071 接触と覚悟
「ごめん!」
四人で集まったのは、出版社から近いファミレス。
店内は騒がしく、子供連れも多く見える。
周囲の人間は、気取る必要も無い騒がしい空気に、自然と声も大きくなり、誰も相馬達の存在に注目している者などいない。
普段なら、店の選択を間違えたと思うようなこの騒がしさも、他人に聞かれたく無い話をするにはちょうどいい。
相馬の頭は、深々と下げられ、額がテーブルに付きそうな程である。
タマキとの会話は、忍ばせたスマホを通じて、待機していた須藤達にも聞こえるようにしておいた。状況は共有されている。
「顔あげてくださいよ!翔太さんの責任じゃ無いですって!」
「あれは仕方がないよ。タマキがあそこまで話通じないなんて、私も思わなかったもん」
「凛と透の努力も無駄にしてしまって、ごめん」
「そんな、大丈夫ですから翔太さん。そもそもあれはタマキさんに会うためのもので、十分に役目を果たせたと思ってますよ。ね、透くん」
凛に同意を求められ、真壁も全力でそれを肯定する。
誰も相馬を責める気なんて無い。それは分かってはいたが、受けた宣戦布告はあまりに突然の事で、今からできる事なんてほとんど無い。
話し合いは失敗した。
重い空気が場を支配する。
「行くのは俺だけで良い。お前らには悪いが、今日はあっちに行かないでくれ。頼む」
もう一度、深々と頭を下げる。
相馬以外の三人は何も言わず俯いている。
できる事は無いし、声をかけることすらできない。
「そんな事言わないで」「仲間じゃないですか」「一緒に戦います」頭に浮かんで来る言葉は山のようにある。
しかし実際に何が出来るだろうか。西岡達との戦闘とは違う。作戦も何も無い。
相手はあのタマキなのだ。スタジアムで最後に見せたあの跳躍。
そしてあの戦いを見てなお、相馬の力を『いらない』と一蹴するあの自信。相馬に連れ添ったところで足手まといにしかならない。
凛が大粒の涙を流す。悲しいのでは無い。自分の無力が悔しい。
須藤が無言で傍に寄り添い、通路から見えないよう壁になり、背中をさすってやる。
自分達のやってきた事を、失敗だったと言いたくはない。むしろ上手くいっていた。
しかし事態は何一つとして好転する事はなかった。
見積もりが甘かった。あの戦いを経てなお、自分達の頭は平和ボケしていたのだろうか。
あの飲み込まれてしまいそうな無表情。
あれと話し合えると思ってしまった時点で、失敗していたのだ。
「もう、全員で逃げちゃいましょうか・・・」
真壁がテーブルに置かれたドリンクから、視線を動かさずに呟く。
「無理に今日行く必要ありますか?もっと良い解決法があるかも!」
「ありがとう透。気持ちは嬉しいよ。でも分かってるよな?」
向こうには張本がいる。今回の作戦は失敗したが、それは明らかになった。
自分の家、会社、駅、目を覚ました瞬間、突然現れる張本に対応できるだろうか。
そもそもタマキの運動能力を持ってすれば、相馬以外どうにでもできる。鬼ごっこにもならない。
詰みだ。あの呼び出しには応えなければならない。
本気を出されたら、自分達をどうにかするなんて造作も無い事なのだ。
今までは見逃されていただけで。
「そんな顔するなって。説得して無理なら全力で逃げて来るよ」
「翔太・・・」
「特に玲奈、約束しただろ!そんな顔するな!」
「うん・・・うん」
今にも泣き出しそうな顔ではあるが、力強く頷いてくれる。根拠のない希望でも縋るしかない。
「でもコートの男、ハウザーが出てきたら本当に逃げて来てね」
「あー、それはそうだな。ははっ、さすがにお言葉に甘えさせてもらう」
「本当かな・・・」
もちろん嘘だ。
スマホ越しでどう聞こえたかは分からないが、タマキの殺意は本物だ。
逃げたら須藤達に牙が向く事は明らか。
(俺がやらなきゃダメなんだ)
ここであれを止められなければ明日は無い。
止める。止まるのだろうか?
