066 決戦後の夜
いつまでも浸っていたいような、心地の良い空気をなんとか振り切って、車に乗った。
連絡が来たので凛を迎えに行かなくてはならない。
「凛ちゃんによろしくねー」と、あっさりと送り出される。
駐車場から通りへ出ると、マンションに来た時と比べて随分と交通量が減っている。
目に見えて反対側から来る明るいライトや、先を行く赤いライトも少ない。
走りやすくて助かると思っていたが、凛のいるはずの山奥のロケ地に近付くにつれて、ほとんど車は見かけなくなる。今は数分前までのあの眩しさが恋しい。
ろくに街灯もなく、車の照らす先だけが見える世界になっている。まるでホラー映画だ。
ここは本当に現実なのだろうかと思い始めた頃に、山頂付近にポツリと明かりが見えた。
近付くと、大きなコンクリートの建物に明かりが灯っている。周りに他に建物は無い。
やや不気味な光景だが、これ以上ない目印となっているので、場所は間違いないだろう。
周りの木々の葉が風に揺れて騒がしい。
電話をかけるとすぐに凛が出てきて、車に乗り込んだ。
「すみません!本当にありがとうございます!正直甘かったですー!こんな所から歩いて帰ろうとしてたとはー」
「いや、こっちもおかげで良い時間になった。こんな迎えくらいじゃお釣りが来るくらいだよ」
「あ、玲奈さんとうまく行きました?」
「知ってんのかよー」
興味津々な凛と話しながら車を進める。
凛と須藤はもはや姉妹のように仲が良く、まめに連絡を取り合ったり、夢の中でも二人で会っているらしい。
凛に秘密にしようとは思っていない。だがあえて自分の口から報告するのは恥ずかしかった。
(背中を押してもらった恩はあるとはいえ、今日はまだ心の準備が・・・。話題を変えさせてもらおう)
「撮影は楽しかった?」
「はい!おかげさまで!一生の思い出です〜!サインまでもらえたんですよ」
「おお!すごいじゃん!」
「はい!それで、玲奈さんとはどうでしたか!?」
すぐに戻ってきた。
一生の思い出に匹敵する自分達のコンテンツ力を見くびっていたようだ。
「あー。すいぞくかんにいきました。大きなすいそうがきれいでたのしかったです。またいきたいなと思いました」
「絵日記なんです?付き合いました?」
(手強い!変化球でもブレずに返ってくる!)
「有意義な話し合いだった。改めて強固な関係を確認できた」
「トップ会談?そこに恋愛感情は?」
「もう勘弁してください・・・!」
その後もなんとか凛の追求をかわしてなんとか送り届ける。
凛の事も信用できる仲間だとは思っているが、実際に今日交わされたあの約束を、二人の関係を他人に説明するのは困難だ。恥ずかしさもある。
目的地は本当に立派なマンションで、この街に住む人間ならここに住む人イコールお金持ちという認識の物件。
有名人も住んでいるのだろうか。
「じゃあな凛。車は月曜日に会社で渡す事になってるから、もう少し借りていくね」
「ええ、全然構いませんよ。それより今度はちゃんとお話聞かせてくださいね」
「玲奈に聞いて。凛に話したがってたから」
「本当ですか!やったー!」
(すまん玲奈、あとは頼んだ・・・!)
「最後に一つだけ。玲奈さんの事は好きですか?」
「ん?そりゃまぁ・・・好き、だよ」
満足そうな笑みを浮かべ、ようやく解放される。
バックミラーに映った凛は、いつまでも大きく手を振っていた。
こんな夜中を車で走る事はなかなか無いので、景色が違って見える。
あちこちの建物には、まだ明かりが見えるが、何かのオフィスらしきビルは真っ暗で人の気配を感じない。
だが居酒屋の前を通ると人だかりが見え、週末の賑わいを感じる。
一人で夜の街のドライブも悪くは無かったが、真っ直ぐに家に帰る事にした。
濃い一日だった。これ以上一人で何をしようと、今日の満足感を越えることは無いように思えた。
今までの人生は、ようやく学校と家の往復が終わったかと思うと、会社と家の往復を繰り返しになっただけの日々。
それは今も大筋では変わらないが、その時間の中でも関わる人によっては劇的に景色は違って見えると知った。
あの退屈だった毎日も、自分から他人に歩み寄っていれば少しはマシな物になっていたのだろうか。
(1人の時間こそ最高だと思っていたのにな)
歯ブラシを持ち、鏡に映った自分を見る。
少し前までの自分には予想できなかった気持ちの変化だ。
ふいに短くスマホが鳴った。
須藤からのメッセージ。もはや珍しい事でも無いはずなのに、スマホを開くだけで心が踊る。自分も相手も変わったわけでは無いのに、少し意識が変わるだけでこんなにも違う。
『凛ちゃんに何言った?』
短文。絵文字なし。
躍り始めたばかりの心が停止する。
反射的にスマホをブラックアウトさせ、天井を仰いだ。
「忘れてたぁー・・・」
興味津々の凛の質問から逃れるために、須藤にパスしてしまった事を思い出す。
押し付けた事がバレただろうか。あの子は、あの勢いのまま、須藤にも突撃したのだろうか。
数十秒そのまま考えを巡らせて、返事をする。
『なんのこと?』
とりあえずこれでいい。下手に何か言うと自分の首を絞めるだけだ。
相手はあの須藤玲奈だ。夢の世界では頼りにしてくれてはいるが、本来ならあちらの方が頭もキレるし、会話の組み立て方も上手い。
『なんかすごいグイグイ聞いてくる』
『翔太との関係を』
『なんて説明したのさ』
短く連投されるメッセージ、その度に鳴る通知音。
とりあえず事実を伝えるしか無い。
『今まで通りだよ。って、大筋では』
ジト目で吹き出しに「・・・」と書いてあるクマのスタンプが送られて来る。
須藤もこの顔をよくする。今もスマホの向こうで目を細めて画面を睨んでいるのだろうか。
文字で返すか、スタンプで応戦するか迷っていると、通知音が鳴る。
『私の事好きって言ったんだってね』
「そっちか!凛・・・!」
どうやら画面の向こうの相手は、改めて気持ちの言質を取りに来ているらしい。
もしくは共通の友人に正直に言ってくれた事が嬉しかったのだろうか。
とりあえず罪の追求ではないようで胸を撫でおろす。
「ふっ、可愛いとこある」
『言ったよ。嘘はつけないからな』
(少し格好付けちゃったかな?彼氏面が過ぎたかな)
思わず口角が緩んでいるのを感じる。
安心して返信を返すと、すぐに通知音。
『ありがとう。嬉しいよ』
『でも凛ちゃんを押し付けた事とは話が別だからね』
画面をブラックアウトさせて、自らも瞼を閉じ、視界をブラックアウトさせて再び天井を仰ぐ。
「やはり、勝てないのかー・・・」




