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君がいなくなって、ようやく恋だと知った 〜幼馴染を失った彼の後悔〜  作者: 恋せよ恋


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第4話 空席の隣

 その日、放課後の校門前にドルーマン家の馬車を停めて待っていた私は、遠くからこちらへ向かってくるユリウスの姿を見つけて、わずかに胸を衝かれた。



 彼は一人ではなかった。

 隣には、シシリー男爵令嬢、ジャネット。


 彼女は心細げにユリウスの袖を掴み、何かを訴えかけるように見上げている。ユリウスはそれに対して、これ以上ないほど過保護な、騎士のような眼差しで頷いていた。



 馬車の前に辿り着くと、ユリウスは少しだけ申し訳なさそうな、けれどどこか「正義を成している」という自負に満ちた顔で私を見た。


「……待たせてごめん、ビビ」


「いいえ。それで、彼女は……?」


 私が問いかけると、ユリウスは保護欲を隠そうともせずにジャネットの肩を抱き寄せた。


「ジャネット嬢だよ。実は、彼女の通学路に心ない嫌がらせをする者たちがいてね。男爵家の馬車を待ち伏せして、石を投げたり暴言を吐いたりしているらしいんだ」


 ジャネットが怯えたように肩を震わせる。



 確かに、名門貴族の子弟が集うこの学園で、没落寸前の男爵家が領地経営を学ぶことは、一部の過激な保守派の反感を買っている。けれど、それは学園の警備に相談すべき問題であって、一人の生徒が個人的に解決できる範疇を超えている。



「だからビビ、相談があるんだ。これからの通学、リッチモンド家の馬車を使って、僕が彼女を送り迎えしようと思うんだ」



 心臓が冷たく跳ねた。


 それはつまり、これまでの「私たちの時間」を終わらせるという宣告に等しい。



「……シシリー男爵家は、私たちのタウンハウスとは逆方向でしょう? 毎日となると、ユリウスの負担も大きいわ」


「大丈夫だよ、早起きには慣れているから。……それに、彼女は今、本当に追い詰められているんだ。放っておけば、いつか取り返しのつかないことになるかもしれない」


 ユリウスの瞳には、一切の迷いがない。


 彼はビビアンが嫌いになったわけではないのだ。むしろ、彼女を「最も信頼できるパートナー」だと信じ込んでいるからこそ、当然のように自分の独善的な正義感に同意してくれると思っていた。



「ビビは賢くて、情に厚い人だ。困っている人を見捨てられない僕の性格を、一番よく理解してくれているよね?」



 ――君なら分かってくれるよね。

 


 その言葉は、私にとって呪いのようなものだった。


 彼が望む「理解ある女性」という枠組みに、私は自分から入り込んで生きてきた。彼を愛しているから。彼の隣が、心地よかったから。


 けれど今、彼はその「信頼」を盾にして、私を隣席から追い出そうとしている。



「ジャネット嬢は本当に大変なんだ。身分も低く、味方もいない中で必死に頑張っている。……君のように恵まれていて、強く自立した女性には、想像もつかないほどの苦労をしているんだよ」



 その言葉に、私は危うく乾いた笑いを漏らしそうになった。


 私が「強く自立した女性」に見えるのは、彼に心配をかけないよう、必死で背筋を伸ばしてきた努力の賜物だということに、彼は一生気づかないのだろう。



 守られる必要のない、手のかからない幼馴染。

 その評価が、今や私の優先順位を最下位まで突き落としていた。



「……わかったわ、ユリウス。あなたの言う通りね。ジャネット様の身に何かあってからでは遅いわ。……リッチモンド家の馬車を使いなさい。私は、家の馬車で一人で通うから」


 私は、最大限に穏やかな微笑みを作った。



 ユリウスの顔が、ぱあっと明るくなる。


「ありがとう、ビビ! そう言ってくれると思ったよ。やっぱり君は僕の最高の理解者だ」


 彼は本当に嬉しそうに私の手を取り、一度だけ力強く握った。



 ジャネットもまた、瞳を潤ませて私に深く頭を下げる。


「ありがとうございます、ドルーマン伯爵令嬢様……! ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」


「いいえ。ユリウスがそうしたいと言うなら、それが一番ですもの」



 馬車が動き出す。


 私は一人、ドルーマン家の馬車の、広すぎる座席に身を預けた。

 隣には、誰の体温もない。



 窓の外を見ると、ユリウスがジャネットを優しくエスコートしながら、リッチモンド家の馬車へと導いていく後ろ姿が見えた。



 これまで、誰にも邪魔されない、密やかで満ち足りた時間だった通学路。

 言葉を尽くさずとも、ただ隣にいるだけで心が通い合っていた、あの心地よい空気。


 それは今日、正式に失われた。

 


 ユリウスは何も分かっていない。

 私がどれほどの痛みを持って「微笑んで承諾した」のかも。


 そして、一度空いた「隣の席」に、二度と私が座らなくなる未来が来ることさえも。



 揺れる馬車の中で、私はただ、静かに自分の指先を見つめていた。

 彼への愛着が、少しずつ、けれど確実に砂のように指の間から零れ落ちていく音を聞きながら。

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