064 デート2
「こういう店来るとさ、大人になって良かったって感じするよね〜。わかる?」
「酒飲めるから?」
「違うわい。テレビやネットで見たような素敵な空間に自分がいるのが嬉しいじゃん。ドラマのヒロインになったみたい」
「お婆ちゃんに『朝ドラのあの子に似てるね〜!ほら、あの女優さんよ〜』って言われるタイプだろ?いけるよ」
「ふっ、よく分かるね。めっちゃ言われるそれ」
食事も大体食べ終わり、落ち着いた時間を過ごしている。
須藤はワイングラスの中の液体をくるくると回して見つめている。
回しているのは香りを開かせるためでは無く、なにか思う所がある時の須藤の癖である事に、薄々気付いている。
「どうした?なんか言いたいことでもあるのか?」
「・・・・・」
答えは返ってこない。
気付かないうちに何かやらかしただろうか。
「・・・よし、お酒を飲みまーす」
「なんで?」
そう言うと一気にグラスを空ける。
気を利かせた店員がグラスを下げに来ると、同じ物を注文する。
「おい、大丈夫かよ。ワイン気に入ったのか?」
「うん、意外と美味しいよ。私に合ってるのかも」
店員からグラスを受け取ると、再びそのほとんどを飲み込んだ。
気に入ったとしても、なにやら様子がおかしい。
「急にどうした?」
「お酒の力を借りました。翔太はさ、私の事どう思ってるの?好き?」
「急にどうしたあっ!?」
(様子がおかしいどころではない。ご乱心だ!微妙な距離にいた自覚はあるが、そんな距離の詰め方があるか!)
顔を見るに、そこまでアルコールが回っているようには見えなかったが、飲み干されたワインは何かしらのパワーを彼女に与えたようだ。
アルコールが合法な事が、今は恨めしい。
「どうだって聞いてんの」
「こんなカツアゲみたいな気持ちの確認ある?ムードも一緒に飲んじゃった?」
目を細めじっと見て来る。危険信号だ。
「好きです!」
「うん、だよね。それは何となく伝わる。でもそれは女としてなの?人間として?」
(だよねって!?)
即答できなかった。いまだ答えを決められずにこの場まで来てしまっている。
思わず腕組みをして考え込んでしまう。
「そう聞かれると難しいな。どっちもって感覚なんだけど・・・?」
「そうだよね。私も同じ」
日和った答えだとも思ったが、同じ思いらしい。
両思いという事は嬉しかったが、それ以上に何やら含みのある言い方。
次の言葉を警戒し、空のグラスから手を離し両手を膝に付く。
「翔太とはさ、なんやかんや年単位の付き合いじゃん?しかもここ最近はかなり濃い付き合いしさ」
「まぁ、だな。命がけだったし」
「それよ。クサイ言い方かも知れないけど、絆があると思うのさ、私達には」
「いや、わかる。言いたい事が分かってきた。もう友情とか恋愛とか超越しちゃった感じあるよな」
「ね。辛い事もあるけどさ、こんな絆を得られるなんて、たぶん他の人には無い私達だけの一番の宝物だよね。一生大切にしたい」
須藤は笑顔で真っ直ぐに見つめて来る。
心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。
(つまりは『このままの関係でいましょう』という事か)
知人、同僚、友人、恋人、そのどれにも当て嵌めれないくせに、そのどれより強固な絆ができてしまっていた。
「うん。これからもよろしくな、相棒」
「ふへっ、こちらこそだよ相棒」
晴れやかな笑顔の須藤を見て、つられて笑う。
唯一無二の縁を得た。
結論は出た。
もう悩む必要も無い。
しかしなんだか心に靄がかかったように晴れない。間違いなく嬉しいはずなのに。こんな自分でも他人に一番と言ってもらえたのに。
その気持ちを引き摺ったまま、店を後にした。
須藤を車で家まで送ると、食後のコーヒーに誘われたので素直にお邪魔することにした。
いつもなら気にするような、土曜日の高い駐車料金も気にならなかった。
「いらっしゃーい」
「お邪魔しますー」
先に部屋に入っていた須藤に招き入れられる。
明るい所で見ると、ほのかに顔が赤くなっているような気もする。
相変わらず殺風景な部屋だが、たった今、ひとつだけ変わった所がある。外へと繋がる玄関のドアに、水族館で買ったペンギンのマグネットが貼られた。
