063 デート
あっという間に決戦の日はやってきた。
土曜日。天候は晴れ。視界良好。
すでに石上から車を預かり、準備も万端。
車は夜以外も自由に使っていいとのことで、心強い今日の相棒だ。
石上湊はキーと共に、封筒を差し出してきたが、それは拒否した。
こちらも私用で使わせてもらうのだ。これ以上何かを貰うわけにはいかない。
「珍しいな、何に使うんだ?」と聞かれたが、答えるわけにもいかない。
車はホワイトパールのコンパクトな輸入車。
コンパクトとはいえ、やはり会社経営者の車は一味違う。
会社のバンとは何もかもが違う。
ウインカーを出したつもりが、ワイパーが動き出すくらいには違う。
珍しく早めに出かける準備をしていた事が幸いし、出発前に操作をおさらいできた。
須藤のマンションの前に車を停める。ハザードを点滅させると、一定のリズムがまるで心電図のようだ。
きっと今の脈拍の早さはこんなものでは済まされないだろうけども。
到着のメッセージを送ると、数秒で返事が来た。
思ったよりもすぐに自動ドアが開くと、待ち合わせの人物が出てきた。
すぐに車に気付き、ドアが開かれる。
「お邪魔しまーす。聞いてたとはいえ本当に車なんだね。運転よろしくー」
「はい、本日は相馬交通をご利用いただきあひがとうございます。運転手は私相馬がつとみゃ・・・!」
「ぶはっ!噛んだ!」
渾身の掴みを噛んだ。緊張を紛らわせるために考え抜いた必殺の掴み。
いつも通りを心がけ、何度も脳内でシミュレーションしてきていたが、実際に本人を前にするとイメージ通りには振る舞えない。
夢の中でも、仕事でもない姿の同僚は、いつものシンプルで機能的な格好ではない。
タイトなスカートはスタイルの良さを際立たせ、髪型も少しアレンジしてある。機能ではなくファッションに特化させるとここまで違うものか。
(こいつのポテンシャルを見誤った!なんというか、普通に超可愛い!可愛い方なのは知っていたつもりだったけど、ここまでだったか!?)
動揺がバレないよう運転に集中してるフリをして、無言で車を発進させる。
隣の席の人物はまだ笑っていた。本意では無いが、掴みとしては成功しているのかも知れない。
「今のは一生イジれるわぁ。石上くんにも言いたいなぁ」
「やめろやめろ!自分の車でそんな地獄が誕生したなんて知らせてやるな!」
「凛ちゃんなら?」
「なんで妹なら良いと思った?ダメだろ!」
石上から車を預かっている事と、夜遅くに凛を迎えに行く事はすでに連絡してあった。
その話をすると『了解』の文字が付いたゆるいクマのスタンプが返ってきた。どういう感情かはわからない。
須藤は機嫌良さそうに外を眺めている。普段ほぼ車を使わないので、駅から遠い場所はいまだに目新しいようだ。
目を引かれたものを指差ししては、子供のように質問を繰り返している。
相馬は仕事でよく車を使うが、プライベートでは皆無。仕事に関係ないものはほとんど分からないので、答えられない物がほとんどだ。
しかしそんなささいなやりとりをしているうちに、いつもの調子が戻ってくる。
「で、なんで水族館?」
須藤は窓から相馬に視線を移して、前日から抱いていた疑問を問いかける。
正直、場所にこだわりなんて無かったが、色恋に興味無さそうな同僚が、何を考えているかには興味があった。
車線の多い混雑した道を余裕で運転する姿は、普段運転しない須藤の目にはやけに大人に映る。
「なんでって、おもしろいじゃん。天気悪くても問題ないし。食事もできるし」
「わぁ合理的」
嘘だった。以前に須藤が動物園と水族館と言っていた事を、しっかり記憶しているからできる選択。
真っ先にその場所をあげるからには好きなのだろう。
