049 コロッセウム
「よし、夢だな。あんな状況でよく眠れたな俺」
意識を覚醒させると、西岡のオフィスがあるマンションの前に立っていた。
まだ陽は高く、天気もいい。スポーツをするにはもってこいだが、これから始まるのはそんな生易しいものではない。
スマホに届いたメッセージを見ると、須藤は凛を連れて間も無く到着するようだ。
眠る直前の事を思い返すと、少しむず痒いが、1人では無いと思わせてくれる妙な安心感がある。これが接触の効果なのだろうか。
しかしその反面、奇妙な関係性や、須藤の気持ち、自分の気持ち等々、気にかかる事も多すぎる。
でも今は一旦置いておくことにした。
まずこの難局を乗り越えない事には、明日が無い。
「ふぅー、大丈夫。大丈夫だ」
肺の空気を全て出すように大きく息を吐く。
自分に「大丈夫だ」と言い聞かせ集中力を高める。
目を瞑ってイメージする。体の動き、相手の動き、スタジアムの空気。
程なくして須藤と凛が合流する。
「お疲れ様です翔太さん。いよいよですね」
「ぁあ、よろしくな」
(玲奈とは本体?がまだ一緒にいるんだよな、変な感じ)
そう思いながら須藤を見ると目が合った。一瞬、口を微かに動かし、何か言うのかと思ったが、真剣な表情になると、一度だけ力強く頷いた。
前回までは、目の前の二人が無事でいてくれれば良いと思って戦ったが、今は自分も現実に帰りたい。帰ってあの日常へと戻りたい。
戻らなければ「おはよう」すら言えなくなる。
エレベーターで上がり、オフィスへ入る。部屋の中には三人しかいない。
西岡、長谷川、伊藤。
張本の姿が無いが、もう動き出しているのだろうか。
もちろん真壁の姿は無い。このような重要な局面でも存在を伏せておきたいようだ。
相馬達が入ってくるなり、長谷川が立ち上がった。
「分かっているとは思いますが、今から私達はあの男と決着を付けます。相馬氏は前回そうしたように、あの男をスタジアムへ誘導してください」
「スタジアム、ですか」
「はい、私達は先に行って待ってます。全員で取り囲んで討ち取ります」
嘘だろうなと思った。いや、嘘では無いのかも知れないが、細部は明かされていないだろう。
あの男を見た事がある人間なら分かる。大人数で囲んでどうにかなる相手では無い。囲んだ全員に戦闘能力が無ければ意味がない作戦。だがマトモに戦えるのは相馬、西岡、伊藤しかいない。そしてお互いに手の内を晒していないので、連携の取りようも無い。
必ず他にも何か用意があるはず。
「あの、私達は?」
「須藤さん、石上さんは私達とスタジアムで待機です。仕事があります」
最低限の情報しか与えられず、やはり作戦の全容は見えて来ない。長谷川がそれぞれに指示を出し終えると、口を閉じて背筋を伸ばし、西岡の方へ体を向けた。
最後に西岡が指揮を取る。
デスクをめいっぱい広げた掌で叩き、大袈裟な音を立てる。
「では早速動くぞ!相馬は今から20分後以降にあいつを連れて来い。早すぎても駄目だ、いいな!シュウは早速準備に取りかかれ!女性陣は私に続け!」
言うや否や大きな足跡を立てて部屋を出て行く。
すぐにその背中を長谷川が追う。
「翔太、死なないでね」
「無理しないでくださいね!」
須藤と凛は小走りで西岡達に付いて行った。二人にどんな役割が与えられるか予想のしようが無かったので、ここらへんの動きは計画に入れていない。
伊藤は部屋に残るようで、立って西岡達を見送るとその場から動かない。
「なんスか?早く動いたらどうスか?」
「言われなくても行くよ」
部屋を出る。一階まで降りて行くが、それ以上外には出ずに階段で待機する。
間も無く上から足音がしてきて、真壁が到着した。
「お待たせしました。ここまでは大丈夫そうですね」
「さすがにな。張本は予想通りだとして、伊藤はなんで残った?」
「聞いて無いですが、何か荷物を任されていたみたいですよ」
気にはなるが、中身が分からないのでは気にしようも無い。
「そうか、じゃあ俺達も時間を潰したら向かうか。俺は先に行く。頼りにしてるからな、透」
「はい、任せてください!」
マンションから外に出て走り出す。
速度は控えめに、目立たないようにスタジアムを目指す。
今日はあのコートの大男に用は無いのだ。むしろ現れてもらっては困る。
(さて、いよいよ決着だな)




