α.Kirsch(by.チェリーの誘惑)
クリスマスに欲しいものは? と彼に尋ねられた。
何もない、と答えると、君はいつも欲がないねと微笑んで。
だって。
何も言わなくてもふさわしいものを、必要なものを、貴方は与え過ぎるほどに、与えてくれるから。
これ以上を求めると、バチが当たりそうなんだもの――
「え? それじゃあ姫、おじさまとクリスマスに会ってないの!?」
紗香ちゃんは、仰天! を顔中で表現した。
わたしは頷いて、「皇人さん、パーティー掛け持ちとか、忙しい時期なの。だから、遠慮したの」そう一応フォローする。
だって今にも彼に苦情を言うために携帯を取り出しそうだったんだもの、紗香ちゃんたら。
わたしたちのやり取りを聞いていた雫さんは、自分のことじゃないのに気落ちした風に慰めてくれる。
「そっか、社長さんだものね。心情はどうであれ、仕事を優先しなきゃいけない立場だし、仕方ないか。せっかく初めてのクリスマスだったのに、残念だったね美桜ちゃん」
「姫が会いたいって言えば、仕事なんて放り投げてきそうなんだけどー」
まだ不服げな紗香ちゃんに、曖昧に笑った。
それをして欲しくないから、言わないんだもの。
わたしの、十八歳違いの恋人である皇人さんは、ヒヨウグループを率いる一族の直系で、ホテル事業部を束ねているとてもすごい人なのだ。
いつもどうやってか一緒にいる時間を作ってくれているけれど、まだ大学生のわたしはそんな彼に甘えるだけで何も出来ないから、せめてお仕事の邪魔だけはしたくないと思っている。
「ダメだよ、姫〜。ああいう人は甘えれば甘えるだけ嬉しい人種なんだから、遠慮しないでワガママ言っちゃえばいいのー」
「そうだね、あれだけ有能なら多少のワガママなんて叶えるのも楽勝だろうし。美桜ちゃんの気持ちもわかるけど、遠慮し過ぎも寂しいと思うよ?」
引っ込み思案で育ち、ハタチも越えているのに他人と接することが苦手なわたしに、友人二人がイロイロ助言してくれる。
お付き合いの先輩でもある二人がそんな風に言うってことは、
そうなのかな。
クリスマス、どうして欲しい? なんて彼が訊いたときに、なんにもって言ったら、苦笑したのはそういうこと?
一緒にいられない代わりにおねだりとか、すればよかったのかな。
でも欲しいものなんて本当にないし。
あるとすれば、二人でいられる時間――だけど、そんなことを言えばますます無理して時間を作ってくれようとするから、やっぱり遠慮の気持ちが先に立ってしまう。
直そうと思っているのになかなか修正の効かない、わたしの自己否定。
自分が、彼にふさわしいかどうか、いつも自問自答。
与えられるばかりじゃなくて、与えたいのに―――
「明日明後日と休みをとったよ。どこか行きたいところはあるかい、美桜子」
課題を片付けているうちにいつの間にか眠ってしまっていたわたしは、帰ってきた皇人さんに抱きあげられて目が覚めた。
啄むように落ちてくるくちづけにボンヤリしつつも応えて。
自宅の意味がないくらい、週のほとんどを過ごしているホテルレイリオールのプライベートルームで、わたしは彼の帰りを待つ。
ここでは料理や家事の必要はなく、することといえば勉強しかないわたしは、最近彼の秘書である女性の助言に従って、語学の勉強を始めた。
海外にも支店があるホテル社長の彼に、いつかついていく機会もあるだろうし、覚えていて損はないよと教材を譲ってもらったのだ。
学校が終わったあとは、この部屋で食事をとり、贅沢にも大画面でテレビを見たり、音楽を聴いたり、こうして勉強をしたり――彼がこの部屋へ帰って来るまでそうして過ごす。
それが彼と出会ってからの、わたしの毎日。
束縛とは少し違う、甘く柔い砂糖衣にくるまれたような彼との日々は、自分をしっかり保っていないとわたし自身がダメになりそうな気がするの。
ダメになっても、ずっと美桜子を自分のお城に閉じ込めて、大事に愛してあげるよなんて、どこまで本気なんだかそんなことを彼は言うけれど。
「ん……、やす、み?」
キスの合間に訊ねた声は、自分でもわかるくらい熱を帯びていた。
頭が働かないのは眠っていたせいか、彼が与えてくれる愛撫のせいか。
ええと。
なんだったっけなにを話していたんだっけ。
ポヤポヤしているわたしを銀灰の瞳を細めて見つめ、腕の中に抱え直してくれる。
包まれる。
紗香ちゃんは『おじさま』、なんて呼んでいるけど、その言葉がイメージするような渋い年配の男性とは真逆の彼。
ハーフだということから来ているのか、異国の空気を感じる整った顔立ちは甘く刺激的で、自身の内面を反映している華やかな雰囲気で、目を引く。
体力勝負なところもある仕事内容に、身体も鍛えているからとても引き締まっているし。
わたしを見つめる、笑みをたたえた眼差しに捕らえられると、ドキドキして、いつもワケが解らなくなるの。
抱かれるとすぐに近くに感じる彼の匂いに、お酒に酔ったみたいに身体の力が抜けてしまう。
今もそう。
くんにゃり皇人さんに身を預けて、もう一度つぶやいた。
「休み、って……」
「ああ。年始になればまた美桜子が起きている時間には帰れそうにないし――皆を脅迫してもぎ取ってきたよ」
いたずらっ子のように告げられた言葉に目を瞬いた。
「だいたい、全てが全て私がいなければ決裁できないというものでもなし。そんな頼りない部下を育てた覚えはないからね。一日二日消えようが平気だ」
ええと、ええと、また何だか無茶なことを言っているような。
「…都胡さんは、皇人さんは、ワーカーホリックだって、」
言ってたのに。
全部自分で目を通さなきゃ気がすまないワンマンなのよー、なんて冗談混じりに。
上に立つものの責任、という以外に、皇人さんは仕事が好きで、誇りを持っているから、わたしもそれを大事にしたいの。
「君を見つけるまではね」
仕事くらいしか、満たしてくれるものがなかった。
そう言って、あちこちにキスを降らす。
ちょん、ちょん、と触れるだけの唇がくすぐったくてクスクス笑いながら身を捩った。
追いかけっこのようなじゃれあいをしばらく続けて、わたしのほうから抱きついた。
本当は。
そんなのダメです、仕事に行って下さいって言うべきなのかもしれないけれど。
昼間友人たちに言われた言葉が頭にあって、わたしは思い切って、甘えることにした。
「うれしい、です。じゃあ、二日間、皇人さんを独り占めしていいですか?」
彼の背中に腕を回して、キュッと抱きついた姿勢から見上げると、蕩けるような笑みが。
「じゃあ私は美桜子を独り占めだ」
嬉しそうに返してくれる。
その笑顔も声も、わたしにもわかるくらい、幸せにあふれていたから。
ささやかだけれど、わたしが彼に与えられるものが、あるのだと。
そう思えた。
数日遅れのサンタクロースは、彼の部下さんたちなのかしら。
貰ったのは、わたしと彼と二人きりの時間。
甘く酔って過ごした――。
END.
クリスマス過ぎての追加です。
ちなみに、お休みを二人がどう過ごしたかは、またいずれ。