094 失ったもの
相馬は目を開く。
見慣れた天井は、紛れもなく自室のそれであり、現実への回帰を自覚させた。
「くそ・・・くそっ!」
一人きりの自室に声が響く。
結果として、天城、食満、多田の三人を見つけることはできなかった。
生存が確認できなかったが、かといって死亡も確認できていない。
相馬はこうなった場合、手放しで良い方向に考えられるタイプではなかった。
そもそも、力無く倒れた多田の姿を見ている。
薄れ行く意識の中で、陸と名乗った男が食満に襲いかかる姿を見ている。
怒り、焦り、後悔。
グループチャットにメッセージを打ち込む。
電話ではなくメッセージをしたのは、無意識だった。
すぐに結論を知るのが、怖かったからなのかも知れない。
返事を祈るような気持ちで待ち、痛む体に鞭を打って身支度を整える。
多少は傷む体でも、もう問題なく動いた。
周囲の目も気にせずに、目的地へと走る。
息を切らしたまま、明け方のアジトへと駆け込む。
ノックもせずにドアを開くと、すでに小さなソファには加藤と天城が座っていた。
加藤は焦点が合っているのかも分からない瞳で、相馬に顔を向ける。
天城は動かない。
ぐったりと項垂れ、床に顔を向けている。
「光、無事だったか」
天城がゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、相馬の全身は凍り付く。
顔からは血の気が引き、目の下にクマはひどく、目は真っ赤に充血していた。たった一晩で頬は痩せこけ、髪には白髪が混じっている。
昨日までとはまるで別人。
顔を見た瞬間、本当に天城かと疑ったほどだ。
「無事なもんか」
「す、すまん。でも生きていてよかった」
「ああ、生きてしまったな・・・生き残ってしまった」
小声で何か喋り続けているが、あまりに声が小さく相馬の耳には届かない。
加藤はそんな天城の肩に優しく手を置く。
「光、そんな言い方はー」
「だってそうだろう!?僕はなんで生きている!優征も!まひるも死んでしまったと言うのに!!」
「なっ・・・」
天城の感情が弾けた。
怖くて確かめられなかった現実が、思わぬ形で相馬を襲った。
食満と、多田は戻ってこれなかった。
ハウザーに、陸という棒使いに敗れ、夢の世界に沈んでしまった。
「あの二人が・・・」
かける言葉が見つからない。
天城の心痛は察するに余る。
付き合いの短い相馬でさえ、頭を殴られたような衝撃と、ひどい後悔、そして責任感を感じているのだ。
再び天城は項垂れると、頭を両手で抱えて小さく唸りだした。
見るからに会話ができる状態ではない。
「ごめんね光、ちょっと待っててね」
戸惑う相馬を、加藤は「こっちに来て」と、廊下へと連れ出した。
「おい、天城は大丈夫なのか?いや、ごめん。聞くのも野暮だった」
「気を遣いすぎよ。別にあなたは間違ったことをしていないわ」
「ありがとう、逆に気を遣わせたな。加藤は大丈夫か?」
「大丈夫、とは言えないわよね。でも、光があの状態なんだから、残ったスミレが支えないとね」
加藤の声は暗いが、それでも現状を把握し、気概を感じさせた。
現実で一番初めに、食満と多田の死亡を確認したのは天城だった。
そもそも戦いの結末も見ていたが、それでも現実に戻り、真っ先に二人の安否を確認した。
その結果は、夢の中と変わらない。
「それで、光は壊れてしまったかも知れない。スミレに連絡来た時には、今よりもっとひどかったのよ。あれでも落ち着いた方なの」
「壊れてって、でも天城ならいつかはー・・・」
相馬は言おうとして、それ以上言葉が出なかった。
喋りながら、仲間の顔が浮かんだ。
「ね?大丈夫とは言いきれないでしょう。あなたも須藤さんがそうなったら、ね」
「・・・ごめん」
「だから謝らないでってば、こちらこそごめんなさい。今はうまく言葉が選べないの」
加藤は大きくため息をつき、廊下の壁にもたれかかる。
その顔には天城同様に、疲労と言うには足りない、あえて言うなら絶望がにじんでいた。
「今日は帰った方がいいわ。あなたが立ち入れる問題ではないし、何かできるわけでもないもの」
その言葉にまた謝りそうになり、言葉を飲み込む。
言葉を必死に探すも、出てこない。
その様子を見て、加藤の表情がほんの少しだけ柔らかくなった。
「ありがとう、あなたは良い人ね。必ずまた連絡するから、今は時間をちょうだい」
そう言うと、アジトの部屋へと加藤は消えていった。
相馬は重い足を引きずりながら、当ても無く歩き出す。
(二人が、死んだ?なぜだ、なぜ死んだ?)
あの瞬間にどうすれば良かったのか。
あの瞬間の前に、もっとすべき事があったのか。
これから、どうすればいいのか。
考えたいことは多いはずなのに、全く頭が働かない。
絶望的な現実に、取り返しようなない結末に、後悔だけが全身を支配してしまう。
考えなくてはいけないのに、まだ全てが終わったわけでもないのに、何もできない。
力の入らない手を動かしてスマホを開く。
明け方と相馬達全員が参加しているグループチャットは動いていない。
「あ・・・」
目に入ったトーク履歴を見て、須藤との約束を思い出した。
戦いが追わったら、必ず会いに来るようにと約束していたのだった。
約束をした時点では、明るい未来を想像していた。
全員揃って笑い合う未来。
多少の怪我はしているだろうけども、みんなで肩を組み、勝利の喜びを分かち合う。
そうなるはずだった。
そんな未来が来る機会は、仲間と共に永遠に失われてしまった。
何も考えられない。
それでも立ち止まることは怖かった。
このまま、何もできなくなりそうで。
脳裏には天城の姿が浮かぶ。
そしてそれに寄りそう、辛そうな加藤の姿。
何ができるかは分からないが、とにかく自分が迷惑をかけるわけにはいかない。
呆然自失したまま、須藤のマンションへと向かった。