そして自分は水族館が好きだ。二人とも好きなら間違いないだろう。
(玲奈も楽しみにしてくれてればいいが・・・)
「楽しみだな〜。いつぶりだろ〜」
楽しみらしい。聞くまでも無かった。
語尾に音符でも付いていそうな、歌うようなリズミカルな独り言。
水族館に近付くにつれ、道は混み、嫌な予感がしたが何とか駐車場に車を停める事ができた。
「ぉお〜、近くで見ると大きいねぇ!テンション上がってきた〜」
「テーマパークに来たみたいだろ」
「水族館をテーマパークに例えることある?」
「いや、なんでもないです・・・」
地域最大級の水族館は、遠方からの来客も多く年中賑わっている。巨大な水槽やトンネル、ショーが人気だ。
チケットを買い、入場する。
ゲートをくぐると、薄暗く幻想的な雰囲気に包まれる。
細長い通路の天井は水槽になっており、そこから注ぐ光がキラキラと見上げる人の顔を照らす。
「すっご・・・きれい」
「本当になー・・・」
須藤はそこから進んで大きな水槽の前に来ると、至近距離まで行き、端から端まで歩いてじっくり中の様子を観察している。
相馬はそれを少し離れた位置から観察する。
(楽しんでるってことでいいんだよな?)
その後も深海に住む生き物や、軟体動物に目を奪われる須藤の姿を楽しんだ。
さまざまな美しい展示や、迫力あるショーそっちのけで、それに目を輝かせる隣の人物を見る事に夢中になってしまっているが、本人に自覚は無い。
薄暗かった建物から外に出ると、夕陽が目に突き刺さるように眩しい。風に乗って潮風が運ばれて来る。
見えないが、海が近いらしい。
「いや〜、楽しんだね!最高だったー」
「本当にな。うわ、もうこんな時間か」
街へ戻る車内では、須藤の水族館トークが止まらなかった。こんなに話す姿を見るのは初めてかも知れない。まだ目が輝いている。
気合いを入れて臨んだデートだったが、始まってしまえば、仲の良い友人として自然体で過ごす事ができたように思う。
「楽しい時間ってのはあっと言う間だね。もう夜になるのかー。でも良かったね、予定があるおかげで夜のプラン考えずに済んでさ、それとも残念だった?」
「夜・・・?おまっ、ばっか!」
「ふへっ、初心だねぇ意外と」
2人きりで、こんな場面だというのにいつもの調子でからかってくる姿に安堵してしまう。
何か関係が変わる日になるかと思っていたが、そんな雰囲気も無く、気の置けない友人と過ごしたが悔いはない。
最後の目的地でもあるレストランの駐車場に車を停める。
店内は暖色系の暖かな明かりに照らされ、落ち着いたBGMが控えめに流れている。
店員に案内され、引かれた椅子に腰を下ろす。
「おっしゃれ〜」
席に着き、店員が席を離れると須藤は店内を見回している。
相馬も決して慣れてはいないが、自分で選んだ以上は虚勢でも胸を張るしかない。
自分で選んだとは言っても、凛に良さげな店をいくつか教えてもらい、その中から選んだ。
メニューを見ると、肉とワインに自信があるようで、プッシュされている。
思わず頼もうかとおもったが、車で来たことを思い出した。
「なんか悪いね。私だけ飲んで」
「いや、誰も飲まない方が失礼だろ。見ろよこの『ワインと合わせてください!』ってメニューの圧」
「ふへ、本当だ」
「なんか玲奈がワインってイメージないな」
「だね。実際お店で飲むなんて、ほぼ初めてだしなぁ」
「大丈夫なのかよ・・・」
料理は自慢の肉料理とやらを何品かと、肉ばかりの罪悪感を薄めるためにサラダも注文しておいた。
料理の皿が置かれ終わるのを待ち、グラスを合わせる。
チラリと時計を見る。
食事は始まったばかりだが、この時間も残り少しだと思うと少し寂しい気がした。




