047 お泊り会
スタジアムを出た後、少し話をして、すぐに解散した。
今は自宅のベッドの上で現実を過ごしている。
作戦とは言ったが、そう呼べるほどの物では無く、話を聞いた須藤達の反応は「それだけ?」というもので不安そうにしていた。
相馬は寝転がったまま本番をイメージしていた。
目を閉じて、瞼の裏にスタジアムを思い浮かべる。
少しでも自分に有利な状況を探し出そうとするが、あの開けた場所では、自分の得意を活かすのは難しい。
スマホからメッセージの受信音がして思考を遮られる。スマホを開くと、ディスプレイにはメッセージを受信した通知。
『作戦が決まった。今夜必ず来なさい』
長谷川からだ。やはり行動が早い。
このトークグループには、相馬達三人と長谷川の計四人。
他のチームメンバーの連絡先は知らない。今は見放されているとはいえ、家族と謳っているにしては警戒心が強い。
『承知しました』とだけ返してスマホをベッドに放り投げる。
今夜、もしも敗北したら、おそらく二度と目を覚ます事は無いだろう。
リアルに想像すると寒気がした。なるべく平常心を心がけるが、時間が刻一刻と進んでいく時計を見る度に現実味が増していき、やはり怖い。
集合をかけて、夜まで皆でいようとも思ったが、凜が湊と出かける予定があると言っていたのを思い出してやめておいた。
もし最後の1日になるとしたら、家族と過ごせて良かったなとも思う。兄の事がかなり好きなようだし。
そう縁起でもない事を考えていると、もちろん須藤の事も気になる。
今の自分と同じように、一人で覚悟を決めようと頑張っているかも知れない。
もしかしたらまた泣いているかも知れない。
夢の事で関わるようになって随分とイメージが変わった。会社ではスマートに仕事をこなす同期の華。
いや、同期どころか会社の華かも知れない。
だが実際は寂しがり屋のくせに強がって、自信は無いのに責任感が強くて、他人のために感情的になれる人間味あふれている。
(言っていたデートにでも誘えばよかった。命がかかってるとなると、恥ずかしいとか気にならなくなるもんだなぁ)
デートは無理だが、電話くらいはかけてみようと思い立つ。
もちろん「怖い」だの「会いたい」だの言うつもりはないが、声を聞くだけで気分が落ち着くかもしれない。
自分でも感覚がマヒしているのが分かった。少し前の自分であれば考えられない行動だった。
気が変わらないうちに電話をかける。
コール音が鳴る。1回・・・2回・・・3回・・・何回鳴らしても出る様子がない。
先ほどのトーク画面で、須藤も了解の旨を送っていたのを見ている。つい直前までスマホを操作していたはずだが。
ふと須藤も誰かに連絡を取った可能性に行き当たる。
同じように覚悟を決め、それでも悔いが無いように1日を過ごすとして、それは相馬と共にと思い至るとは限らないだろう。なんならすでに誰かと過ごしている最中かも知れない。
(我ながらうじうじと負けた時のことを考えるなんて。前向きに今からもう一度スタジアムに行くか?)
