エピソード1 「引きこもりは木の天井で目を覚ます」
木の天井だった。
いや、もっと正確に言うなら――木を雑に削って並べたような、ところどころ節の浮いた天井。しかも隙間から光が漏れている。日本の住宅じゃまず見ない。
「……は?」
坂田水蜜は、そう呟いた。
違う。違う違う違う。
僕は――雨宮司だったはずだ。
16歳。引きこもり。学校にも行ってない。部屋で小説を読んでいて、強盗に殺されて、それで――。「……え?」
頭がぐらりと揺れた。
知らない記憶が流れ込んでくる。
森。畑。川。木剣。妙に酸っぱいスープ。近所の犬に追いかけられて泣いた記憶。十歳の誕生日。母親の笑顔。父親の大きな手。
なのにその全部に、現実感がある。
「水蜜? 起きた?」
部屋の外から声がした。
ガチャ、と木の扉が開く。
入ってきたのは、淡い茶髪を後ろで束ねた女の人だった。二十代後半くらい。エプロン姿で、片手には湯気の立つ鍋。知らない人。なのに。
「母……さん?」
自然と口から出た。
その瞬間、女の人はふわっと笑った。
「おはよう、水蜜。寝ぼけてるの?」
胸が痛くなった。
あぁ、この人は“坂田水蜜”の母親なんだ、と理解してしまったからだ。
僕は――僕だったはずなのに。
なんで他人の人生を理解してるんだ。
「熱でもある?」
「い、いや……大丈夫」
声が幼い。
というか、身体が軽い。
慌てて自分の手を見る。小さい。指も短い。筋肉もない。完全に子供の手だった。
心臓が嫌な音を立てる。
夢じゃない。
というか、夢にしては感触がリアルすぎる。
鼻には木の匂い。スープの香り。シーツのざらつき。全部が現実だった。
「……」
「どうしたの? ぼーっとして」
「……今日って、何日?」
「変なこと聞くわねぇ。春月の十二日でしょ?」
終わった。日本じゃない。いや、もっと言えば、僕の知ってる世界じゃない。
春月ってなんだよ。
ラノベか?いやラノベだわこれ。
しかも最悪なことに、僕はこの手の作品を腐るほど読んできた。
つまり分かってしまう。
これ。異世界転生ってやつだ。
「……マジかよ」
「まじかよ?」
「いやなんでもない」
思わず頭を抱えた。
確かに死んだ。
カッターで刺された感覚も覚えてる。
でもだからって、なんで異世界転生なんだよ。
もっとこう……普通に死後の世界とかないの?
天国とか地獄とか。
なんで木の家スタートなんだ。しかも十歳。やり直し人生すぎる。
「そうだ、水蜜。今日は村長様のところ行くの忘れないでね」
「……村長?」
「ほら、“適性見”の日でしょ?」
適性見。聞き覚えのない単語だった。だが、また記憶が浮かぶ。
十歳になると受ける儀式。
神様から与えられた“役割”を見る儀式。
農民、鍛冶師、狩人――そして、ごく稀に。
魔法師。
「うわ、ベタだ……」
「だからさっきから何ぶつぶつ言ってるの?」
「いや、なんでも……」
僕はベッドから降りた。
床板が軋む。
窓から差し込む朝日がやけに眩しい。
その時だった。
――ドクン。
胸の奥が脈打った。
「……っ?」
一瞬だけ、視界に黒い文字が浮かぶ。
【観測者権限 起動条件を確認】
【未解放】
「……は?」
「水蜜?」
消えた。今の、なんだ?
ゲームのシステムメッセージみたいな……。
いや待て。
“観測者権限”?
そんな単語、この世界の記憶には存在しない。
つまりこれは――。僕だけが持ってる、何か?
「……」
背筋にぞわりと鳥肌が走る。
異世界転生。
適性。
謎の権限。
どう考えても、嫌な予感しかしない。
でも。それでも。前の人生みたいに、部屋の隅で終わるのだけは嫌だった。
学校から逃げて。人から逃げて。告白すらできなくて。最後は強盗に刺されて死んだ。
あんな終わり方、もう二度とごめんだ。
だから僕は、小さく拳を握った。
「……今度は、ちゃんと生きる」
「え?」
「ううん。行ってくる、母さん」
その言葉に、母さんは少し驚いた顔をしたあと――嬉しそうに笑った。
「いってらっしゃい、水蜜」
その笑顔が、少しだけ眩しかった。
やぁやぁ!元気かい?僕は元気だよ!エピソード1ですねぇ。さて、一体何話まで続くのか!楽しみ楽しみ♪




