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PASS!  作者: 寛世
番外及び閑話休題
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番外 月の呪いと月恐怖症





 ───月人(ルーナ)は月に呪われている。


 数ヶ月に一度……例えば(そら)に浮かぶ満月をうっかり見てしまった時、鏡やガラス、スクリーン等を通して間接的に満月を見てしまった時。能力者ならばその条件にプラスして、能力を使い過ぎて心身ともに疲弊した時に、()()は発動する。


 彼らにかけられた呪いは、吸血衝動。幾年も月の地下に住み続け、生きるためとはいえ本物の太陽を遮断した代償なのだろうか?仮初の空に投影された月にすら、その呪いが発動するなんて。いやはや呪いだなんだと言っているが、事実はただの突然変異だ。ただ、認めたくない。…呪いの方が納得できる。

 ましてや呪いの内容が他者の血を欲することだなんて……まるで、地下に住まう蝙蝠の様ではないか。なんという傲慢、卑劣で獣的、とんでもない皮肉。月に住む彼らにとって突然変異という呪い(それ)は、屈辱以外のなにものでもなかった。


 呪いに対抗できず衝動に呑まれた時、一番近くにいる他者の血液を得るために、凶暴化して瞳の色が一時的に赤くなる…その強い吸血衝動に抗うことは、極めて至難だという────


 不幸は続いた。彼、海野茂樹は第三の地球で過ごすうちに、いつからか月恐怖症(セレノフォビア)を患っていた。この病状を月そのものを住居にしている月人(ルーナ)が患うのは非常に珍しく、今までに前例がほぼないと白衣の名無は言う。海野少年本人曰く、正確な時期ははっきりとは覚えていないが、第三の地球に輸送されてから発症したらしい。


「いやーーー今日も疲れたねえ」

「どこかの誰かさんが体力底なしだから」

「言われてるよシュンスケ」

「おめーだよ」

「はは…でも、少しずつコントロールできる様になってきた気がする」


 月面での任務を終えて何日か経った日の夜。

 授業や訓練、食事や風呂を済ませた後、三人で海野少年と俊輔の部屋に集まって今後の訓練の方向性等を話していた時だった。いつもなら完全に夜になる前に、海野少年か俊輔がカーテンを閉める。特段取り決めを作ったわけではないが、この部屋で暮らしていくうちに、いつの間にか自然とそういう風になっていた。


 ───だがこの日はいつもより、訓練に力を入れすぎた。あまりにも疲労困憊だったのか…二人、いや三人揃ってカーテンを閉め忘れてしまったのだ。

 海野少年が「ああ、なんか今日はやけに明るいと思ったら」と言いながら重い腰を上げ、「…あ、茂樹っち待った!今日は!」と湖礼少年が止めに入る前に、今日が満月だと言うことをすっかり忘れていた彼は。



「っ…もろ見ちまった……!誰か、カーテン閉めろ!」

「りょ、了解!」



 夜の窓越しに映る、まあるい、まあるい、黄金の月を。

 満月を、はっきりと見てしまった。

 


「う…うああぁぁあ!!」


 その瞬間、海野少年は叫び声を上げて床に膝をつき、頭を抱えた。突然のことに俊輔は駆け寄ろうとしたが湖礼少年がそれを手で制す。


「か、海野くん?!!一体何が」

「シュンスケ、離れて!うっかり失念してたよ…えっとえっと、今から起こることは()()()()()だから、とりあえず…首の辺りを守って!五分くらいしたら落ち着くはずだから!」

「わ、わかった…って、首?!」

「とにかく今は首!噛まれないようにね」

「え、噛む?!はい?!」


 俊輔は海野少年から距離を取りながらカーテンを閉めて、とにかく言われた通りに首を両手でガードした。湖礼少年は何かを考える素振りをしながら海野少年を注視している。


(…ボクも最近気づいたけど…第三の地球からはとても綺麗に月がよく見えるから…きっと、それがいけなかったんだろうなあ……)


 何が何だかわからないが、目の前で床に這いずりながら必死に何かに抗っている苦しそうな友人の姿を見て、俊輔は大混乱していた。尋常じゃない様子に、彼に何かが起きているのかはわかる。

 そして、忍び寄る嫌な予感も。


(………首、って…まさかな…)

 

 海野少年は叫び声を上げた後、床に蹲ったままだ。湖礼少年がそっと近づき、彼の背中を優しくさする。

 今日は『雷』の能力のコントロールが上手くいっており、訓練に熱と力が入って充実していた分、いつもより疲弊した一日となった。そしてそれは同じく結界を張り続けた海野少年も同じで。


 蓄積された疲労が、呪われた(海野茂樹)の思考をぐるぐると回し出した。



(ああ、自分の故郷が、月が…こんなに恐ろしい姿をしていたなんて、思わなかった。ぼこぼこしたクレーター一つ一つが、まるで奈落への入り口ようで悍ましい。ほら、今にもあんなにくちを開けて、暗い地獄へ手招いているじゃないか、俺を。月にあるたくさんの地獄が、呼んでいる。あの暗澹に浮かぶ月が、この星を太陽光を反射して照らす生命線であるあの月が、いつか、第三の地球に墜ちてきそうな気がする……月は、ここから見えるより実際はもっと大きいはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 …怖い。月が、墜ちてくる。

 あんなところに住んでいたなんて、信じられない……怖い…怖い…!俺が…俺がなんとかしないと……しないと!)