いずれにせよ、このまま部屋にいてもよくないと思い、出かける用意を始める。
顔を洗い、ニュースを見ながら歯を磨く。
そういえばいつだったか見た原因不明の死亡者のニュースは、もしかしたらあの世界の犠牲者なのかも知れない。
自分が今夜、この部屋でそうなったら誰が見つけてくれるだろうかー
油断するとまたネガティブな事を想像してしまう。意味もなく歯ブラシを握る手に力がこもる。
大きくため息をつきたいが、歯磨きをしているのでそうもいかない。
そうしていると、部屋に響き渡る着信音。心臓が飛び跳ねる。
表示された名前は『須藤玲奈』
どうやら折り返しがかかってきたらしい。
急いで洗面台に走って行き、うがいをして戻るが、手を伸ばしたところで音は鳴りやんでしまった。
別に急ぐ必要はないのだが、焦ったままリダイヤルをタップする。
「はい、もしもーし。玲奈ですっと」
「あのあの相馬です。お疲れ様です」
かなり動揺してしまった。何も考えずにかけなおしてしまったため、どう話を切り出すか全くノープランだった。
しかし須藤はお構いなしに話し続ける。
「やっぱり今日みたいだねー。翔太は今家?行っていい?」
「え!うちに!?いや俺もすぐ用意するから、外で会おうって」
「いやもう用意したし、都合悪いなら諦めるけど」
「えー、じゃあ待ってる」
あっという間に電話が切れた。自分も会いたいとは思っていたものの、一度は諦めて冷静になった所に目的の読めない訪問。
展開が早すぎて感情が追い付かないが、とりあえず部屋を片付けることにした。
部屋の片付けも早々に終わり、落ち着かず部屋を彷徨ってしまった。
一時間ほどで須藤はやって来た。
「おじゃましまーす」と、もう慣れたように部屋に入る。
上下揃いのジャージにキャップを被り、肩にボストンバッグをかけている。ジムにでも行くのだろうか。
適当に座ってもらい、お茶を出そうとしたが、ボストンバッグの中から大きめのポーチを出し、さらにその中からコーヒー豆、携帯用のミル、ドリッパーを出し、丁寧な手つきでコーヒーを淹れてくれた。
「いただきます・・・。わざわざ持ってきたんだそれ」
「へへ、いいでしょ。買ったはいいけど使いどころ無くてさぁ。いやぁよかった」
一口飲んで「うん」と頷いている。どうやらお気に召したようだ。
「しかし覚悟してたけど今日とはねぇ、大丈夫そう?」
「ん?んー、やるだけやってみるしか。透がうまくやってくれれば大丈夫だとは思うけど」
「あまり役に立てなくてごめんね。結局戦えるの翔太だけでさ・・・」
「大丈夫、コーヒー淹れてもらったし」
と、カップを掲げて見せる。
「ふへ、そんなんでいいんだ」
それからくだらない話をした。
夢の話を避けると、お互いの共通点なんて仕事の事しかなかったが、それでもやはり一人でいるより何倍も安心できる時間だった。
温かい気持ちで満たされて、つい、いつもより素直になってしまう。
「本当に今日は来てくれてありがとうな。本当言うと一人でいるのも結構しんどくてさ。声だけでも聞ければと思って電話したんだよ」
「うわ、素直すぎて怖い。翔太にもそんな感情あったんだ。でもまぁ私も同じようなもんだよ。今夜が決戦って分かってすぐに、ここに来る用意したからね。ふへっ」
すぐに電話に出られなかった理由に自分が関わっている事が分かり、嬉しく思う。
「誰かと一緒にいるかと思った」
「おー、焼きもちかぁ?水臭いじゃん、バディだろ私達。こんな時に翔太以外の誰と過ごすってんだよ」
恐らくは気遣ってくれているのもあるのだろう。戦いを任せるしかないという負い目。少しでもサポートしようとしてくれているのを感じる。
戦わないとはいえ相馬が敗れたらどうなるか分からないというのに。
「優しいな玲奈。頑張るよ俺。今日はゆっくり眠れそうだ」
「任せて、ちゃんと安心して眠れるように手伝うから」
握り拳を作り、やる気十分といった様子。それはいいのだが、おかしなセリフが聞こえた気がする。手伝うとはなんだろうか。
言葉のあやというものかも知れないと、思わず聞き返す。
「ん?手伝うとは、どうやって?」
「色々あるよー。ホットアイマスクとか、音楽とか、動画でマッサージもちょっとかじってきた」
「それは玲奈が、俺に?」
「そうだよ、今日は泊っていくから。ちゃんと準備してきたし」
そう言ってボストンバッグを指差す。
「なるほど!なるほど?・・・おーん?」