小さくシンプルなそれは、シャツのワンポイントのようで可愛く見えた。
クッションに座ってカップを手に取る。
「美味え〜」
「良かったよ。今日のはいいやつなんだ」
具体的にどう違うか聞かれると困るが、確かに今まで飲んだ物よりも更に美味しい気がした。
すっきりとした味わいは、張っていた胃を少し落ち着かせてくれたような気もする。
「凛ちゃんのお迎えは、何時に出れば間に合うの?」
「正確には決まってない。バスも無い時間って言ってたくらいだから、まだだと思うけど」
ちらりと時計を見ると、すでに遅い時間には違いない。
スマホを開くもメッセージは無い。
その時、タイミング良くメッセージが入ったが、凛ではなかった。
表示された名前は『須藤玲奈』
メッセージを開くと謎の数字。
考えても何も思い当たらない数字に頭を捻り、目の前のメッセージの主を見る。
「・・・?」
「それ、ここの暗証番号ね。あとこれ」
そう言ってカードを渡される。これは見た事がある、この部屋に入るためのカードキーだ。
「くれるの?俺に?」
「他に誰がいるのさ。好きな時に来なよ。私がいない時でも入っていいからさ」
「ぇえ〜、警戒心とか無いのかよ」
「なんで今更!さっきあんな話したのに!」
そう言って少し照れている。
(さっきあんな話・・・?)
相棒というのは須藤にとってそんなにも全てを許せる存在なのだろうか。気持ちの面で支えになっているのは分かるが。
(だがそれと物理的な距離感はまた別物のような。いや待て!この噛み合わない感じは前にもあった。たぶんまた、どこかですれ違っている)
「なぁ玲奈、この絆が宝物って言ってたけどさ。無事に全てが終わって日常を取り戻せたらどうする?」
「んー、それは私もたくさん考えたけどさあ。今言っちゃうの?」
「頼む、玲奈。お前の本心が知りたい」
「うっ、だからそのキリッてやるやつズルいってぇ。そのー、全て終わってもさ、私と一緒にいてくれるんでしょ?」
「俺はそう望んでる」
「うん、私も。じゃあやっぱりさ・・・結婚でも、する?」
「けっ・・・!?」
顔を真っ赤にしている。これは酒のせいではないだろう。
相馬の顔を窺ったり、目を逸らしたりと落ち着きが無い。
これだ。
頭が真っ白になった。
全てを理解した。
「お前は〜〜〜!!!紛らわしいわ!」
「えっ、なになになに!?」
須藤は驚いている。それはそうだ、本人の中では何の滞りなく話が進んでいたのだ。相馬の気持ちなど知る由もなく、勘違いによって。
そして今、相馬はようやく理解した。
つまり『相棒』は『恋人』よりも上位の存在にあるらしい。
つまり『恋人は相棒に含まれる』ということか。
二人で相棒としての絆を確かめ合った。
確かに「一生大切にしたい」とも言った。
あの瞬間、二人の関係は決定付けられたのだ。須藤の中では。
「あ!やっぱり騙した!?キリッってやったもんねえ!?」
「騙されたのはこっちだよ!振られたと思ってたわ!相棒って恋人とは違うだろ意味合い的に!」
「んなっ!じゃあ結婚しないの?」
「それはしてくれよ!!」
「・・・・」
「・・・・」
気が付くと言い合いのようにプロポーズをしていた。
自覚すると急に恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。
「ふっ、はははは」
「笑いすぎだよ」
「だって、あまりにも意味わからなくない?」
「はは、確かにな」
格好のつかないプロポーズ。他人には理解されないような、言葉にできない、恋人とはまた少し変わった関係。
でも悪い気分では無かった。むしろ最高の気分だった。
「はぁー、なんか疲れたな」
「誰のせいよ」
「俺ではないだろ・・・玲奈がまた暴走するから」
「暴走って!うーん、したのかなあ?一応昨日から考えて、結論は出てたんだけどなぁ」
「そうなの!?」
「え、うん。今日はっきりしようって」
唯一無二の理解者を得たはずだが、どうやらまだまだ正確な以心伝心には程遠く、お互い歩み寄っていく余地があるようだ。でもそれも楽しそうだと思ってしまう。
告白もうまくいかなかった。いつかちゃんと言葉にして伝えようと思う。あの悪夢が終わったら。
「まぁ、ここからゆっくりやっていけばいいか」
「ふへ、そうだよ。よろしくね」




