081 裏話〜凛と玲奈〜
凛は不満そうな須藤を、半ば無理矢理にタクシーの中に押し込んだ。
運転手に病院の名前を伝える。
さぞかし元気な病人に見えるだろうが、そんな事は構わない。
運転手は最低限の言葉を交わすと、車を発進させた。
「大丈夫だってばー。大丈夫というか、どうにもならないでしょこれ」
「だーめーでーすっ!初めが肝心なんですよ」
「せっかく翔太が起きたってのにー。まったくもう。さっさと済ませて早く帰ろうね」
窓の外を見ながら、口を尖らせて小声で抗議の声をあげている。
気を緩めている場合ではないのだが、普段は年上の姉のように頼れる存在が、今は駄々をこねる妹のようで可愛い。
「え、かわいっ」
「え゛?凛ちゃん、今私に言った?」
「なんかキュンキュンします〜!こりゃあの翔太さんも惚れるわけだー!」
「はぁー!?ちょっとやめてよ!」
運転手はその姿をバックミラーで見る。
背の高い美人の姉が、ワガママながらも可愛い妹に抱き着いて、これでもかと頭を撫でている。
その様子は、ごく普通の仲睦まじい姉妹のように見える。
気になるのは、姉の方が敬語である事だけだ。
タクシーは病院に到着する。
いつ来ても混んでいるイメージのある病院だが、がらんと空いている。
救急外来は普段と勝手が違う。
凛は須藤を椅子に座らせると、受付に行き看護師らしき人と話をしているが、その内容は聞こえない。
しばらくすると凛が戻ってきた。
「ここで待ってて良いそうですよ」と言って、隣に腰を下ろす。
「足、何ともないといいですね」
「なぜか凛ちゃんが泣きそうだったね」
「そりゃそうですよ!あれだけ血が出てる所を見たら!って、おっと」
凛は自分の手で、自分の口を塞ぐ。
病院の人に聞こえたら面倒だ。
どこからも出血なんてしていないのだ。
「なっちゃったもんは仕方が無いって。足一本で翔太を助けられたんだから安いもんじゃ無い?」
「またそんなこと言って・・・。そういうところ似てますよね、お二人って」
「ぇえ〜、私とあれが〜?」
「あはは、あれって言い方。でも翔太さんかなり心配してましたよね」
「うーん。そうだね。変に責任感じなきゃいいんだけど」
「それならやっぱり元気な姿見せてあげないと。検査も治療も、しっかり受けないとですよ」
「分かってるけどさぁ。病院ニガテなんだよなぁ〜」
またこの姉のようなものは可愛い事を言ってと思ったが口には出さない。
そういえば兄がいると聞いた覚えがある。
自分にとっては姉のような存在だが、その本質は甘え上手な妹なのかも知れない。
「玲奈さんってお兄さんいるんですよね」
「ん?うん。地元にね」
「仲良いです?」
「えー、どうなんだろ?悪くは無いんじゃかな。歳も近いし、子供の頃はよく遊んだよ。ケンカもしたけど。凛ちゃんは?」
「そうなんですかー。うちも仲は良いとは思いますよ。ただ、お兄ちゃんの方が私に歩み寄ってくれてる気がします」
「どういうこと?」
「仲は良いけど、気を遣ってくれてるというか。気のせいかも知れませんけどね。兄というより父とでも言うんですかねー。ケンカもした事無いんですよ」
「へー、いいじゃん。優しいんだ」
優しさと言われるとよく分からない。
気を遣われているとも感じる。距離を感じるのだ。
できればケンカしたり、もっと同じ目線に立ちたいと思うのは贅沢なのだろうか。
「あーあ、私も妹か弟が欲しかったなぁ」
「私がいるじゃ無いですかー!あ、そういえば、お義姉さんになってもらう計画は失敗してしまいましたね」
「そんな計画立てないでよ・・・」
「ま、いいです!玲奈さんが姉、翔太さんが兄みたいな感じですからね。私は幸せ者ですよ」
「ふへ、そう言ってもらえるのは嬉しいかな」
そうしていると、少し離れた所から名前を呼ばれた。
返事をして立ちあがる須藤に、肩を貸す凛。
誰かを支えられるのが嬉しい。
できれば物理的ではなく、心もそうありたい。
口には出さないが、自分の道を見つけられたような気がして、嬉しかった。




