076 凶刃
車を降りて、ドアを閉める。
後ろは振り返らない。
アーケードに向けて、車で来た道を戻る。
夜の街に、自分の足音だけが響いている。
この戦いの終わりはどこだろうか。
タマキの説得が無理だということは身をもって理解した。
そしてあの刀と、傷つけられた須藤。
向こうは本気だ。
迷っている時間は無かったのだ。
このままではまた誰か傷付く。
それだけでは済まないかも知れない。
高架歩道が見えると、その柵に座り、こちらを見下ろしている人影がいる。
近くの信号機の光を受け、その姿は不気味に赤く染め上げられている。
「ふふん、やっぱり戻って来てくれると思ったよ。感動の再会は終わり?もうこの世に悔いは無い?」
「そう、だな。先に謝っとくわタマキ。お前を殺す決心がついた」
「はっ!今更!と、言いたいところだけど褒めてあげる。やっぱりアンタはこっち側だよ」
腰を落として力を溜める、それを一気に解放してタマキの元へ。
「っ!はやっ!」
蹴りを入れたつもりが、柵が曲がっただけでそこにタマキの姿は無い。後ろに跳んで刀を構えている。
「パワーアップした?」
「ぁあ、悪いな」
拳をタマキに向けて、構える。
タマキは目の前の相手の変化を敏感に感じ取る。
刀を恐れていない。思わず自分が持っている物が本物の刃物なのか確認したくなる。
どう斬り込んでも避けられ、カウンターが来る気がして仕方がない。
先に動いたのは相馬だった。
横へ跳び、そのまま前だけを見据えて走り出す。
タマキは反射的にその背中を追った。
相馬の狙いは分からないが、自由にさせておけば不利になる事だけは直感で分かる。
高架歩道の終わりが見える。
迷う事なく大きく跳び、低いビルの屋上へ移る。
さらにそのまま走る。
勢いは緩めない。
風を切る音が、嵐のように耳に響く。
背後の足音は聞こえないが、追われている確信がある。
隣接するビルの窓ガラスを見ると、案の定少し離れて走るタマキの姿があった。
速度を緩めずに、隣接する少し高いビルへ跳ぶ。
さっきより距離と高低差がある。
足へ衝撃が響いたが、全く問題にはならない。
走る。
跳ぶ。
走る。
何度も同じ行動を何度か繰り返し、駅から遠ざかった。
眼下には街灯や信号機が見える。
目の前に見える人工の光にあっという間に追いつき、追い抜いていく。
闇夜の街を、二体の影が走る。
相変わらず人の姿は見えない。
周囲のビルの中でも、目立って高い屋上へと降り立ち、ようやく足を止めた。
数秒とたたずタマキも追いついて来る。
二人共息切れもせず、冷たい視線が交錯した。
周囲には同じような高さのビルは無く、四角いコンクリートの地面は、空の上の闘技場にでもいるようだった。
「愛しのレナちゃんから、アタシを離したかったの?」
「それが分かってて、付いてきたんだな」
「それだけなら無視したけどね。万が一にも見せたく無かったんでしょ?自分が人を殺すところ」
「・・・・・」
「それと、私が欲しい能力の持ち主ってレナちゃんだったんだね」
思わず舌打ちが出る。
気付かれるとは思っていたが、いざ口に出されると気に障る。
「正解でしょ?でもがっかりだなぁ。宝の持ち腐れも良いとこじゃん。あの子が殺しなんてやるわけないじゃんねえ?」
「よく分かってるじゃないか。残念だったな」
「そうでもないわよ。あの子を使うための餌が、目の前にいるんだから」
そう言って刀を相馬に向ける。
闇夜の中で、銀色が鋭く輝く。
「なるほど、だから先に俺を追ってきてくれたのか」
「四肢を切り落として、あの子の前にぶら下げてあげる。ずっと三人で仲良く暮らそうねえ!?」
鋭く振るわれる刀。
上から振り下ろし、当たらなければ即座に斬り上げる。それも当たらなければ突きへ。
緩む事のない連撃をギリギリで躱す。
集中して相手を見る。決して目を離すわけにはいかない。
一瞬の油断が、一生を終わらせる。
大きく刀を振ったタマキの背中が見えた。
振るう刃の重みに、バランスを崩したかと反撃を試みるが、そうではない。
腹部に鈍くて重い衝撃。
刀の遠心力を使ったタマキの後ろ回し蹴り。
骨や内臓が悲鳴を上げる。
「がっはっ・・・!」
蹴られた衝撃で距離が空いたが、タマキは一瞬でその距離を詰めて来た。
振り下ろされた刃を避ける余裕は無く、腕で弾くように防御を試みる。
首を狙った軌道はうまく逸れ、絶命は免れた。
その代償として、左腕からはおびただしい量の血が流れている。
タマキは一瞬驚いたようだが、すぐに弾かれた刀をもう一度胴へと走らせる。
身を捩りながら下がるが、剣の先が横っ腹を斬り裂いた。
みるみるうちに服が赤く染まる。
「あっはっは!どんなにイキってもこんなもん!ここまで頑張ったけどここまでかねえ!?」
「まだ、終わってねえだろ」
斬られた瞬間は熱さを感じたが、冷静に体の感覚を確かめると激痛が押し寄せてくる。
斬られた左腕には力が入らない。
終わりが近い。
残された力は少ない。
深呼吸をする。
深く、深く、息を吐く。
気分を落ち着かせる。
そして左足を前に、右足は開いて後ろに。
左手を相手に向け、右の拳は固く握り体の前へ。
「玉砕覚悟ってわけ」
「帰ることしか考えてないよ」
タマキが動く。
この日一番の速度で跳び、刀を振り下ろす。
タマキは思考する。
カウンターが来ることは分かっている。
狙うのは今では無い、この次の瞬間の敵。
敵は自ら、この全力で振るわれた刀の下に、その身を晒す事になる。
相馬が動かなければ自分の負けだ、これは賭け。
そしてイメージ通りに足は踏み込まれ、刃の終着点に、相馬の体が潜り込んで来た。