 咄嗟に込み上げてきた吐き気に苛まれ、口を抑える。視界が歪む。月が見ている。──俺を。


(ああ…)


 そして、不幸にも呪いと月恐怖症(そのふたつ)が重なった時。

 ぽたり、と。

 月を宿した赤い瞳から、赤い雫が溢れた。


「あ、ああ…ああ…っ!」

「っ赤い涙は駄目だ超ヤバいやつ!!シュンスケ緊急事態!!茂樹っちに極力近寄らないで触らないようになんとか目を塞いで時間も稼いで!!」

「何その無理難題?!や、やってみるけど!ヤバいやつって!?」

「つまりは暴走モード!滅多にないけどこうなっちゃったら特効薬打たないと落ち着かないんだ!暴れられたら六倍の力が飛んでくるから、体を抑えられたらもう抵抗しないで()()()!ボクはすぐ薬を探すから、頼んだよ!」

「あ、ああ……?そこにいたのか、佐原井」

「?!は、はいっ!か、海野くん大丈夫…?」


 湖礼少年が音速で海野少年の部屋に入る。何かをひっくり返す音が響き渡った。後で怒られそうな探して方してない…?と思う時間もなく、海野少年の(うつろ)な赤い瞳が、流れる赤い雫が、ぐりんと首を回して俊輔を捉えた。普段の彼は絶対にしないであろう動作に恐怖で肩が跳ね上がる。まるで別人の様だ。心臓が、動悸が早い。

 

(えっと、触らないように…雷光で目を眩ませる…!)

(あれ)が墜ちる前に。守らないと、怖いけど。俺が、やらないといけない……あれが墜ちてくる前に…俺には、守れる力があるから…ちから…俺の『盾』は…守る為に。だがエネルギーが、足りない…血…血を分けてくれ佐原井…」

「海野くん、ごめん!」


 両手を首から離し海野少年へ向ける。瞬間、部屋の中に閃光が炸裂した。しかし、近距離で放たれたそれが海野少年には効かなかったらしく、目が眩んでいる様子はない。まさか、『盾』の能力で防いだ…?!


「ご、ごめん失敗した!一旦距離取る!」

「あ…?どこに行くんだ佐原井…血がないと、誰も守れないのに……早く…月を、壊さなきゃ…もう、そこまで落ちてきて…」

「もっかいもっかい!!んー、ないな…茂樹っちど何処に仕舞ったんだよもーーーー!大事な物はわかりやすいとこに保管してよぉ!ちなみに状況を説明すると、今、月の呪いと恐怖症が同時に発動してまーす!」

「は?!なん、呪い?!つ、つまり?!」

「暴走モードにプラスしてトランスってるコト!」

「余計わけわからん!!」

「それより今は目眩しを…いや、待てよ…いい機会なのかな…今後の事を考えたら一回、経験しておいた方が良いかも」


 隣の部屋で特効薬を探していた湖礼少年の手が止まったような気配がした。俊輔はとてつもなく不穏な気配を察知して、なんとか閃光を起こそうと手を翳す。


「光れ雷よ!…う、うまくいかない…こんな時に限って…昼間頑張りすぎた…!?…ぐあ!!か、海野くん…いつの間に」

「守るための力を、使うための、エネルギー……」

「食糧宣言?!」


 二発目はまさかの不発で、気がつけば這い寄っていた海野少年に片腕を掴まれていた。ここで抵抗したら、数倍の力で抑え込まれそうだ。しかし湖礼少年の呟きも不穏すぎる。…とにかく痛いのは嫌だ、なんとか…


「うん、これから同じ戦場を駆けるんだから知っておいた方がいいよねえ★みんな経験してるし!よーし、やっちゃえ茂樹っち!」

「何がどうしてそうなってしまったのか?!」

「嗚呼、お前の血で月は壊せる…やっと、佐原井、つ か ま え た」

「いやこっちは怖すぎる!数世代前のB級ホラー以上に怖いよ!いつもの鬼みたいな海野くんに戻って!!」

「おっと防音防音っと」


 虚な赤い瞳から異質な涙を流しながら微笑む海野少年に、今度は腕ではなく正面から肩を掴まれる。それを外そうと踠くが、やはり彼の力が強くて、全く振り解けない。びくともしない上、肩を掴む指がめり込みかなり痛い。これが月人の、本気の六倍…?!いや、加減はされてるんだろうけど…これは、厄介すぎる。彼らが本気になったら人間の頭蓋さえ簡単に砕けそうだ…!


