番外 mission 2 : to the MARS②
「第三の地球より遥々ようこそ、学生さんたち。
君たちのことは能力のことも含めて聞き及んでおります…ああ失礼、申し遅れました。私、火星第一移住区ゲールの区長の守屋というものです。
以後よろしくお願いいたします」
───拠点を後にした俊輔たちは、その足で区長が務めている区役所へと向かった。拠点から歩いて凡そ五分の場所にある、四角いガラス張りの建築物。地図によるとこれが区役所だ。恐る恐る中に入ると、すぐにモノアイの自動人形がキャタピラーの足で駆けつけてきた。すかさず許可証を提示する。数秒の読み取り確認の後、機械音声で応接室へ行くように案内され、区長と面会するに至った。
(よし。ここまでは順調だ)
宇宙スーツの中で、手汗が凄いことになっている。だが今はそんなことはどうでもいい。俊輔は今にもはち切れそうな心臓を、深呼吸をして宥めかす。
月での湖礼少年を思い出せ。あの時の彼は大人相手でも怯まず、冷静に話をしていた…はず。
「…初めまして、守屋区長。本日の任務の都合上、申し訳ありませんが、宇宙スーツのまま失礼させて頂きます。お…私は、佐原井です。こちらが家部、こちらが春戸。ご迷惑をおかけいたしますが、三日間、お世話になります」
「任務のことも聞き及んでおりますので、お構いなく。あの拠点はご自由にお使いください。足りないもの等があれば気軽に区役所に連絡をして下さいね」
「あ、ありがとうございます」
守屋と名乗った区長は、眼鏡越しに微笑んでいる。ふかふかと座り心地がよさそうなソファーに腰をかけた、優しそうな壮年の男性だ。長い髪を肩で結え、横に流している。仕立ての良さそうなブラウンのスーツに、宝飾の付いたタイピン。…威圧感と圧迫感。
守屋は俊輔たちを順に見回すと、笑顔を崩さずに続けた。
「君たちのスケジュールは、午前中は作業員に合流して外の鉱物と砂の回収、午後は個別の任務でしたね」
「はい。午後からの行動についてはご指示をお願いします」
「…ふむ。ではさっそく参りましょうか。作業員に合流する前に、ここで過ごす間の三日間の食事処と、それぞれに午後からお願いしたいこと、ゲールについてご説明いたします。さ、着いてきてください」
「は、はい!」
「「はい!」」
そう言って立ち上がり、扉まで歩き出した守屋に緊張した足取りで着いていく。家部少年と春戸少年もしっかり後に着いてきている。部屋を出る前に一瞬だけ振り返ると、落としきれなかった砂が応接室の透明な床を少し汚してしまっていた。
(やっぱり脱いでくるべきだったか…というか吐きそう…緊張やば…湖礼くんって凄かったんだな本当に……俺、ちゃんと会話できてるのかな……こんな、大人と話すだけなのに疲れるなんて…)
思い返してみれば、親と教師と矢田野氏以外の大人と話した記憶がない。学園の先生方は年齢もさほど離れていないせいか、大人だけども年上の先輩って感じで……まあ、さっき作業員の人とちょろっとは話せたけど……
心の中で言い訳をして、ふと思いつく。学園であるのならば、一般的には理事長とか校長先生とかがいるのでは?と。話すどころか、会ったことも、見たこともないけれど。影も形も。これって、もしかして何かおかしいのでは?
