059 ピザとパスタとメッセージ
凛の話によると、石上湊の父は不幸な事故によって亡くなっていた。
凛が生まれる前の話なので、もちろん記憶は無い。
その父は会社を立ち上げ、若くして成功を収めていたらしい。
亡くなってからは、その部下が引き継いでいるという。
湊が大人になり、いずれはその会社の社長に、という話もあったが、湊はその話を蹴った。
そしてなぜか今の平凡な会社の末端として働いている。
「この街はその父の故郷なんです。お兄ちゃんから絶対にその話は出ないですけど、それでこの街に来たのかなって」
「そう、なのか。聞いてよかったのか?」
「全然!よくある話じゃ無いですかー」
「ある、かあ・・・?」
相馬のリアクションに笑っている。
幼かった頃の話だ。凛にはその記憶すら無い。
こうして日常会話の話題にできるくらいには、気にしていないのだろう。
唯一の気掛かりは、兄もそうだとは限らないということ。だから意味も無く、自らこの話をする事は無い。
「ちなみに今の父との仲も良好ですからね」
「それは良かった。凛はなんで都会から今の学校に?」
「あ〜、実は、その父の会社を引き継いだのが今の父で。お兄ちゃんがあんなだから、あっちにいると今度は私に白羽の矢が立っちゃうんですよ」
「な、なるほど。住む世界が違いすぎる。そんな話本当にあるんだな」
話を聞いて、車や豪華マンションの事に合点がいった。
やはり御曹司には違いなかった。ただ、苦労も多かったろう。この兄妹の距離感がやけに近いように感じたのは、そういう生い立ちによるものもあるのかも知れない。
「私の話はいいから翔太さんの話もしてくださいよー。玲奈さんとはどうなんです?」
「う、なんでそこで玲奈が出て来るんだよ」
「それは翔太さんが1番分かってるじゃないですか?」
「とてもいい同僚です」
口にピザを詰め込む。大人気ないとは思うが、そんなことを聞かれたところで、自分にだって分からないのだ。
「えー」と抗議の声が聞こえるが、気にしない。
しかし、諦めてはくれないようだ。やはり年頃の女の子はそういう話が好きなのだろうか。先程までとは目の輝きが違った。
「お似合いに見えるんですけどねー」
「あのね凛。玲奈はあれで会社のアイドルみたいな所あるの。不可侵なの。それが俺みたいな冴えない男となんて」
「それこそ翔太さんだからですよ。確かにやる気の無い時は目は死んでますし、冷たいと思った時もありました」
「え、褒められる感じでディスが続く感じ?」
「まだ途中です。でも、冷たいのは嫌われてでも正解を、ベストを出そうと頑張ってるんだなって。自分の言葉には必ず責任を持つし、カッコいいですよ!」
ストレートに褒められて、かなりむず痒い。
意味も無く、グラスの氷をストローで回してしまう。
この光景は他人の手で最近見た。
「信用できるんですよね。つい頼りたくなると言いますか。あの玲奈さんが信頼してるのも頷けます」
「あのってどの・・・」
「玲奈さんって、ほぼ野良猫じゃないですか。可愛いし、愛嬌もある。でも警戒心はめっちゃ強い!ある程度までは許してくれるけど、肝心な所で近付いてくれない!」
「ぁあ、なんか分かるかも」
「その玲奈さんが完全にごろごろにゃーんしてるんですよ。すごい事です」
(ごろごろにゃーん・・・?)
この場に須藤がいたら、顔を真っ赤にして引っ掻いて来そうだと思った。もちろん相馬を。
凛の言う事は的を射ている。須藤を口説こうとした男は何人もいた。
しかし、何度挑戦しても愛想良く、煙に巻かれるようにいつの間にかかわされる。
そうしていつの日にか挑戦者達の心は折れ、最近では挑戦する者もいなくなった。
信頼は嬉しい。だが今の相馬にそれに応えられるだろうか。ましてや恋愛に繋げていいものなのか。
救うつもりが、もう幾度となく救われている。
何かあった時には、自分よりも須藤の方が優先順位が高い。
何かあれば、自分の全てを使ってもいいと思っている。
こんな事を言えば確実に怒られ、縁を切られる可能性すらあるので絶対にバレるわけにはいかない。
「・・・まぁ、前向きに検討するよ」
「本当ですか!?聞きましたからね!」
嬉しそうに凛の表情がパッと華やぐ。
凛の期待は分かる。色恋沙汰なんて、こんな状況じゃなければ、真っ先に考えていただろう。
でも今は恩人でもあり、仲間でもある須藤をそういう目で見ていいのかと、心がブレーキをかけるのだ。
考えれば考えるほど、自分が1番したい事が分からなくなっていく。
考えすぎて力んでしまい、眉間に皺が寄っている気がして思考を一時停止する。
前を向くと、なぜか凛の表情も曇っていた。
「勝手言ってすみません。よく考えたら玲奈さんに気持ちを聞いたわけではないので、私の思い込みだったら」
「き、急に不安にさせて来る・・・!」
「その時は、私とまたご飯でも行きましょうね」
「はは、どっちに転んでもハッピーエンドでありがてえや」
そこからも他愛無いで盛り上がった。こんな事でもなければ交わらなかった2人。
今は年齢や立場の垣根を越えて同じ時間を共有できる。
「ご馳走になっちゃてすみません。ありがとうございます」
深く頭を下げた後頭部を久々に見た。
「全然いいよ。大人だからな。奢られっぱなしが気になるなら出世払いで」
「はい!任せてください!・・・あれ?」
頭をあげてゴソゴソと小さなバッグの中をまさぐる。
取り出されたスマホは振動しているようだ。
「すみません」と言って電話に出る。
「もしもし、玲奈さんこんばんはー。どうしました?」
「いっ!?」
別にやましい事は無いはずだが、さっきの話のせいで、思わず全身に緊張が走る。
もちろんスマホの向こうにいるはずの、須藤の声は聞こえない。
「そうなんですね。今ちょうど翔太さんといたんですよー」
(言うんだ!?いや、おかしくはないか)
「ええ、はい。ご飯食べてました。いえ、2人でですよ。今度は玲奈さんも行きましょうねー」
凛が画面をタップして向き直る。
「なんか今度話があるって言ってましたよ」
「そう・・・ありがとう」
「じゃあ帰りましょうか!またごはん行きましょうね!」
すらりと長い腕を子供のように振って、人混みに消えていく凛。小さく手を振り返す。無邪気な笑顔が眩しかった。
その時、ポケットの中のスマホが短く振動した。
いつも通り片手を潜り込ませ、メッセージの通知をタップする。
『今夜、夢の喫茶店で待たれたし』
「ぁあ・・・またこれか」
思わず天を仰ぐ、相変わらず視界は狭く、大して星も見えなかった。




