062 タケさん
「あー・・・夢ね。はいはい」
場所はアーケード。もちろん夢の中だ。
食事をした蕎麦屋に意識を引っ張られたのだろう。
スマホを確認すると、凜からのメッセージが入っていた。
話があるそうで、駅前での待ち合わせを指定された。
(なんでこの兄妹は用件を先に言わないんだ)
しかし妹の方の用件はだいたい予想できる。
何の心配をすることもなく駅へと向かうと、やはりひと際目を引く存在の彼女がいた。
「おーい、お疲れさまー」
手を挙げて近付くと、深々と頭を下げてから駆け足で歩み寄ってきた。
そして再び頭を下げる。何度も下げるので風に乗って良い香りが運ばれてきたが、口には出さない。
「今日は兄と私が大変無茶なお願いをしてしまい誠に・・・」
「あー、待って。大丈夫だから。俺も嫌ならちゃんと断れるタイプだし」
「ありがとうございますぅぅ!」
事情を聞くと、凜が一番好きで尊敬してやまない監督の映画のエキストラに応募したところ、幸運にも当選したらしい。
問題なのは時間が遅く、帰りの交通機関がタクシーしかないということ。
場所も駅から離れ、正確に終わる時間も不明なので、タクシーも難しい。
「それと運よく待機してくれるタクシーがいたとしても、お兄ちゃんが遅い時間のタクシーを嫌がるんです・・・ワガママ兄妹ですみません」
「いや、次の日休みだし全然大丈夫だから。しかしそういうのってバスとか出ないんだ」
「出るときもありますよ。でも参加条件に現地集合解散が入っている事も多いですねー」
「いつもなら諦めるんですけど、あの監督の現場だけは、ファンとして一生に一度は拝みたくて・・・!すみません!」
石上も説得に苦労したのだろう。少し話しただけでも相当な熱量を感じる。いつもなら「縁がなかったんですよ」とでも言って諦めそうなものだが、今回ばかりは他人に頼ってでも行きたいらしい。きっと迎えの都合がつかなければ、歩いて帰って来るつもりだ。
「いやぁ、本当助かります。このご恩は一生忘れません。私にできる事なら何でもしますので言ってくださいね」
「・・・あまり安易にそういうことは言わない方が」
不思議そうな顔をする凜に、石上の苦労も少しは分かるような気がした。
「あ!そういえばリーダーに2つ報告が。話が短い方と長い方どちらから聞きますか?」
「良い方と悪い方じゃないパターンあるんだ。じゃあ短い方からお願い」
人通りもそれなりにあるので、端に寄って近くの柵へ寄りかかる。鉄の感触が冷たい。
年甲斐も無く、だらしない格好のようにも思ったが、隣で凛も同じように寄りかかった。
「はい。西岡オフィスの件は今のところ、ニュースになっていないです。今は透くんが会社の事後対応に当たっています。警察も動いてて、西岡社長が自宅で発見されて、亡くなっていたのは確定したらしいんですけど・・・」
「そうか、やっぱり本当に死ぬんだな」
「はい・・・。それで、それ以上の事はまだ。透くんは大変だけど、世間の注目は全く無いですね」
「んー、伊藤と張本がまだ見つかっていないのかもな。1人亡くなったくらいじゃそんなに騒がれないだろうし」
「ですね。で、長い方の話です」
凛は小さなバッグからスマホを取り出して、何度かタップする。真剣な目で画面を追っていき、指が止まると顔を上げた。
「これです」と向けられた画面はネットニュースの記事だった。なぜか、そのページそのものではなく、スクリーンショット。短い記事だが、羅列された文字を追っていく。
社長の原因不明の死。新井武臣(39)男性。
自宅には謎の薬物。違法な成分は検出されないが、出所は不明。
会社は上場の準備に入っていたが、実現は絶望的か。
過去に社内で行方不明者が複数。
「新井武臣?タケオミ・・・これ、タケさん!?」
「はい、そうです。玲奈さんからフルネームを聞きました。ネットで検索しても、この記事どころか、事件に関する事は何も出てきませんでした。これも人から貰った画像です。会社も異例のスピードで処理されているようで、今は大きな会社に吸収されて、従業員がどうなったかまでは追い切れていないです」
「すげえな凛、探偵かよ」
「いえいえ、ほとんど分からないって事が分かったっていうだけで、これからまだ調べますけどね」
苦笑いを浮かべる凛。謙遜ではなく、本気で力不足を感じている。
「しかしこのニュースだけ見ても、上場予定の会社の代表が不審死して、薬だの行方不明だのってテレビで騒がれてもいいレベルの話じゃないか?」
「そうなんですよ。なのに今のところ、テレビで取り扱った記録もなくて」
西岡と一緒にいた、あの女の顔が思い浮かぶ。
現実でも裏から手を回すくらいの力を持っているのだろうか。得体の知れないあの雰囲気、無くはない。
「タマキさん、ですかね」
「俺も同じ事考えてたよ。それか、まだ会ったことのない適応したやつってことか」
「何人いるんですかね、タケさんのように味方に付いてくれる人がいたら良かったんですが」
その気持ちは分かるが、相馬はタケさんの事も信用してはいない。
須藤は初めから相馬達よりもこの世界の事を知っていた。
だが、タケさんがタマキと似た存在だとすると、あまりに須藤に授けた知識が少なくはないだろうか。
そして、タマキが言っていた『タケはこっちの人と繋がりまくっていた』と、須藤が言った『1人しか会ったことがない』という言葉。矛盾しているように感じる。
自分達のような意識ある人間を他にも知っているなら、須藤に会わせなかったのはなぜだ?
いずれは話すつもりでいたが、その前に殺されたとも考えられる。
しかし夢の中で殺され、怯える須藤を見ているはずなのに、すぐそうしなかった理由はあるか?
自分だったら仲間を力を合わせて、解決に努める。今まさにそうしているように。
「翔太さん?」
「あ、ごめん。考え事してた」
「あは、なんか分からなくなっちゃいましたよね。とりあえず玲奈さんにもさっきの話はしておきますね」
「あー、うん。ごめん、辛い話かも知れないけどよろしくな」
「いいんですよ。私がそうしたいんです。私の役目ですからね」
誇らしげに自分の胸を叩く凛。
夢で出会った頃の、落ち込んでいた須藤を思い出して胸が痛むが、凛が責任を待って最後までやると決めたのだ。自分が理解者ヅラで出しゃばるのも違うと感じた。
「ありがとうな。頼りにしてる」




