069 交際宣言(?)
夢の世界では何事もなく無事に過ごせた。
こんな日が続けばいいと思う反面、やはりあの世界から抜け出さなければと思い直す。
この日は石上から預かっていた車で出社した。
いつもの電車で出社するよりも早く着く。
電車も真っ直ぐに目的地まで延び、あれほどの停車を繰り返さなければ、もっと早いのだろう。
しかしいつも世話になってる電車も、今回は最短距離を走る車には勝てなかったようだ。
なぜか勝ち誇ったような気持ちで車から降り、ドアを閉めた。
日中は忙しかったため、帰りに駐車場で待ち合わせて鍵を返す事になった。
「これ。ありがとうな」
「いや、礼を言うのは俺だろ。妹・・・凛も感謝していたよ。なぜかお前の事を「翔太さん」って呼ぶんだが、何もしてないだろうな?あいつにしては他人に心を許すのが早い気が」
「何かするかよ!たまたま映画の話が合っただけだろ」
「ふーん・・・。確かに俺は全然付き合ってやれないからな。あいつの趣味は難しい」
事前に何か突っ込まれた時のための答えを用意しておいてよかった。
なんせあの凛だ。純粋すぎるがゆえにボロを出すこともあるとは思っていた。
「あ、おつかれー!こんなとこで何の話してんの?」
背後から聞き慣れた声がする。
これは想定外。
「おう須藤、お疲れさま。相馬がウチの妹に手を出したって話をしていた」
そう表情を崩さずに言った。
石上はそういうシュールな冗談を好む。しかしその端正な真顔から放たれる冗談は、よほど仲が良くないと伝わらない。
会社であれば、せいぜいこの同期二人くらいにしか通じないのではないだろうか。
「は?それ本当?やっぱり誰でもいいんだ?」
訂正。一人にしか通じなかった。
須藤は上目遣いで相馬を見るが、この上目遣いは決して可愛いものではなく、隠しきれない怒りが滲み出ている。
睨みつけているとも言う。
「え・・・。お前らってそういう?いつからだよ」
「あ゛」
「うっわ、マジなんだ。とりあえずおめでとう?なんか悪いな相馬。後は任せた」
軽く相馬の肩を叩くと、事情も聞かずに無駄のない動きで車に乗り込んで去って行った。
駐車場に取り残される二人。ただ去り行く車の後ろを眺めている事しかできなかった。
「玲奈さんや、あれは石上の冗談だったんだよ」
「あー・・・そっかぁ。石上くんのああいうの久々だったから、つい」
「ごめん!」と手を合わせる。
仕方がない。誰も悪くなかった。強いて言うなら分かり辛い冗談を言う石上と、タイミングが悪かった。
「しゃあないか。別に悪い事してるわけじゃないし、石上だしな」
「まぁ確かに。石上くんだもんね」
少し焦ったが、特に何も問題が無い事に気付く。全員いい大人なのだ。
気になる事となると、強いて言えば恥ずかしいということぐらいだろうか。
だが石上なら悪戯に言いふらすことも無いだろう。
「仮に、仮にだけど会社のみんなに説明が必要になったら何て言えばいいんだ」
「そのまま相棒とか?」
「それはなんか痛くないか!?」
「ふへっ、じゃあ婚約者とでも言いなよ」
それはそれで色々と聞かれた時に困るだろう。
出会いからこうなるまでの過程が飛んでいるのだ。二人の関係は主に夢の世界で出来上がっている。人に言える事なんてほとんどない。同僚に絡まれたらなんと答える気なのだろうか。
(どれ、いっちょシミュレーションしてみるか)
「あー、それでは彼を恋人に選んだ理由は?」
「まず恋人ではありませんよ」
「恋人でもないのに婚約を?」
「そうです。デートは一度しました」
「一度だけですか?」
「はい。でもお泊りは2回しました。彼からは2回目の朝に『もう離さない』と言われ、抱きしめられました。ええ、もちろんその時も付き合っていませんよ」
「お前それ絶対に言うなよ!?」
相馬の質問に意味不明なコントのように答えて、腹を抱えて笑う須藤。
自分も当事者である自覚はあるのだろうか。
「あー、笑った。おっかしい」
「おかしいのはお前の肝だよ。どんだけ据わってんだ」
「いいじゃん。楽しみができてさ。なかなか貴重な体験だよ」
「俺が会社で居場所を失ってもか」
「大袈裟だなぁ。私達の事は私達が分かってればよくない?」
「あらやだイケメン。トクン・・・」
「ふひぃ、キモい」
その後は予定が無かったので、アーケードの方まで行き、食事を共にした。
終始交わされる取り留めのない会話。関係は深まったはずだが、変わらない距離感が今は嬉しい。
「凛と透は大丈夫かな。なんか聞いてる?」
「心配しすぎですよお父さん。あの子達を信じましょう」
「あんなでけえガキいねえわ!」
「ふへっ、心配しすぎだよ。信じてみようよ。少し時間もかかるだろうしさ」
しかし須藤の言うとおりだ。今の自分にできることは少ない。
適材適所とは言うが、今回の作戦に関してあまりに自分には適性が無かった。
須藤も似たようなものだと思うが、なぜか堂々としている。
「怖くないのか?」
「怖いでしょそりゃ。でもあの子達の気持ちを軽く見たら失礼だし。逆に翔太の方が最近びびってんじゃないの?ふっ」
「さすがだな、分かるか」
「・・・うん。『降りてもいい』って本気で言ってたでしょ?あの二人の協力がなかったら今回はどうにもならないのにさ。ちょっとしかキリッってやってなかったし」
「キリッってなんなんだ・・・。まぁ、さすがにビビった」
「翔太にもようやく人の心が・・・」
結局最後にからかわれるが、それがありがたい。
言われた通りビビっているのだ。
西岡達の顛末を見て、失う事に過敏になっている。
リスクを負ってでも、このおかしな状況を変えてやろうと息巻いていたのに、リスクが、大事なものがあまりに大きくなっていっている。
リスクとリターンが見合っているのか、もう自信が無い。
大事なものを守るため、大事なものを賭けている。いつまで続くのだこの悪夢は。