無表情に『殺す』と言うあの得体の知れないモノを。
止めるというのはつまり、こちらも『殺す』しか無いのではないのか。
もはや相打ちでも構わない。
死んでも、殺しても、自分はまたこの三人の前に立っていていいのだろうか。
(今は考えちゃダメだ。目の前の事に集中しよう)
四人で店を出る。
今夜はなるべく眠らないように釘を刺して、凛と真壁を見送った。
「じゃあな」と手を挙げ、声をかける。
いつもと何ら変わらない態度で。
外はすっかり暗い。
須藤のマンション前に着いた。
言葉は少なく、今夜の事にはほとんど触れられなかった。
「じゃあな玲奈」
何でもない事のように手を挙げて、立ち去る。
須藤も手を挙げてはいるが、やはり不安そうな顔は拭えない。
笑っていて欲しかったが仕方がない。
とりあえず、そんな顔でも、目に焼き付けるようにしっかり見ておく。
だが須藤が挙げた手は、素早く伸びて来て相馬の服を掴んだ。
「ーへ?」
「帰すわきゃないでしょ。泊まって行きなさい」
散歩を嫌がる犬のごとく引き摺られ、無駄のないルートで部屋に到着。
部屋に放り込まれるように入れられ、背後からは鍵の閉める音が聞こえた。御丁寧にチェーンもかけている。
「待てって玲奈、今夜はまずいだろ」
「なんで?1人であっちに行くのは仕方ないとして、こっちで1人でいることを許したつもりは無いけど」
「いや、その着替えとか」
思ってもいない事を言う。着替えなんか問題では無い。
自分に何かあった時に、最後の最後に人に迷惑をかけたくなかった。
お構いなしにリビングに進む須藤の背を追いながら、なんとか言い訳を探すが、聞き入れてもらえない。
「着替えなら貸してあげるって」
「いやいや!着替えどころか、パンツも無いだろ!俺こう見えて潔癖なとこあるしー」
須藤は振り返りもせず、バタンと音を立てて乱暴にクローゼットを開き、手を突っ込んで、掻き出すように服を引っ張り出している。
「貸すってば。ほら部屋着。ほらパンツ。ブラもいるの?」
次々と手元に放り投げられて来る。
高橋ジャージ、それに女物の下着。
「待て待て待て!下着はおかしい!」
「なんだよ面倒くさいな・・・」
一瞬だけ目が合う。眉間に皺を寄せ、舌打ちをされた。
理不尽もここまで来ると、いっそ清々しい。
だがここで様子がおかしい事に気付く。
いつもの暴走モードかとも思ったが少し違うようだ。
「どうした?」
「不安なの!よく分からないけど。離れたら戻ってこない気がして。黙ってると良く無い想像ばっかりして」
そう言うと、開いたクローゼットの扉に隠れるように顔を隠してしまう。
正直「やっぱりか」と思う。虚勢を張ったが、須藤に通じるわけがない。
それでも今回は見逃してくれる事を期待した。
向かい合う事をせずに、逃げようとした。
「ごめん、ありがとうな。正直言うと確かに自信は無い」
「うん。私達は戦いじゃポンコツで、翔太に頼るしかないけど、気持ちくらいは支えさせてよ」
「分かった、よろしく頼む・・・」
「うん・・・よろしい!あ、下着は返してよ!」
「俺が盗ったんじゃないやい!」
そこからは、調子を取り戻した須藤に食事を作ってもらい、シャワーを借りた。あとは眠るだけだ。
当然のように同じベッドに入る。
だが2回目だからと言って慣れるものではない。
一応端に寄って背中を向けるが、前回より遠慮なく密着してくる。
アイマスクとBGMは無い。特にあれ以降使う事も無かったので、自分の睡眠には必要のない要素のようだから構わない。
部屋を暗くして覚悟を決める。一人きりの戦いがやって来る。
無音の部屋だが、耳を澄ますと後ろから小さな吐息が聞こえて来る。
どんな音楽よりも安心できる。
「ねえ、ちょっとこっち向いて」
「恥ずかしいんだけどなぁ」
素直に「恥ずかしい」と感情を言葉にするようになった自分の変化に少し驚く。
振り返ると、当たり前だが須藤の顔が近い。
「怖い?緊張してる?」
「まぁ、少し?」
「こんなにくっついてても?もう私じゃ安心も、ドキドキもしないか、まいったなぁ」
「いや、そういうことじゃ」
暗くて表情はよく分からないが、声は真剣そのもの。ふざけている訳ではないらしい。
恐怖心が和らぐように色々気を遣ってくれている。
それだけでも十分に満たされた気になった。あとは自分の覚悟だけだ。
「・・・ふむ。翔太は私の事好き?」
「急に!?そんなキャラだった!?」
「いいから、どれくらい好き?女性の中で何番目?」
「いいいい1番に決まってんだろ」
「ふむ、じゃあいいか」
頬に手が添えられたかと思うと、顔が近付いて唇が触れ合う感触。
驚きで硬直してしまい、なすがままになってしまった。
「ええー?なんで今あ!?」
「どう?今度はドキドキした?」
「感情失ったんか!」
「ふっ、それは照れ隠しでしょ。わかるよ」
「くっ・・・!はいはい、降参。めっちゃドキドキした。もう頭ん中真っ白」
「ふへっ、じゃあ成功だ。良かった」
「ありがとうな、玲奈」
「どういたしまして。それじゃ寝なよ」
「おう、玲奈は寝るなよ」
隣で頷いた気配がした。
今更に心臓が高鳴っているのを感じるが、目の前の温もりに全神経を集中させて目を閉じた。




