070 進む攻略
それから数日後の土曜日。作戦実行の日がやってきた。
凛と透は本当によくやってくれた。この成果を無駄にしたく無いと覚悟を決め、家を出た。
相馬は私服で、とあるビルの前に立っている。
パソコンの入ったバッグを持ち、休日だというのに珍しくジャケットを着用している。
計画通りに進んでいるならば、目的の人物はもう見える位置にいてもおかしくは無い。
緊張でバッグを持つ手が汗ばんでいるのを感じた。
「ふーっ・・・」
肺の中の空気を全て吐き出して心を落ち着かせる。
周囲を警戒するが怪しい人物はいないように見える。
怪しい人物が怪しいまま、人前に身を晒すかは置いておいて。
一歩踏み出すと自動ドアが開く。広いエントランスの奥には受付があり、いかにも仕事で清楚をやっているような女性が立っている。目が合うと、微笑みを返してくれる。反射的に微笑み返したつもりだが、顔が引きつっているのが自覚できた。
その女性の目の前まで歩を進める。エントランス内は無音で、タイルを踏む自分の足音が響いている。
「おはようございます。本日はどのようなご―」
女性がそこまで言うと、その言葉を遮って相馬の横から声がかかる。
「あー、いいのいいの。彼は私に用があって来たんだよ。さぁ、行こうか山田くん」
その声は明るく、どこか人を馬鹿にした印象を受けた。しかしその姿を見ると、いかにも真面目そうなスーツスタイル。頭に描いていたイメージとの差異に、一瞬誰か分からなかった。
声の主は相馬が付いて来ているかを確認もせず、ビルの外へ歩き出してしまった。
受付の女性は戸惑っているが、軽く頭を下げてその背中を追った。
歩道を歩く人の数は多い。早歩きをしてその人の横に並ぶ。
「お久しぶりですね。山田って誰ですか」
「なぁにしてくれてるのかなぁ?ショータくぅん!?」
めいっぱい開いた目を血走らせ、口角は異常なほどに吊り上がっているが、これが笑顔では無い事はもう分かっている。
さっきは別人のような印象を受けたが、この表情は待っていた人物で間違いない。
眼鏡に、一本にまとめられた髪。今日は相馬同様にジャケットを着用している。夢で初めに見た、姿だけは仕事ができそうな真っ当な社会人だ。
「現実で会ってくれるとは思ってなかったよ。タマキ」
「タメ口なのは許してあげる。でも!アタシを誘き出したことは、かーなーりー頭に来てるからねぇ?」
「こうでもしないとこっちで会ってくれないだろ」
「ほー!やっぱりわざとだったんだ。どっちかなー?とは思ってたのよ!私を誘き寄せるのが目的か、あの情報をバラまいてアタシを困らせるのが目的か。いやショータくんなら両方考えてたカナ!?どっちでも良かったのカナ!?」
「今日テンション高いなぁ・・・。どっか座って話すか?」
「いい。歩き続けた方が尾行と盗み聞きには有効よ。意外と」
見た目にそぐわない、ふざけた喋り方を続ける割には冷静なようだ。やはり一筋縄ではいかない。気を引き締める。そして何とか、出会い頭に殺される事は回避できたようだ。
凛と透のおかげでここまでは順調だ。台無しにするわけにはいかない。
「やっぱり張本も生きてるって事だよな」
「はぁー、そこまで読んでたんだ。怖いなぁショータくんは。認識を改めるよ。ハウザーには悪いけど次で殺すね」
「ハウザー?」
「あのコート筋肉ダルマの名前だよ!そこは辿り着いてないのかぁい。攻略順間違えてるよ?このままじゃ死ぬよ?せっかくあの可愛い可愛いレナちゃんと付き合ったんでしょ?」
「っ!お前・・・!」
「ちょっと、ここで叫ばないでよね」
思わず感情的になってしまった。さっき気を引き締めたつもりが、簡単にペースを奪われる。
すれ違う人が何事かと目線を向けるが、それでわざわざ声を掛けてくるような人はいない。
煽って来る事は予想は出来ていた事だ。タマキはそういう事に長けている。
しかし実際に言葉にされると頭に血が上る。
「あっはっは!青いなぁ~、いいな~!ちょっと機嫌も直って来たよ。そんで今日は何の用だったの?」
「率直に言う。話をしたかった。俺達は戦いたくない。あの世界の事を欲しい」
「はぁ~?この期に及んでそんな?」
「お前らの邪魔はしない。そちらも俺達に関わるな」
「はぁ~~~あ?それが君たちの総意なの?マジで?」
「そうだ。そもそも戦う理由なんてあるか?俺達はあの世界から離れたいだけだ。そして可能なら、あの世界ごと消したい。それでー・・・」
ふいに訪れる沈黙。そのまましばらく歩くが、タマキが口を開く様子は無い。
(何を考えている・・・?)
沈黙に耐えかねて声をかけようと横を向いた瞬間、衝撃に時間が止まった気がした。
タマキは真顔だった。ただの真顔ではない、今までに見たことのない表情。
西岡の秘書をしていた時とも違う、顔から何も読み取れないような無の表情。表情どころか、生命力や活力のようなものすらない、命を感じさせない。いつの間にか人形に置き換わっているのではないかと思うほどだ。背中に汗が伝う。
(こいつは、誰だ?)
「ねぇ、翔太君。君が今日やるべきだった事はね、私を殺すことだったんだよ」
ようやく口が開かれる。抑揚も無い声で。
緊張で口が乾く。
「今日が最後の機会だったんだよ。私はそのつもりで来た。君たちが私に何かできることは、今日この現実でしか無かったんだ」
「最後、だって?」
「最後だよ。殺すって言っただろ。私をこうして誘い出したのは見事だった。さすがに私も出てこざる得なかった。この悪戯がバレて、次に夢で会ったら殺されると思ったろう?だから今日に全てを賭けてきた。それは正解。でも会えば何とかなると思ったか?話し合いで?君たちが今私を殺さないなら、私が君たちを殺すしかないんだよ。私達の道が交わることは、絶対に無い」
恐怖だろうか、焦りだろうか、自分でも相手に抱いている感情が分からない。今すぐ無かったことにしてしまいたい。何かを間違えたことだけは伝わってくる。時間を巻き戻してしまいたい。
それでもまだ諦めるわけにはいかない。ようやく掴んだ機会なのだ。
「じゃあこれはもういいのか?」
ずっと持っていたパソコンの入ったバッグ。これの中身の為にタマキは目の前に現れたのだ。
そこでビルを出て初めて立ち止まった。黙って相馬の手にあるバッグを見下ろしている。
「それも・・・もういいかな」
「なっ!?正気か!?」
「うん。別にもういいよ。君は私という人間を見誤ってしまったね。私にはね、覚悟が足りなかったんだ。でも君のおかげで覚悟が決まったよ。それももう、いらないな」
「覚悟って、なんだよ」
「生きる覚悟だよ。今夜それを見せてあげる。必ず来なよ。場所はそうだな・・・どこでもいいんだけど駅前にしとこうか?集まりやすいだろ」
「それじゃあね」とタマキは去って行った。
本当にあれはタマキだったのだろうか。
作戦がうまくいって優位に立ったかと思ったのも束の間。虎の尾を踏んでしまったのかも知れない。




