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君がいなくなって、ようやく恋だと知った 〜幼馴染を失った彼の後悔〜  作者: 恋せよ恋


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第6話 男爵家の思惑

 王都の外縁に近い、古びたシシリー男爵家のタウンハウス。

 学園から帰宅した私は、玄関に入るなり、待ち構えていた父と母に囲まれた。



「ジャネット、今日もリッチモンド伯爵家のご嫡男に送っていただいたのか?」


 父の目は、飢えた獣のようにぎらついていた。かつては名門だった我が家も、今や借金に追われ、領地の経営すらままならない。私が領地経営課に通っているのは、家を立て直す術を学ぶため――建前はそうだが、両親の本音は別にある。



「ええ……。ユリウス様は、とてもお優しくて」


「素晴らしい! いいかジャネット。これは千載一遇の好機だ。あのリッチモンド家に嫁ぐことができれば、我が家の負債など一瞬で消える」


「でも、ユリウス様にはドルーマン家のビビアン様という方が……」


 私が気圧されて小さな声を出すと、母が私の肩を強く掴んだ。その指先が食い込んで痛い。



「あんな地味な娘、リッチモンド様には不釣り合いよ。あの方は正義感が強いのでしょう? ならば、あなたがもっと『可哀想な女の子』になればいいの。彼のような方は、自分が守ってあげなければと思える相手に弱いのよ」


「お前の美貌と、その儚げな雰囲気を使うんだ。いいか、あの方の心を掴んで離すな。お前の双肩に、シシリー家の存続がかかっているんだぞ!」



 ――お前の双肩に。



 重すぎる言葉を背負わされ、私は自室へ逃げ込むように戻った。



 机の上に置かれた、使い古しの教科書。

 本当は、正々堂々と学びたかった。女だてらにと蔑まれても、自分の力で領地を救いたかった。


 けれど現実は、インクをかけられ、嘲笑われ、味方など一人もいなかった。



 そんな暗闇の中に、彼は現れたのだ。



 ユリウス・リッチモンド。


 彼は眩しいほどの光だった。私のために怒り、私のために跪き、私を汚れた場所から救い出してくれた。



 最初こそ、彼を利用しろという両親の言葉に吐き気がした。けれど、毎日リッチモンド家の豪華な馬車のなかで、彼の優しい声を聞いているうちに、私の心は少しずつ、抗いようもなく彼に惹かれていった。



「ジャネット嬢。明日は演習で使う資材を、僕が用意しておこう」


 今日の帰り際、彼はそう言って私の手を取った。

 その温もりを思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。



 あの方の隣にいるのが、あの地味で、いつも完璧に澄ましているビビアン様ではなく、私だったら。


 私なら、あの方をあんなに「無愛想な沈黙」で迎えたりしない。もっと、あの方がどれほど素晴らしいヒーローかを語り、感謝を捧げ、心から甘えるのに。



(……ビビアン様は、恵まれている。だから、ユリウス様のありがたみを分かっていないんだわ)



 あの方は、何一つ困っていないビビアン様よりも、自分を必要としてくれる私といる時の方が、ずっと誇らしげで、生き生きとした顔をしている。


 私なら、あの方を「完璧な貴公子」ではなく、「私だけの騎士様」にしてあげられる。



 両親の欲深い言葉を、いつの間にか私は自分への言い訳にすり替えていた。

 

 私は家のために、あの方を誘惑するのではない。

 あの方のようなお優しい方に相応しいのは、強すぎるビビアン様ではなく、あの方を心から必要としている「私」なのだ、と。



「……ユリウス様」


 私は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。



 泣き腫らして赤くなった目、震える唇。ユリウス様が「守りたい」と言ってくれた、このか弱さを武器にする。


 最初は抵抗があったはずのその行為に、今や罪悪感はなかった。



 翌朝。

 迎えに来たリッチモンド家の馬車の扉が開く。


 そこには、私を待ってくれている世界で一番美しい王子様がいた。



「おはよう、ジャネット嬢。今日は顔色が悪いね、あまり眠れなかったのかい?」


「……ユリウス様。……少し、怖い夢を見てしまって」


 私はわざと、視線を伏せて声を震わせた。



 案の定、ユリウス様は焦ったように私の手を握り、馬車の中へとエスコートしてくれる。


「大丈夫だよ、僕がついている。……ああ、そうだ。今日はビビアンに、放課後は先に帰るよう伝えてあるんだ。ジャネット嬢、君の領地の資料を一緒に見ようと思ってね」


 ユリウス様の口から出たビビアン様の名前。

 けれど、彼が優先したのは私との時間だった。


 

 私は彼の正面に向かい合って座りながら、心の中で暗い愉悦を感じていた。

 ビビアン様、ごめんなさい。でも、ユリウス様を「必要」としているのは、私の方なのです。

 


 あなたは一人でも大丈夫でしょう?

 でも、私はあの方がいなければ、生きていけないのですから。



 ユリウス様の優しさに包まれながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。

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