061 真面目な話
夢から覚めた。
デートの約束を取り付ける事に成功した。
「夢じゃ無いよな・・・いや夢か。夢だけど、夢じゃなかった?ややこしいな」
しかしこれで勝利が確定したわけでは無い。あくまで土俵に上がっただけだ。
こんな事するなんて自分らしく無いとは思う。凛の影響を受けてしまったのかも知れない。
凛は「ごろごろにゃーん」と言っていたが、猫は気まぐれなのだ。何を考えているかなんて分からない。
(とりあえず仕事行くかぁ〜)
大きく背伸びをしてベッドから起き上がり、今日という1日をスタートさせた。
会社に着くと石上に捕まった。
凛では無い、兄の方だ。
「よぉ、今日の帰り時間くれよ。話がある」
「あ、ああ、いいよ」
心臓が飛び跳ねた。用件の分からない呼び出しは苦手だ。悪い想像ばかりしてしまう。
自分が女だったらイケメンからの意味深な呼び出しに、頬を赤らめ、期待に胸を膨らませたのかも知れない。だがそんな趣味も胸もない。
とりあえずいつも通り外回りをして、昼はコンビニでパンを買って食べた。パンとコーヒーだけで何でこんなにするんだと思いながらも、スマホをレジ横の機械に翳す。
夕方になると会社に戻り、新規案件を上司に報告。退勤。
細部は違えどコピー&ペーストのように毎日の業務をこなす。
退勤時間になると石上からメッセージが入っていた。
呼び出されたのは近くの蕎麦屋。いつものアーケードの中にあるその店は、以前はよく石上と通っていた。
夜は飲み屋としても使えるその店は、個室もあり密談をするにはもってこいだ。
足取り重く、早速向かおうと営業課のある部屋を出る。
廊下を歩いていると、あまりにも見慣れた顔がいた。
「あ、おつかれー」
「あ、お疲れー・・・須藤、さん」
「ふへ、名前で呼べないからって。『さん』なんて前から付けてなかったでしょ」
「もう俺には距離感が分かんねえんだよ・・・」
「お、なんか心に余裕が無いな?」
図星である。今は石上の事で頭がいっぱいだ。
呼び出しが無ければ、須藤の事ばかり考えてしまっていただろう。デートとやらはどこに行くかも決めていない。本当はそちらに頭を使いたかった。
しかし朝の石上の様子を見るに、良い話では無い気がしていた。気になるのは仕方がない。
「ちょっと石上の事で頭がいっぱいで。なんか呼び出された」
「凛?湊?」
「湊」
「・・・・・っ!三股!?」
「帰れー!!」
「ふへっ、冗談だよ。何の話だろうねぇ。まさかとは思うけど凛ちゃん?」
三股というボケはスルーしておく。三人とは誰の話だ。
察しはつくが、今はそこに言及している場合では無かった。
凛の話という予想は、一番初めに思い浮かんだ。
やはりどこかで一緒にいる所を見られたということだろうか。
妹に近付く悪い虫を、追い払おうという事なのだろうか。そして追い払われるだけで済むのだろうか。
「とりあえず、行ってくるわー」
「気を付けてねぇ」
手を振って別方向へと歩みを進める。
人通りは多い。
自分と同じくスーツを着た人も多い。帰宅ラッシュというやつなのだろう。
数分で指定の店に到着した。現代的なアーケードの中において、木造丸出しの古風なデザインに、漢字で店名が描かれた暖簾のある引き戸、いかにも和風な建物は周囲からやや浮いている。
相馬はいかにも蕎麦屋というその雰囲気が好きだ。
暖簾を手でよけてくぐり、店員に待ち合わせだと伝える。小さく、優しそうなお婆さんは席に案内してくれた。この店の女将さんなのだろう。
小上がりに案内されると石上が座っていた。
「よう」と片手を上げてくるが、視線はもう一方の手に持ったメニューから離さない。
個室では無い事に安堵して、靴を脱いで上がり、胡座をかく。
「ほら、好きなの頼め」
「おごりなんスか?」
「ああ、酒は?」
「それはいいや」
メニューを渡され、短く言葉を交わす。
天ぷらとざる蕎麦のセットを注文する。石上も同じものを注文した。
料理が届くまでの間は仕事の話をした。上司の愚痴や、会社の無理な方針への愚痴、同僚への愚痴。
愚痴ばかりだが、空気は悪く無い。昔からの悪友のように、悪態をついているだけだ。須藤がいるとまた違うが、石上と2人きりだといつもこういう感じになる。
料理が届き、黙々と口に運ぶ。
久々に食べたが、間違いなく満足できる好みの味
そのうちに、石上がいよいよ言い辛そうに口を開く。
「あー、その、なんだ。妹のことなんだが」
「!!!」
本当に凛の話をして来た。朝に捕まった時より更に大きく心臓が飛び跳ねる。なんなら口から出て来そうだ。
なぜ石上が妹の話をして来るのか、夢の事さえ知らなければ、接点なんて思いつかないサラリーマンと女子大生。家も職場もそれほど近いというわけでも無い。
「妹さんが、どうしたあ?」
知らぬふりにも限界がある。とにかく目を合わせては駄目だと思った。
「妹をな、頼みたいんだ」
(急に!?お義兄さん!?僕達まだご飯に行っただけなんですけど!)
「そそ、それはー、どういう?」
「妹が映画のイベント?ロケ?に参加するんだが、その帰りの足がないから迎えに行って欲しい。行きは日中だからどうとでもできるんだが。あ、車はうちの使ってくれ」
「はぁ、別にいいけど」
「返事早いな!まだちゃんと説明してないがいいのか」
「はぁ、別にいいけど」
「助かる!」と言って今日初めて笑顔を見せる石上。
並大抵の人間なら、この笑顔で何でもいう事を聞いてしまうのではないのだろうか。
「お前、そんな事を、そんな思い詰めた顔で」
「いや別に思い詰めてはいない。妹のワガママを他人に頼むなんで気まず過ぎるから言い出し辛かっただけだ」
(全然他人じゃねえんだ。他人のフリは続けさせてもらうが)
「逆に妹さんはいいのか?俺が行って」
「ああ、会社の人に頼むと言ったら『迷惑だから止めて』って抵抗してたが、同期に頼むって言った途端大人しくなった」
(がっつり知り合いだからな)
「それでいつ?」
「今週の土曜日、急だけどいけるか?」
「ohー・・・まぁ、大丈夫」
石上もよく知る同期とのデートがあるとは言えなかった。石上の方は夜遅いようだし、何とかなるだろう。断じて二股ではない。
詳しい場所や、車を使う段取りを打ち合わせてから解散した。
帰りの足取りは軽かった。ストレスからの解放。晩飯代も浮いたうえに豪華になったから満足だ。
深夜にタクシー代わりに使われるのは、今考えると少し面倒ではある。
しかし兄が妹を心配するように、リーダーが仲間を心配するのも同じ事だ。無関係ではない。
朝からの心のつかえも無くなり、今日もよく眠れそうだ。




