057 裏話〜適応した者達〜
長谷川環は軽い足取りで歩いている。
鼻歌混じりに、時折ダンスのようにステップを交え、まるでミュージカルの演者のよう。
利用者を失い、ほとんど廃ビルとなっている鉄筋造りの建物の中を進む。
暗いビルには、地面を叩くヒールの音がやけに響く。
階段を上がり、最上階に。
周囲の明かりが所々に差す廊下を進み、突き当たりの部屋のドアを声をかけずに勢いよく開く。
瞬間、すぐ横の壁に突き刺さる鋭利なナイフ。
「何の用だ、タマキ」
「やだぁ〜、これで死んじゃったらどうすんのさ」
ドアの正面、部屋の奥に置かれた革製のソファに座っているのは、長く黒いトレンチコートに、ハットを被った大男。
長谷川をタマキと呼ぶが、親しいわけでは無い。そもそも普段から女が使う名前は『タマキ』のみ。長谷川というのは、西岡の元で使うだけの偽名である。
タマキというのも、本名なのか知る者はいない。
タマキは壁からナイフを引っこ抜き、地面に投げ捨てる。
金属音が高く響いた。
「オフィス無くなっちゃった。暇なのよ。最近どう?気になる能力知らない?」
「ほう、お前にしては熱を入れていたように見えたがな。能力は、知っていてもお前には教えん」
「え〜!ケチケチケチ!こっちは良い事教えてあげようと思って来たのに!」
「聞こう」
西岡のような傲慢さでは無いが、それでも不遜に見える男の態度。交換条件という言葉は頭に無いらしい。
「アタシは興味ないから良いけどさぁー。タケの知り合いっぽい女の子見つけたよ」
「ほう、では殺しに行く。場所はどこだ」
「あっはっは!決断はえー!いいんだけどさぁ。場所は何個か候補があるからよく聞きなー」
聞いた場所を頭の中に刻む。メモは取らない。
「何を考えている。お前の駒にしなくていいのか」
「うーん、能力無さそうだしいっかな。タケの元から散った能力者はまだいるしね。それより目障りだから殺して欲しいな〜って!ついでに一緒にいるやつらもね。良いでしょ?」
男は必要な情報を聞き、目の前のタマキに興味が無くなったのか、反応しなくなる。
その女の取り巻きについて話しているようだが、自分が関心があるのは一部の人間のみ。
関係の無い殺しまではする気がない。
「その一緒にいる男は、アンタともやり合った事あるやつだよ」
その言葉に微かに男の眉が動く。
自分とやり合って生きていた者なんて数える程しかいない。
「しかも2回も」
「あの男か・・・!」
この日初めて感情のこもった声。心当たりの人物が浮かんだ。
公園で2度戦った男。仕留め損ねている。
能力自体は今までも屠ってきた事のある、運動能力を高めたタイプ。
しかし、あの男はそれだけでは無い何かがあった。
運動能力だけなら、自分の方が上だと言う自負がある。
何度も叩き、殴り、投げても立ち上がってきたあの男。
あの男ならば、確かに自分の敵だ。
「あいつもこの世界にいてはならない。殺す」
「良かった良かった!気に入ってくれたみたいだねー!じゃあ後はよろしくね、ハウザー」
男の名前を呼んだはずだが、答えは無い。
先程と変わらず座っているだけだが、相馬の話をした時から、内なる爆発しそうなエネルギーを抑えているように感じる。
すでにタマキは眼中に無いようだ。
タマキも、用が済んだとばかりに部屋を後にした。
(さて、ショータくん達は生き残れるかしらねぇ〜)
相変わらず足取りは軽い。
もう1人会っておきたい人物がいるが、どこで会えるかは見当も付かない。
(ま、そのうち出てくるでしょ。無関係ではいられないんだから)
目の前には誰もいないが、まだ見ぬ標的を思い、その瞳は爛々と輝いていた。




