幕僚長は、静かに拳を握りしめる。


 冷静さを保たなければならないと分かっていても、今の状況はあまりにも絶望的だった。


 今現在の唯一の慰めとしては、アルカディアの警告に従ったことだけだ。だからこそ、あの爆発で犠牲者は出ていない。

 だが、それもアルカディアの善意である所が大きいのだろう。その気になれば、部隊が密集している地域にあのいかずちを落とせるであろうから。


「……」


 遠藤幕僚長の頭の中には、『降伏』という二文字が浮かぶ。

 だが、その言葉は、軍人として口にすることすら忌むべきものでもあった。


「……」


 だが、それでも…………彼の理性ははっきりと訴えていた。この戦争に勝ち目はない、と。


 あまりにも文明のレベルが違いすぎるのだ。


 もしも中世の騎士と、現代の銃火器で武装した兵士が戦ったならば、その結末は火を見るよりも明らかだろう。

 それと同じように、我ら自衛隊と、アルカディアとでは、文明レベルに『桁違い』の差がある。


 100年どころか、200年以上先の技術を有している相手に敵うはずもない。

 そもそも戦うこと自体が間違いだ。


 勝てないのであれば、最小限の損害で敗北を選ぶのが最善の判断。

 それが今取れる最善策だと、理性が訴えかける。


「……遠藤幕僚長」


 必死に考える脳に、鼓膜を通して幕僚たちの不安げな声が聞こえてきた。

 幕僚になれる人物だから、当然として頭はいい。故に分かってしまうのだ。勝てないことを。


 決断しなければならない。それが総司令官としての立場であり、幕僚長としての責務だ。


 4万人の命の責任に頭も心も押し潰されそうになっている中で、遠藤幕僚長は静かに告げる。


「……撤退をしよう。我々に勝ち目はない」


 その言葉に、誰一人として口を挟むものはいなかった。


「……異論はないな?」


 静かな天幕の中で、その声だけが反響する。

 ここにいる全員の意思を確認したところで、遠藤幕僚長は指示を出した。


「……では、総撤退を指示せよ」


 静かながらも揺るぎないその命令に従い、幕僚たちは即座に行動を開始する。

 通信が飛び交い、各部隊への撤退命令が順次発せられていく。


 遠藤幕僚長は、その動きから離れるように、ゆっくりと天幕の外へと出た。

 そこには、つい数分前まで幻想のように輝いていた空の名残と、赤く焼け爛れた大地だけが広がっていた。


 そして、爆心地から数キロメートル離れているというのに、熱波が肌を焼き、肺を焦がす。

 それでも彼は、その場から動かずに空を見上げた。


 これから自分がどうなるのかは、分からない。

 独断による撤退。戦果はゼロ。

 軍人としては、不名誉の極みだろう。


 だが、迷いは……ない。

 悔いも……ない。


「……」


 あの日。ダンジョンが現れてから、世界は狂ったように変化を続けてきた。

 秩序は壊れ、常識は塗り替えられ、人々の価値観さえも揺さぶられている。


 そして、その波は、もう止まる事は無いだろう。誰にも止められないだろう。

 きっと、世界は……もう元には戻らない。


「……」


 しかし、世界がどう変わろうと、守るべき国民、守るべき戦友、守るべき家族が居る。

 その命を守ると決めてから40年以上、私は立派にやってきたと自信を持って言える。

 

「……いや、まだまだこれからも守っていかなければ」


 まだ、死んでいない。まだ、私は死んでいない。

 まだ、先がある。まだ、守れる。


 どんなに苦しい道が未来に待っていたとしても、私は『日本国民』を『戦友』を『家族』を守る事を……。


「ここに誓おう」




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