「じゃあ、いただきます…お前の血で、月を壊そう、な?」

「な、何言って…海野くん、本当に笑えないから…落ち着いて…頼む、戻ってくれ正気に!」


 振り解けないまま、暴れることもままならぬまま、なんとか迫る牙を避けようとしても…無理だった。

 次の瞬間、首元に激痛が走る。涙が出るほどの激痛が。


「っっああああーーーっ!いった!!いたたたた!!痛いって!!放して!!!」

「普通に美味い…」

「ひい…っ!いた、怖い!!いーーっ!!やめ…!あ、あああ!!!せ、せめ、せめて優しく!だから、痛い…ってぇ…!こんの…っ話聞けよ!鬼教官!!」


 ──何が起きたのかなんて、嫌でも理解できてしまう。首元に犬歯のような牙を立てられ、そこから血を吸われている。いつものミステリアスなピーコックアイではなく、瞳が赤い友に。しかも容赦無く。普段と様子が違いすぎる海野少年に、絶望に近い感情を抱く。あ、これしんだかも…と俊輔は薄れゆく意識の中で思った。むしろさっと意識を飛ばしたくなった。何回か体が勝手に放電したが、無効化されているのか効いていない。あとなんかついストレートに罵ってしまった気がするけど、ちょっと痛みで覚えてないですね。

 振り解くこともできず、意識も手放せないまま、とてつもない痛みに絶望しながら吸血されること数分間……


「…そろそろシュンスケが貧血になっちゃうかな。薬見つけたから挿しまーす、えい!…よしシュンスケ、一度このまま検査だよ。音速でとりあえず保健室まで行くから!」

「わ、わかったけどもっと早くたすけあああああ!」


 ───こんなんで、どうやって背中を預けろというのか。信頼しろと言うのか。戦場で味方に背後からがぶー!とか笑えないんですけど?!


 背後から注射器型の特効薬を打たれた海野少年は、どさりとソファに倒れ込みむと、そのままスヤスヤと寝息をたて始めた。口元に自身の血がついているのが視覚的にも精神的にも大変よろしくないため、ティッシュで乱雑に拭き取る。…ちょっと今は、優しくできそうになかった。


 そしてすぐに、二人して転がる様に廊下へ出て彼の音速で保健室へ駆け込む。夜遅い時間ということもあり、校舎に人が残っていなくて良かった。人が残っていたら校舎で能力を使ったことを、その場で怒られていたに違いない。


「…で、今何時だと思ってるの?ワタシ、たった今今日のお仕事が終わってこれから愛しのマイハウス〜寮〜に帰るところなんだけど」

「そこをなんとか!名無先生お願い!シュンスケが月の呪いと月恐怖症(セレノフォビア)を発症した茂樹っちに噛まれちゃったんだ!初回だし、消毒だけでもなんとか!あと採血!」

「こんばんは…す、すみません遅くに…!できれば痛み止めも…お願いします」

「あらっ佐原井くん!その首は…海野か。初体験おめでとう、とうとう噛みつかれちゃったのねえ可哀想に。あの子、普段は優等生なのにあーなったらホント見境無いのよ〜〜、怖かったでしょう?さあすぐ消毒するわよ、入って入ってーーーー!!」

「ぜんぜん態度違ーう!!」

「あら、アンタも入っていいわよ」

「入るけどぉ!お茶入れてお茶ーーー!」

「はいはい」

「す、すみませんありがとうございます、よろしくお願いします」


 とにかくこの日は消毒してもらってことなきを得た。血液型的にもお互い問題なしとのことで、俊輔はひとまず安心…安心?した。…部屋に戻るのは少し怖かったが、部屋の外まで湖礼少年が付き添ってくれた。そのまま二人で相談した結果、海野少年はとりあえず下手に動かして刺激を与えないように、ソファで一晩過ごしてもらうことになった。湖礼少年にお礼を言って別れ、ソファで寝こけている海野少年に薄めのタオルケットを掛けておく。


 時計を見ると、もう二十三時を回っていた。自室のベッドに傾れ込む。


(………一日の終わりに色々起きすぎ……おやすみ、海野くん…今日のことは…いつか、仕返しするから……)



 次の日、正気に戻った顔面蒼白の海野少年に切腹しそうな勢いと土下座で謝られ、昨日の決意が早速揺らぎそうに事になることを、この時の俊輔はまた知らない…───




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