093 沈黙の街
抗えず遠のいったはずの意識が、少しずつ覚醒するのを感じた。
どれくらい時間が経ったのか予想もつかない。
鈍い痛みが残る頭に手を当て、スローモーションのようにゆっくりと上体を起こした。
辺りは薄暗く、どこか倉庫のようだ。
ダンボールや、何かのファイルが入ったスチールラックが目に入る。
しかし倉庫というにはあまりに狭い。
どこかで見たような場所の気もしたが、相馬がその答えに辿り着くにはまだ時間が必要だった。
(俺は気を失っていたのか・・・?光達はどうなった!?)
徐々に意識がはっきりとしていくと、聞き慣れた声が近くでしている事に気付く。
「翔太さん!起きあがって大丈夫なんですか!?もう少し楽にしててください」
「透・・・?どういう状況だ。今は、現実か?」
「いえ、まだ夢の中です」
「なっ!?じゃあ光達は!?」
「すみません、翔太さんの安全を確保するのに精一杯で、分からないです。ここは翔太さん達が戦っていた所から少し離れたコンビニのバックヤードです」
「透が助けてくれたのか?助かったけど、あまり無理なことはー」
「言ってる場合ですか!」
感覚的には、つい数秒前までの乱戦を思い起こす。
相馬は真壁に申し訳ないと思うものの、あの戦いに割って入って、自分を助け出すのは不可能だと感じた。
いったいどうやってあの場から抜け出す事ができたのだろうか。
だが今は、とにかく時間が惜しい。
「心配はありがたいし、助けてくれた事には感謝してる。でも一刻も早く状況を整理したい。何がどうなった?」
「すみません、僕も戦いがどうなったのかは分からないんです。僕達は待機していたじゃないですか、そこに石上湊さんが現れたんです」
「は・・・?」
「驚きますよね。それで有無を言わさず連れて来られた先に、翔太さんが倒れていたんです。そして場所を移して、このコンビニに隠れました」
「意味が分からない、それで石上は?」
「僕が翔太さんを確保した途端に、跳んでどこかに行っちゃいましたよ」
相馬の頭の中は混乱を極めた。
なぜここに来て石上湊が現れるのか。
なぜ助けるような真似をしたのか。
敵なのか、味方なのか。
しばらく石上の顔を思い出し、考えを巡らせていたが現状を思い出す。
「いや、今はそれより光達のことだ!早く戻らないと!」
「無茶ですよ、そんな状態で!」
「でも急がないと、あいつらがやばいんだよ!」
「ああ〜もう分かりましたよ!」
ついに真壁は折れ、相馬へ肩を貸してコンビニから出る。
道路の上に立つと、辺りを確認した。
見覚えのある景色、先程まで戦っていた場所からそう離れてはいなかった。
駆け付けたい衝動に体は付いて来ず、ただでさえ遅い歩みを更に遅く感じさせる。
夜の街は静かで暗い。
人の姿こそ無いが、街灯は暗い街をわずかに照らし、耳をすませば、ビルの横の室外機から小さく稼働音が聞こえる。
いつもと変わった様子は無い。
そうして周囲に気を配りながら、目的地へとたどり着く。
「誰も、いない」
「本当ですね、移動したんですかね」
その場所は相馬の記憶のままだった。
四散したガラス、砕けて崩れたビルの壁、折れた街路樹。
それらの様子は、確かにここで何か不吉な事態があった事を物語る。
まるで大きな事故現場のようだった。
だというのに、この事態を引き起こしたであろう者達の姿は無い。
「くそっ、光達はどこに!」
相馬は今すぐに大きく跳んで周辺の確認をしようと試みるも、脚には全くと言っていいほどに力が入らずに失敗に終わる。
せめてできる事をと思い、感覚を研ぎ澄ませてみるも、やはり意味のある音は聞こえないし、街の景色は相変わらずだった。
静かな街の様子に反して、心臓は気持ち悪く鼓動を早める。
嫌な予感が拭えない。
そのまま街を当てもなく徘徊する。
途中から真壁の肩を借りずとも歩けるようになったが、それでも普段の力は出せずに、狭い範囲しか探索できないことがもどかしい。
二人は作戦の開始地点へと戻る。
ここに来てようやく人間の姿があった。
「透くん、翔太さん!無事でしたか!」
駆け寄って来たのは石上凛と加藤菫。
連絡の取れないメンバーを心配し、待機場所である建物から路上まで出て来ていた。
二人は一瞬だけ安堵の表情を浮かべたが、ようやく確認できたメンバーが二人しかいない事に息を呑む。
「光、それに優征とまひるは?」
加藤は無表情で相馬に問いかける。
こんな時でもその無表情は崩れないが、よく見れば、その顔からは血の気が引いている。
連絡の無いスマホを胸の前で両手で握りしめている事からも、その動揺が窺えた。
「ごめん、分からない」
「分からないですって?」
「ああ、ごめん。結論から言うとハウザーにやられた」
「っ!やっぱり出たのね」
「それと、ハウザーに味方するやつも。そいつもやたら強くて、その、俺達は負けた・・・んだと思う」
四人の間に沈黙が訪れる。
天城達が今どうなっているかは、この場の全員が知りたいのは当然である。
しかし、誰もその答えを持っていない。
これ以上ここで憶測を広げても意味は無く、黙るしかなかったのだ。
「ところで、石上が来ていたのか?」
「はい、お兄ちゃんいきなり現れて、透くんを攫ってすぐ出て行きました」
「攫ってってー」
相馬は横にいる真壁を見る。
相馬達と連絡が取れなくなり、残った三人の間に不穏な空気が流れたとほぼ同時に、石上湊は現れたらしい。
『付いてこい』の一言だけ発すると、真壁を肩に担いで飛び去った。
必死に声をかける妹の姿には一瞥もくれずに。
「なんだよそれ、あいつは何がしたいんだ」
「凛さんのお兄さんが、光さん達の事も助けてくれてはいないですかね?」
「そうだったら何よりだけど、とりあえず俺達も探そう」
「いえ、翔太さんは休んでていてください。あとは僕たちが」
「いや、まだ敵もいるかも知れないんだぞ!お前らじゃ・・・!」
「スミレは行くわ、あなた達は帰りなさい」
返事も待たずに、加藤は静かな街へと駆け出した。
「ぁあもう待て!気休めかも知れないけど四人でいた方がまだ安心できるだろ!」
加藤は三人に目線を向けるが、返事は無い。
それでも走るのを止め、歩調を合わせたということは相馬の意見に納得したのだろう。
一人だろうが、四人でいようが、今あの暴力に襲われたら成す術は無い。
それでも仲間の無事を祈り、目を凝らし、耳を澄ませ、足を進めるしかなかった。




