095 須藤の激励
前話94が抜けていたので追加しました(R8.9.23)
須藤の部屋に到着する。
ここまでの道のりの記憶は曖昧だった。
思考すら止まって呆然としている様子は、その力の抜けた表情を見るに明らかだ。
バスやタクシーは使わずに、とにかく足を前に出して、結構な時間を移動に費やした。
いつもなら無駄と嫌うような時間の過ごし方だったが、この時ばかりは体が自然とそうさせた。
エントランスを抜けて、エレベーターへと乗り込む。
時間をかけて心を通わせた女性と会うというのに、顔には疲労が色濃く、見るからに余裕が無い。
それでも部屋の主は、いつもと変わらない様子で相馬を招き入れた。
目の前に出されたコーヒーを飲み、ほんの少しだけ気分が落ち着いた。
喉は張り付くほどに乾いていたというのに、昨夜からまだ何も口にしていなかった。
須藤はほとんど声をかけずに、静かに何かを待っている。
ただただ相馬の隣に座り、共に過ごす。
特に触れるでも、何をするでもなかったが、それだけでも相馬は少しずつ落ち着きを取り戻す。
気付くとカップの中身は空になっていて、中の液体と同等の高温を保っていたはずの陶器は冷たくなっている。
無音の部屋は時間が止まっているようだったが、窓から入る陽の光が徐々に弱くなっていく様子に、時間は正しく進んでいることが分かる。
「食満と、多田が・・・死んだ」
「うん・・・」
「俺達は、負けた」
「うん」
短い会話だった。
須藤は「なぜ」「どうして」と聞かない。
ドアを開いた瞬間から伝わった重い雰囲気に、悪い予感がしたということもある。
予感がして、覚悟を決めた。
話の内容がどうであれ、自分ができることは仲間を支えることである。やるべき事は変わらない。
それでも、言葉にされるとやはり涙が溢れそうだった。
共に戦ったわけではないが、相馬を通して皆の無念が伝わるようだった。
志を共にする仲間の死が悲しい。
相馬にばれないよう目の周りに力を込めて、奥歯を力いっぱい噛み締め、涙がこぼれないよう努めた。
「俺はこれからどうすれば・・・」
「優しく甘えさせるのと、厳しく激励されるのどっちがいい?」
「え?どういう」
「いいから、どっち?」
「じゃあ厳しい方で?」
相馬にはその二択の意図が分からなかった。
そして、こんな時でも素直に甘えられない自分には嫌気がさすが、もう半ば反射的に答えてしまっていた。本当は考える時間が欲しかったが、須藤の目にはすでに決意が宿っている。
「翔太、前だけ向いて、負けないで」
「え・・・?」
「ごめんね、ひどいこと言う。でも翔太だけが頼りなの、まだ終わってない。みんなを守ってあげて」
「厳しいってそういうことか、それはもちろん分かってー」
「分かってないよ。今少しだけだろうけど、ガッカリしたでしょ?そんな分かりきった事をって、できないと思われてるのかなって。厳しいっていうのは、そういうことじゃない」
「ぐ、いや、まぁ」
「ふへ、分かるよそれくらい。これはね、私からの『お願い』なの。予想を裏切るような大層な事を言えないのは悔しいけど、これしか言えない。翔太が頑張ってくれているのは知ってるし、できないなんて思っていない。でもあえて言葉にさせて。お願い、負けないで」
二人の目線は離れない。
言葉以上に、伝わるものがある。
それでも、須藤はさらに言葉を紡ぐ。
「本音を言うと、私は翔太に無事でいて欲しい。戦って欲しくない。心配で心配で死にそうになる。それでも言うよ、『お願い』って。翔太には皆の命がかかっている。もちろん翔太自身の命も。仲間の死は悼むべきだけれども、今は、下を向いちゃダメ。戦って、そして、絶対に死なないで」
「そりゃあ、重いお願いだな。そして確かに厳しい」
「でしょ?」
「うん、おかげで目が覚めた」
「よかったよ。でも暴走して一人で突っ走っちゃダメだよ?」
「分かってるよ」
相馬は苦笑する。
須藤には損な役割をさせてしまった。
本当は彼女だって仲間の死を悼みたいはずなのだ、一人になったら涙を流すのだろう。
死を悼む暇は無いなんて、分かっていても普通は口にできない。
それでも今ここで、相馬を立ちあがせなければ、悲劇が再び繰り返される事が分かっている。
今夜にでも、その瞬間は来るかも知れない。
全くと言っていいほどに、時間は無い。
失ったものは大きいけれど、まだ全てを失ったわけではないのだから。
「ちなみに、甘えたいって言ったらどうなったんだ?」
「うーん、そっちはあまり得意じゃないけど、とりあえずよしよしでもしたかなぁ」
「ノープランだったのかよ」
「うん、翔太が『甘えたい』って言う時は、きっともう心が折れているときだよ。それなら言葉はもう効果ないし、私はただ寄りそうだけ」
「それでも寄り添ってはくれるんだ。俺がポンコツになっても」
「そりゃあもちろん。私の覚悟ナメないでよね。それに、そうなったら今度は私の出番だよ。仇は討ってあげるね」
加藤に言われた言葉が蘇る。
『あなたも須藤さんがそうなったら、ね』と。
改めて想像してみるが、とても最後まで想像できたものではない。
(なるほど、これは絶対に引けない)
改めて自覚した。
自分よりも大切なものが、自分の後ろに控えている。
自分だけはどうなっても良いと覚悟していたが、いつの間にか自分よりも大切なものが、一蓮托生になっていたようだ。
「ありがとう玲奈。まだ頑張れそうだ」
「それは良かった。でも休む時は休んでね、凛ちゃんと透くんには私から話しておくから」
「それこそ甘えちゃっていいのかよ。結構辛い役割だと思うけど・・・」
「これくらいはさせてよ。それに、こういうのは翔太より私の方が適任じゃない?特に凛ちゃんは、かなり思い詰めていると思うよ」
「う、それは確かに」
この戦いには石上湊が関わっている。
石上湊は相馬を救っても、明け方を救わなかった。単純に間に合わなかっただけかも知れないが、その真意は分からない。
その真意は見えなくても、明け方は救われなかったという事実だけは残ってしまっている。
問題は、その事実を皆がどう受け止めるかだ。
「俺、石上に会ってみるわ」
「会ってくれるかなあ」
「こっちではたぶん無理だ。でもあっちなら会える、気がする」
「本当ぉ?でも、何のために?」
「あいつには聞きたいことが山ほどある。正体が掴めないから避けていたけど、あいつが鍵を握っている気がする。このままじゃ、永遠にハウザーには勝てない」
相馬、天城、食満、多田の四人で挑んだ。
あの棒使いが現れて、4対2にはなったが、4対1のままでハウザーを倒しきれたかと考えると、そうは思えなかった。
今までの中では、一番良い勝負にはなっただろう。
だが、それだけだ。
嫌な手応えがある。今の力のままでは一生勝てはしないという手応えだ。
何かが足りないが、その何かには見当もつかない。
自分達よりも、さらに天城達よりも、あの世界に精通する人物を、一人しか知らない。
相馬はその日、スマホからメッセージを送って眠りについた。
しばらく画面を見ていたが返事は無い。
それでも、確信がある。
(待ってるからな、石上)
そうして今夜も、夢の世界へと沈んで行く。




