055 見慣れた部屋にて
目を開くと自分の部屋だった。目の前には見慣れた壁。
何か夢を見ていたような気がするが気のせいだろうか。
だが新しい記憶は、ついさっきまでのスタジアムでの戦い。
体に痛みがある。途中で痛みは消えたはずだが、今は再び傷んでいる。
脚を触ってみるが、傷は無かった。
夢の中で背中に感じた温もりが無くなっている事に気付く。
痛みに耐えて寝返りを打ち、反対側を見ると、がらんとした自分の部屋。
「玲奈・・・?」
呟いた名前の主の姿は見えない。
しんと静まり返った部屋。帰ったのだろうか。
耳を澄ますと、かすかに水の音が聞こえる。
水の音が止み、数秒すると、タオルを片手にした須藤が部屋のドアを開けて現れた。
「あ、おはよう」
「ーっ!」
急いでベッドから体を起こし、駆け寄って正面から抱きしめる。
体の痛みなんて気にならなかった。
背中に腕を回し、しっかりと抱きしめると、須藤の髪が頬に当たり顔の横で重なる。
何でそうしたかは分からない。
窮地を乗り切った安心感か、起きた瞬間からある謎の喪失感のせいか、別の何かか。
西岡との戦いの中で、自分を救ってくれた温もりを、再び噛み締めるように力強く抱きしめる。
「もう、離さないからな・・・!」
「待って!なになになに!?なに!?」
耳元で囁かれた言葉を合図に、弾けるように離れる須藤。横を向いて顔を背け、髪で顔を隠しているが、髪の隙間から覗く耳は、真っ赤になっていた。
「あ・・・!違う!ごめん!現実をって意味で!」
「違うってのもどういうことよ!?」
それから二人で向かい合って座り、出されたコーヒーの香りでようやく落ち着いた。
須藤は両手で持ったカップで口元を隠し、目を細めて口撃をしてくる。
「さっきのは何ですかー?最近ちょっとくっつきすぎじゃないんですかー?翔太くんはアメリカ育ちかなんかですかー?」
「くっ、返す言葉もねえ・・・」
「だめでーす。返してくださーい」
「くっついて来るのはお前もだろう」と反論しかけたが、最後にどうせ負ける事は明らか。大人しくこの辱めを受け入れて、早く終わった方が良い。
だが須藤はどうやら、自分が優位なこの応酬が気に入ったようで、終わりが見えない。
思い切って話を変えてみる。
「意外と大丈夫そうで良かったよ。その、メンタルとか」
「そう、だね。ショックは大きいけど、色々ありすぎて感情の落とし所が分からなくなっちゃった。なんか久々に夢を見てたみたいな気分で、現実味がない」
「俺もそんな感じ」
それでもなんとか平静を保っていられるのは、お互いの存在が大きいだろう。泊まってもらって良かった。
それでも須藤の表情や仕草を見ると、全くの平気というわけではなさそうだった。
仕方のないことだ。目の前で人が三人も殺されている。
直接目にしたのは西岡だけとはいえ、自分の人生でそんな場面に直面するなんて、夢にも思わなかった。
何気なくテレビを付け、チャンネルを変えてみるが、どこも西岡に関するニュースはやっていない。
(さすがにまだ早いか)
「ねぇ、これからどうする?」
「そうだなー。とりあえずコートの男と話してみたいな」
「ぇえ、あれと?できんのかなぁ」
コーヒーを口に運んで、喋らずに、考えをまとめる時間を作る。
長谷川は須藤を、正確にはその能力を狙っている。
同業と言われていた、あの男もそうなのかも知れない。
ただあの男は、殺害予告をしている。その言葉が偽りで無いのなら、狙いは同じかも知れないが、目的は違う。
さらにタケさんが『あっち側』だということが分かった。
つまり須藤は、今存在が明らかになっている同業者とやらの全員と関わりがある。
(偶然ってことは無いだろうな)
「顔怖いよ、何考えてるの?」
「・・・なにも」
唇を尖らせ抗議を表明して来るが、まだ言うわけにはいかない。
なんでも話したい気持ちはあるが、無駄に怖がらせるのは違う。
「とりあえず玲奈の能力はトップシークレットってことで」
「そうだねぇ。私としては特別感無いし、何がすごいのか分からないけど」
「暗殺するなら最強だろ」
「それはそうかもねぇ。それと、まだ確実じゃ無いし、引かれそうで言わなかったんだけどー・・・」
そこまで言って言い淀む。目は泳ぎ、自分の指を絡めて玩んでいる。
「どうした?」
「あー、うん。私ね、たぶんその人の近くで起きるだけじゃなくて、その逆。自分の近くで起こせる、かも」
「なんだって?」
「凛ちゃんと合流するの私の役割じゃん。寝るタイミングなんて毎回合わせられないでしょ。今まで私が先に起きてしまっても、その近くで凛ちゃんも起きてたの。翔太をうちの地元で起こしたのも、たぶんそう」
完全に初耳だった。そして身に覚えがあった。全く知らない土地での目覚め。
今まで疑問に思わなかったが、考えてみれば確かにおかしい。待ち合わせをすれば、毎回確実に凛を連れてきてくれていた。任せっきりになっていたが、自分に同じ事ができるだろうか。いや、きっと100%という確率では無理だ。ましてや、他人を引き寄せるなんてー。
「タマキの言う応用ってそういう事か。確かにチートだ。俺の能力なんてカスに見える程に」
「ぇえ・・・そんなに。確かに危ない人が持ったらそうかも知れないけど、私だよ?」
「本人と俺らからすればそうなんだけどさ、あいつらからすれば喉から手が出る程ってやつなんじゃないかな」
今まで合流以外の意思を持たずに、あまりに自然にやっていた事で自覚は無かったが、あの世界においては覆しようのない優位な能力。場所や武器を使う等、やり方を工夫すれば本人の運動能力なんて関係ない。
「あ、ちなみタマキやコートの男にその能力使うなよ?俺達は付いていけないんだから」
「分かってるよー。怖くてやろうとしてもできないと思うけどね・・・近くで起こすのは?」
「それも今のところは無し。玲奈の能力を明かすわけにはいかない」
あの世界を恐れる事なく利用し、あの世界に適応しているという者。
それほどの人間が欲しがる須藤の能力。
何が起きているかは分からないが、いつの間にか沼に足を突っ込んでいるかのような感覚。
全てを無事に終わることができるのだろうかー。




