未知と未知の戦い
───その炎は、燃え盛っていた。
俊輔は言われた通り十メートルほど後ろに避難し、振り返って、信じられないものを見た。男が空中に左手を翳した途端、どこからともなく火が出たのだ。何もない空間から火が。その火はみるみるうちに大きな炎となり、地面に音を立てて広がっていく。ゴオッと一際強い音を立てたかと思えば、あっという間に湖礼少年の周りを火の海に変えてしまった。
炎が、彼を燃やし尽くすかの如く全方位から襲いかかる。
(こ、湖礼くん!あの男がこの炎を操っているのはわかる、でも、どうやって?!これが、能力…?!わからない、わからないけど…何か俺にできることは…!)
彼は突然の出来事に大混乱していた。何も、何もわからない。自分のせいで、目の前の少年を巻き込んでしまったことしか。
一方、炎に囲まれた湖礼少年は…───何ともなかった。業火に包まれても全く燃えていないし、火傷すらしていない。そして焦るどころか、なんと失望したような表情さえ浮かべていた。
「なーんだ、やっぱこんなもんかあ、君の炎。」
期待はずれだなー、と。少年は呟いた。
そして、首にかけていたヘッドホンを装着し、右手でパチリと軽く指を鳴らした。──辺りに静寂が訪れる。パチパチと音を立てながら彼を燃やそうとしていた炎は、初めから存在していなかったかのように、跡形もなく一瞬で消えてしまった。地面の焼跡だけがそこに在った。
これには俊輔だけではなく炎を操っていた男も驚いたようで、目を見開いて少年に問いかけた。
「今、なにをした?」
「ん、なにって、いつも通り吹き消しただけだよ」
湖礼少年はヘッドホンを首に掛け直すと、頭の腕で手を組み、どこ吹く風のようにふんふーんと鼻歌混じりに言った。男の目つきが鋭くなる。
「……いや、違うな。今、風は流れていなかった。風が炎を消すには、相当な風量が必要なはずだ、それがなかった」
「君はもう知ってると思うけど、ボクの風はとっても強いんだよねえ。炎くらいふーって吹けば消せるって!」
カンタンに、ね!とけらけら笑いながら湖礼少年は言う。男は腕を組みながら冷静に続けた。
「俺はなあ、いつも不思議だったんだ。テメェとやり合っている時、どうして風が燃焼しないのか、と。普通は燃え上がるはずだよなあ?風に火。最悪な組み合わせ、のはずだ……だが、今のでようやくわかったぜ。テメェが今まで使ったのは『風』じゃない、『音』の能力だ。違うか?」
少年は答えない。笑顔を浮かべたまま沈黙している。
男はただじっと少年の目を見ていた。確信を持って。
俊輔は全く話についていけなかった。置いてきぼりである。
数秒後、少年が諦めたように口を開いた。
「まあ、裂記くんとはそれなりに付き合いも長いし、そろそろ教えてあげてもいっかぁ。大正解でーす!」
「能力とメカニズムを開示しろ」
「え、え?それも?教えたら今日は引いてくれる?」
「ああ。男に二言はねえ」
「──これはね、『音』の能力の一つ、『共鳴』だよ」
少年は声を顰めて、口にしーっと指を当てながら得意げに解説を始めた。男は興味深そうに話を聞く体制に入った。俊輔はちんぷんかんぷんであった。
「『音』には共鳴、共振という現象がある。そして全てのものには固有振動値というものが存在するんだ。ボクは君の炎が回った瞬間に、君の炎の固有振動値を『音』で分析した。そして『風』でこの辺の空気を集めて、炎の固有振動値と同じにし、空気中に振動を起こして共鳴させた。すると、炎は空気の振動と共鳴して見事綺麗さっぱり消えてしまうのでしたー!」
(何言ってるのか全然わからない……)
「はー、それがカラクリか……おい!チートかテメェ!!」
「まあね!やろうと思えば『音』だけでも共鳴を起こせるし、大抵のものは共鳴で消せる。いやいやー、我ながら使い勝手が良い能力だと思うよ!だから、内緒にしてね☆」
「欲しい情報は得たし、暫くは黙っててやるよ。じゃあな、次は気ィつけて歩けよ転校生」
「うえ、あっはいい!!」
「ぶはっシュンスケおもしろー!ははっ!」
急に声をかけられて動揺した俊輔を見て、湖礼少年はまた幼い子どものように笑った。なんかこの子、本当によく笑う子だなあ……あっちの人は怖いし、なんか不安になってきた。俺、これからどうなるんだろう……あ、あの雲美味しそう……と俊輔は虚なまなこで空を見つめている。今、目の前で起きた一連の出来事が信じられなくて、ついに現実逃避したのである。致し方ない。
「じゃ、とりあえず学園内に入ろっか」
「………はい」




