074 アーケード2
アーケードの上に立つ二つの影。
足元には透明なパネル。
いつもは天井として、雨を防ぎ、太陽の明るさを地上に届けてくれるそれが、地面にするとあまりにも脆く頼りない。
体重をかけないように跳び、その天井に繋がっている建物の上へと降り立つ。
足の裏に伝わるコンクリートの硬さと重厚感に安堵する。
しかしこうしている場合ではない。すぐに走り出す。
タマキも迷い無くそれを追う。
深夜の建物の上は暗い。アーケード内の街灯を頼りに、透明な天井に添って駆ける。
街が寝静まっている時間。物音はほとんど聞こえず、風を切る音がやけに耳障りに感じる。
自分以外の足音を拾えない。
アーケードの端が見えた。広い道路を挟み、向こう側にも同じような天井が続いている。速度を緩めることなく、ビルの縁から思い切り踏み込んで高く跳ぶ。
(届くかー?)
下には横断歩道、信号機、植木、それらの頭上を越えて反対側のビルへぎりぎりの所で着地。
膝にかかる自分の体が重い。緊張感で感覚がおかしい。いつもなら余裕で届くはずなのに。
すぐに振り返るとタマキも同じ様に跳んできていた。
予想外に足を止めた相馬の動きに、目を見開いている。
刀は構えていない。
着地はさせない。タイミングを合わせて拳を叩き込む。
「くっ」
咄嗟に腕で防がれてしまったが、ようやくまともに攻撃が入った。
この隙を逃したくは無い。
落ちていって横断歩道に倒れているが、容赦はしない。そこに照準を合わせて跳ぶ。
しかしタマキは仰向けのまま、背中で跳ねる様に起き上がり、自分に向かってきた高速の跳び蹴りを避けた。
渾身の蹴りを避けられ、体勢を崩し、膝をついている相馬に向けて真っ直ぐに刀を振り下ろす。
転がる様に躱し、立ち上がって構える。
脚に痛みが走る。
僅かに逃げ遅れた脚を、刃が掠めていたらしい。血が流れる。
「まだやるの?そろそろ飽きてきたんだけどー?」
「やりたくてやってるわけじゃねえよ。お前が俺たちに関わらないなら何もしないって」
「だからそれはむーりーなーのっ!さっき言ったでしょ。もう私はここでしか生きられない存在なんだよ」
「どういう意味だよ」
「だから分かってもらおうとか無いから。質問したら答えてもらえると思わないでよねぇ。新卒かあ?」
「それはパワハラだな!」
刀を下ろしているのを見逃さず、頭を狙って蹴りを放つ。
タマキは無駄のない動きで刀を持ち上げ、相馬の足の到達点に持ち手の頭を置いた。
細くて硬い頭を蹴り、足に激痛が走る。
だがここで足を引いては、斬られると刹那のうちに判断した。
勢いのまま足を振り切って、タマキを遠くへ蹴り飛ばす。
車道の分離帯の生垣に、背中から突っ込む。
細かい枝が何本も折れる音がして、葉が舞い散った。
しかし見た目の派手さほどのダメージは無いだろう。
生垣の中からすぐに立ち上がり、体に付いた葉を手で払っている。
「いやー、なまっているのかも知れないね。最近は一方的に殺すばかりで、歯向かって来るやつなんていなかったらねぇ」
「なんで殺すんだよ」
「生活のために決まってるじゃない。お金をもらって、人を殺す。現実では原因不明で証拠もない。クライアントも安心だね。文句なしの評価点5.0でしょ、Googleには載ってないお店だけどね」
「どうしたらそれを止めてくれる?」
「アタシを殺すことだね。それ以外に無いよ。てか一緒にやる?人と組むの好きじゃ無いけど、ショータくんならいいよ」
「は?」
あれだけ殺意を剥き出しにしておいて勧誘?