(今考えてもしょうがないな……まずは目の前のことを)
だって、心に余裕がない。守屋区長とは一言会話を交わすだけで緊張するし、見定められている様な視線がまた、精神的な疲労を生む。
今にも宇宙スーツの中で虹色の液体を撒き散らしそうな俊輔の内情など知るはずもない守屋は、朗らかに笑いながら一歩前を歩きながら話し始めた。
「この第一火星居住区は、半分地下に有るんですよ」
「へ、へえ…ち…乳…?!…あ、ち、地下に「この拠点も地下に有りますもんね。見えている建物も。地下都市なんですか?」
───あっもうそろそろダメだ一回休憩挟もう、考えてみれば出発してからすぐ険悪な二人に挟まれつつ宇宙遊泳すること数時間すぐに火星で任務だし、今回は一般人も沢山いるし秋山くんじゃないけどこれは吐くってマジで。
恐らく真っ青な顔の俊輔を見かねた家部少年が、すかさず左後ろから被せる様にフォローを入れる。丁度、拠点の近くだった。先頭を歩いていた守屋が足を止めたので全員一度止まる。
「その通りです。モデルは勿論のこと月ですが、月の街は全て地下。火星は部分的ですが、地上も街なんですよ。不思議でしょう?」
「不思議ですが、納得もできます。月は地球から捕捉されかねないから地下にしか街が作れない…けど、火星は月より距離がある分捕捉されにくいはず」
「その通りですよ。そして実は、君たちが泊まる拠点や目に見えている建物は全て作業、インフラ系の設備なんです。ホラ、あれは温度調節設備。あっちには小規模原子力発電所。あの黒い建物は太陽光集積装置」
「初めて目にするものばかりです。そういえば、住民はどちらへ?」
物怖じせず家部少年が質問を続けた。俊輔は少しハラハラしながらそれを見守る。
…本当は、リーダーである自分が積極的に聞くべきなのに。いや、まだ火星での任務は始まったばかりだ、せめてこれからはしっかりしなくては。
「住民はね、地下に住んでいます。今そこら辺を歩いてる者たちは仕事で設備を点検している者たちです。ああ、ゲールに今住んでいるのは…大体四百人くらいですね」
「あれ…聞いていた数より少ないですね?」
「そうなんですよ、驚いたでしょう?…ですが下に降りれば、色々と解るかと思います。ご案内しますので、ここから一番近い昇降口へ参りましょう」
その言葉を皮切りに再び足を進めた。三人も歩き始める。守屋は悩み顔になると、小さくため息を吐いた。
「近頃は、移住区間の引越しが流行りでしてねえ…そちらに住む方も増えました。ちなみに現在、地下は五階まで有ります。移住区は一階から三階まで。四階は電力設備、五階には重力制御装置等…が、あります」
「へえ、そうなんですね。ところで簡単に移住区って変えられるものなんです?」
「住民票さえ移せば誰でもいつでもできますよ。あ、これが昇降口です。地上に十ヶ所ありますが、全て地下を行き来できますので、随時お使いください」
「ご丁寧にありがとうございます、守屋区長。僕からも幾つか質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論。さ、どうぞ」
今度は春戸少年が守屋の隣に並び話し始めた。家部少年が歩を緩めて俊輔の隣にくる。
「…大丈夫?会話は繋ぐようにするね。今回の任務、急で色々と準備期間短かったし、あんまりその、気落ちしなくていいと思う…僕のせいもあるし…とりあえず、深呼吸しときなよ」
なんと声を掛けてくれた。
優しい。素直ではないが、間違いなく優しい。誰だスーパークールとか言った奴は。俺です。
言われた通りに小さく深呼吸をする。少しだけ、思考がクリアになった気がした。そして、家部少年の優しさに触れ、少しだけ嬉しくなった。
さて、歩いて数分も経たないうちに、昇降口の一つに辿り着く。鉄製の網の扉がついたエレベーターのようなそれは、四人を乗せるとがたごとと頼りない音を立てて、ゆっくりとゆっくりと下に降りていく。
───再び景色ががらりと変わった。
「おお…!?地下なのに…明るい!あ、ランプが沢山…!えっと、投影、ではないんですよね?」
「すご…地下、こんな風になってたんだ……ん?いやなんか資料と全然違くない……?」
「ふふ、地表よりも広いんですねえ、地下空間。僕としてはこちらで寝泊まりしてみたくなりましたよ」
「三者三様の反応でなんだか嬉しくなってしまいますね。勿論、月と違い投影ではなく、全て実在しておりますよ。まさに地底世界、といった感じでしょう?」
三人揃って息を呑んで頷く。
広大な地下空間、あちこちに有る小さな昇降口は、忙しなく稼働して人や物を上へ下へと運んでいる。がやがやと賑やかな人の声。中央に巨大なガラスの筒と、それを満たしている水……俊輔は思い当たる、これは地上の湖だ。地上の湖が、地下ではアクアリウムのようになっているのだ。…もしかして、循環させて水力発電も兼ねている…?
それを囲む形で、地下全体に大きな空間があり、その壁には掘り進めた様な住居が……まるで埋め込まれているように沢山ある。当然、歩行空間もある。ひとが五人くらい並んでも問題なさそうな道幅に、転落防止の柵も。
ゆっくりと落下するエレベーターからは、地下一階以降も見渡せた。二階は住居っぽいが、三階には住居の他に店らしきものが多くある。湯気が見えるから、あれは飲食店だろう。あっちにはアパレルショップと、食品売り場………あれ、学校や娯楽施設、病院…がない?見えてないだけかもしれないけれど……ここ、移住区、なんだよな?
