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君がいなくなって、ようやく恋だと知った 〜幼馴染を失った彼の後悔〜  作者: 恋せよ恋


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第10話 大好きな貴方と最後のお茶会

 学園の一年次が終わり、春休みが始まった。


 庭園の桜が蕾を膨らませ、新しい季節の予感に満ちている。そんな穏やかな午後に、ユリウスが久しぶりに我が家を訪ねてきた。



 数ヶ月ぶりに、ジャネット様の影がない、二人きりのお茶会。


 かつての私なら、この時間をどれほど待ち焦がれただろう。けれど今の私は、ただ淡々と、これが「最後」になるであろう時間を慈しむような、奇妙な落ち着きの中にいた。



「やっぱりビビといると落ち着くよ。なんだか、実家に帰ってきたような安心感があるな」


 ユリウスは、運ばれてきたダージリンの香りを楽しみながら、背もたれに深く身を預けた。



 その顔には、ここ数ヶ月、ジャネット嬢を助けるために奔走していた疲れが滲んでいる。けれどその表情は、どこか戦いを終えた戦士のような、満足げな色を帯びていた。



「そう。それは良かったわね、ユリウス」


「ああ。ジャネット嬢の領地の問題も、ようやく目処が立ってきたんだ。彼女、本当に感謝してくれてね。僕がいたから、絶望せずに済んだって泣いて喜んでくれたよ。……ビビが、僕の活動を応援して待っていてくれたおかげだ」



 ユリウスは当たり前のように、私の沈黙を「応援」と受け取っていた。


 私がどんな思いで、一人で馬車に乗り、一人で食事をし、一人で学園内の冷笑に耐えていたのか。彼はそれを想像することすら放棄している。


 彼にとって、私は「いつ帰ってもそこにあり、自分を無条件に受け入れてくれる港」なのだ。



「……ユリウス。あなたは、これからも彼女を助け続けるつもりなの?」


「もちろん。彼女にはまだ僕が必要だ。……あ、でも安心して。二年生になったら、もう少し君との時間も作るようにするから。ビビには寂しい思いをさせたかもしれないけれど、君なら僕の正義感を誇りに思ってくれるって信じていたんだ」


 彼は、私の手をそっと握った。


 かつては胸を高鳴らせたその温もりが、今はひどく遠い国の出来事のように感じられた。


 その温かさは、私を愛しているからではなく、自分の行動が正しいと肯定してもらうための、「報酬」を求めているだけのように見えたから。



「ユリウス。私は、あなたのそんな真っ直ぐなところが……とても、あなたらしいと思っていたわ」


 私は「過去形」で答えた。


 けれど、鈍感な彼はその微かな違和感に気づかない。



「だろう? やっぱり僕を理解してくれるのはビビだけだ」


 彼は満足げに笑い、それから上機嫌に、新学期の予定を話し始めた。



 二年生になったらどの講義を取るか、夏休みにはどこの避暑地へ行くか。そこには当然のように、私の存在が組み込まれている。


 けれど、その計画を聞きながら、私は心の中で彼に、最後のお別れを告げていた。



(ごめんなさい、ユリウス。あなたのその計画の中に、私はもういないの)



 私のカバンの中には、すでに受理されたローゼンタール王国への留学許可証が入っている。


 両親にはすでに話し、最初は驚かれたものの、私の固い決意と、この数ヶ月のユリウスの振る舞いを知る母の後押しもあり、承諾を得ていた。



 ただ一人、この目の前の幼馴染だけが、何も知らない。



「……ねえ、ユリウス。もし、私があなたの隣からいなくなったら、あなたはどうする?」


 冗談めかして、私は問いかけた。



 ユリウスは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに声を立てて笑った。


「何だい、その仮定は。ビビがいなくなるなんて、太陽が西から昇るのを心配するようなものだよ。僕たちは、ずっとこうして一緒にいる。それが当たり前じゃないか」



 ――当たり前。


 その言葉が、私たちの間に横たわる深い溝を象徴していた。

 


 彼は努力を怠ったのだ。


 関係を維持するための気遣いを、相手を尊重するための対話を。「幼馴染」という言葉の魔法に胡坐をかき、私の心を繋ぎ止める努力を、彼は「正義」という別の娯楽のために使い果たした。



「そうね。……そうかもしれないわね」


 私は、彼に向けて最後の手向けとなる、穏やかな微笑みを贈った。



 もう、彼を責める気持ちも湧かなかった。ただ、十数年という月日が、こうして呆気なく幕を閉じることへの、一抹の寂寥感があるだけだった。



「春休みが終わるまで、ゆっくり休んでね、ユリウス」


「ああ、ありがとう。次に会う時は、二年生の始業式だね。正門の前で待っているよ」



 ユリウスは、再会を疑うことなく屋敷を後にした。

 夕日に染まる彼の後ろ姿を、私は窓からじっと見つめていた。


 

 彼が私の不在に気づく時。

 「当たり前」だと思っていた光景が、二度と戻らないのだと知る時。



 彼は、どんな顔をするのだろう。

 

 けれど、それを見ることはもう叶わない。

 


 私は、机の上の留学準備リストに目を落とした。

 新学期が始まる頃、私はもう、海を越えた見知らぬ国にいる。


 そこには、私を「便利な幼馴染」として扱う人はいない。私を「地味な引き立て役」として見る人もいない。

 


 私は、私として生きるために。

 最後のお茶会の余韻を、冷めた紅茶と共に飲み干した。

 


 さようなら、私の初恋。

 さようなら、愛していたユリウス。

 


 次にあなたが私の名前を呼ぶ時、その声が私に届くことは、もう二度とないのだから。

______________________________


『誤字脱字』をご報告くださった皆さま。


この度は丁寧に校正していただき、誠にありがとうございました。

一箇所のみシステム上「エラー」となり手動修正となりましたが、

ご指摘いただいた内容は全て反映しております。

心より感謝申し上げます。

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