口調は今更だが、中身までもが変わる多重人格なのだろうか。
「分からないって顔してるね。初めてちゃんとやり合って分かったんだよ。確かにアンタの能力は大したことない。でも中身は明らかにアタシ達寄りだよ」
「そんなわけないだろ!」
「あるね。この世界で感じる高揚感が現実にある?生きている実感は?この世界こそが自分の居場所だと思っているでしょ?」
「それ・・・は」
「ね?アンタも適性があるんだよ。」
確かに思い当たる節はある。
楽しいとかそういう感情の話では無い、空気が肌に馴染むとでも言うのだろうか、しっくりと来るような感覚。
「今はクソザコだけどさー。いずれはアタシやハウザーみたいになれるって。必死になっちゃってこの世界をどうにかしようとしてるけどさー、他の奴らと違って、ここに恐怖なんて感じた事無いでしょ?」
悔しいが図星だ。
しかしそれは以前の自分だったらの話。今は現実に帰る理由がある。
それはこの世界での充実感を手放してでもいい程の理由。
今更ブレる事はない。タマキの目を真っ直ぐに見据える。
「返事はいるのか?」
「ムカつくね。分かったよ」
改めて刀が相馬へと向く。
相馬もタマキへ拳を向ける。
しっかり見ていたはずが、その姿が消える。
正確には、そう感じただけで、視界の左に向かって動くのは見えていた。しかし、その姿は正確には追いきれず、思わず『消えた』と言いたくなる。
顔を左に向けると眼前には靴底が見えて、すぐに視界は暗くなった。
顔面を蹴られ、そのまま弧を描いて地面に倒れた。
視界は暗いままだが、勘だけで立ち上がる。
視界が戻ると、さっき上を走り抜けたアーケードの内側に立っていた。何メートル飛ばされたのだろうか。タマキが刀を肩に担ぎ、出口を背にして塞ぐように立っている。
「それだよそれ。普通の人なら今ので死んでるからねぇ?なんで無事なんだよ本当にさぁ!」
「言っただろ、今ステータス上昇中なんだよ」
「キッモ!死ねよ!」
踏み込みの音がしたかと思うと、一瞬で目の前にいる。
刀が振り下ろされる。
大きく後ろへ下がって避ける。
振り下ろされる刀の速度は凄まじく、目で追う事も難しい。
しかしそこに至るまでの動き、予想と勘で、なんとか致命傷は避けられている。
再び踏み込んでの横薙ぎが来る。同じように後ろへ跳んで躱す。
(おかしい、連続で攻撃してこない。何か狙っている?)
追い込まれていくような感覚。
だが、この先は再び駅前のロータリーに戻るだけだ。行き止まりではない。
そして左右に隙間なく店舗があるアーケードでは、動きがほぼ前後に制限される。自由に動けるロータリーに出た方が有利だ。
それはタマキだって分かっているはず。
アーケードの終わりが見えてきた。仕掛けて来るならここだろうか。
相馬は高く跳び、ロータリーの上にかけられた高架歩道に降り立つ。
何の変化も無く、普通にアーケードを抜けられた。
あの嫌な予感は、杞憂だったのだろうか。
アーケードの入り口ではタマキが仁王立ちして相馬を見上げていた。
(なんだ・・・?)
「ちっ、なにやってんだよお前はぁ!」
目はこちらを見ているが、声は違う誰かに向けられている。
素早く目線を動かし、姿を確認する。見える範囲に人はいないようだった。
アーケードを見下ろし、中を凝視する。
見える範囲ではタマキの姿しか見えないものの、奥から人の声が小さく響いてくる。
耳を澄ますと、聞き取れないが、何か言い争うような男女の声。
嫌な予感がした。攻撃が来る危険性などは考える余裕も無く、迷うことなく高架歩道から降りると、アーケードの奥まで視界に入る。
周囲に人の姿は無く、二人だけの戦いの舞台となっていたはずの世界に、二人の人影。
一人の女性は倒れて地面にうつ伏せになっている。そしてもう一人の男がそれを見下ろしているが、その手にはタマキと同様の長い刃が握られている。
そして地面を染める赤色。
頭が一瞬にして真っ白になるが、体は勝手に叫んでいた。
「玲奈ぁぁ!!」