(…不思議なところだ)
地下一階、二階、三階にある住居はきちんと窓も付いているし、扉もついている。土に埋まっているだけで。これは……
「住む場所というよりも、広い隠れ家みたい…本当に月モデルなんですか?」
家部少年が代わりに言ってくれた。
そうだ、モデルにしているという割には違いすぎる。月の街は地下に有るけれど、俊輔もよく知っている普通の街だった。マンションもあるし、戸建てもあるし、学校も病院もショッピングモールも、生産工場もある。空や建物の一部は投映による仮初なだけで。
でもこれは、街というよりは…
「きちんと地底都市ですとも。私達はコロニーとも呼んでいるけどね」
「「「コロニー…?」」」
「聞き慣れませんか?ふむ、とりあえず三階に降りてみましょう。君たちの食事する場所もありますし。ああ、ここの名産、火星火山まんじゅうは美味しいですよ」
地底都市、確かにそうなのかもしれない。地下に住居はあり、ほかの施設もあるのだ。しかしインフラの殆どは地上。隣を見れば、珍しく春戸少年までもがきょとんとしていた。
(ぶっちゃけ俺もまだよくわかってないし、先輩の気持ちがわかる…)
さて、エレベーターが止まり、俊輔たちは地下三階で降り、先導する守屋に早速食事処を案内してもらった。
壁に埋まっているような掘り進めたような空間に、扉と窓が嵌め込まれ、入り口には暖簾が掛かっていた。扉のすぐ側には、手書きのかわいらしい立て看板がある。「年から年中営業中、メニューはこちら…」
この三階は色々な店が並ぶ地帯らしく、隣にはアパレルショップがあり、その反対側にはパン屋があった。ほかにもちらほらと俊輔にはよくわからない店が並んでいる。どの店にも扉と窓があり、立て看板とお洒落なランプが付いていた。それに加えて、あちこちに取り付けられている地底を照らすライトが中央の水に反射し、神秘的な空間を作り出していた。昼時だからか地上の明るさもアクアリウム越しに微かに追加されて、神秘的な空間に磨きをかけていた。
どうやらこのずっと奥に居住区があるようだ。
(……夜になったらライトだけになるのかな?それはそれで足元が心持たないような……というか柵はあるけど、落ちたらどうなるんだろう)
「そうですねぇ、ここから落ちたら中央にある重力制御装置に衝突します。地下は五階までしかありませんが、高さはそこそこありますし、見えにくいですが天幕を張ってあるのでご安心を。夜間には足元に常夜灯も点きますので」
「は、はあ…そうなんですね。ありがとうございます」
「ちなみにあちこちにトイレはありますからね」
「は、はい」
守屋の言葉に目を凝らし奥の方を見てみる。確かに、四階と五階には、それぞれの階を天井のように大きな布…のようなものが覆っていた。あとトイレらしきものも沢山あった。俊輔は安心した。
(最悪、万が一柵から落ちてもあそこで受け止めてもらえるのか。いやでも普通に怖いし、落ちないように気をつけないと)
「この食事処は二十四時間営業で、昼間は人間がいます。夜間は自動人形と数人の人間がおります。好きな時に使ってください、通貨は円ですのでご安心を」
「「「はい」」」
「それと火星にいる間は必ず八時間睡眠をとってください。君達は火星の環境に慣れていないので、相当の負荷が体にかかっていますから」
「「「はい」」」
守屋は続けて下を指差した。俊輔たちも視線をそちらに向ける。
「午後からの個別の仕事についてですが……各自、詳細については担当する箇所の担当者に聞いて下さい。佐原井くんはここから見える四階の電力設備室で、大型コンテナバッテリーの充電を。春戸くんは外で火星の探索作業員に同行し、巨大岩石等の破壊と採取を。家部くんは……すみません、何ができるんでしたっけ?」
「!自分は、多少の光の操作と、数秒先の未来が見えます」
「ふむ。では、君は私と地上で光源設備の点検をしましょうか」
「…はい」
な、何だ、今の…?何で家部くんだけ対応が違ったんだ…?
俊輔は思わず横目で家部少年を見やる。顔には出していないが、彼の手が僅かに震えていた。感情までは読めなかった。
(というか区長、さっき全員の能力は把握しているとか言ってなかったっけ…?というかバッテリーの充電ってなんなんだ、何をさせられるんだ……?!)
「ああ、申し訳ない。時間が押していますね…ゲールについては明日説明しましょう。では、ここで解散です。何かあれば都度ご連絡下さい。君たちの活躍を期待していますよ」
守屋区長はそれだけ言うと、ふらりと何処かへ行ってしまった。三人で顔を見合わせ、とりあえず上へ上がる昇降口を探して、地上に戻る。
そのままガラスのドームの外にいる作業員たちに合流し、鉱物の回収作業に向かった。先程の気の良い作業員が笑顔で教えてくれる。主にゲール周辺の鉱物の集め方を。そんなに難しい作業ではなくて、俊輔は安心した。春戸少年は初めて見る機械にはしゃぎながら鉄鉱石と赤鉄鉱を集めていた。
家部少年は作業中、殆ど口を開くことはなかった。




