番外 未知の模擬戦21 /side夜都見雪
もう大丈夫だと思った。
だって、もう一人でも校舎に行けるようになった。
他の人がいる授業にも、匿名とはいえ一緒に参加できる様になった。
能力も精密にコントロールすることができる。…前よりは。
うん、今なら団体戦に出ても、少しは戦えるのでは?
そしてその場で結果を出すことができれば……自分の価値を、周りに示すことができる。
参加して、私の価値を……倉良と私の価値を、皆んなに知ってもらおう…仲間と認めてもらうために───
「え…なんで湖礼がこっちに…きゃ、ああああ!!」
──なんて。全てただの思い上がりだったのだと、身をもって知った。
目前で、氷の結界を相性が悪い筈の雷に打ち砕かれて、見慣れた風に己の頭蓋が潰されたその時に。
そう、私は別に、突出して強いじゃなかった。たくさんたくさん、自室の特製シミュレーターで模擬試合をして、自信もあったのに…実践は全然違ってて。予想外のことが多くて、結局何もできなかった。噂では私達は強いみたいだけど…それは今日まで。意味がわからない激痛と共に、一緒に戦ってくれた彼への申し訳なさが一瞬過ぎった。
「っは…あ…っ!こ、こは…!」
…湖礼の攻撃を真上から受けて、安全装置が発動したらしい。気がつけば屋上から訓練所の端に移動していた。それはそう、今のは誰がどう見ても即死技だった。久しぶりにそれを体感して、彼の恐ろしさと強さを再認識する。
(もう痛くはないけど…頭の感覚がまだ、なんか気持ち悪い……湖礼の風、キレが増してた…沢山訓練してるんだろうな……う、変な感じ…もう、本当に容赦ないんだから)
つい何ともないはずの頭を撫でる。怪我は当然ない。名無先生が作った、彼の能力を利用した安全装置は本当に良く造られている。即死級の技を受けてもこうして生きていられるなんて。しかも移動機能付き。
これを開発するために、どれくらいの時間がかかったんだろう。
(…ああ、私も人の役に立てる様な……そんな能力が良かったなあ)
なんてことを考えながら、シリコンの様な腕輪を撫でていた時、不意に気づく。今まで私は、極力外に出てこなかった。大会と名のつくものはもちろんだけど、授業は匿名で参加し始めたばかりで。…夕方の人気のない校舎には、たまに出掛けてたけど…他の人を見かけることはあっても、面と向かって出会ったことはなかった。
(ま、周りに…男の人が…たくさん……)
模擬戦の最中と言うことも相まって、私を見る目が、すごく、多い。私だって今までだって部屋の中から見てきた、色んな人たちの訓練や学びを。だから、自分だって当然見られる。見られる側になったのだから。大会に出ると言うことはそういうこと。…わかっていたのに、自分で決めたことなのに。
(こ、こわい)
本能的な恐怖がすぐ側に這い寄る。人数が多くて、視線が、怖い。何かを探る様な視線が、痛い。
あの女は弱くて役立たずなんじゃないかと、囁かれるのが怖い。
(倉良……!)
呼吸が浅くなりかけ、なんとか深く息を吸っては吐く。本音を言うと、一刻も早く戻ってきて欲しかった。
この空間に、一人は耐えられない…!でも私は負けたんだから、この場は耐えなきゃ…!慄える両手を堅く握りしめ、俯きそうになる顔を上げる。倉良はまだ、屋上で戦っている…!同じチームの彼の戦いは、きちんと見届けたい。ところが。
(モニターの様子が…変…?)
モニターには何も映っていなかった。
(どうして…二人の攻撃に巻き込まれた…?二人とも攻撃の範囲が広いから、有り得るかも…でも、あんなにあったドローンが同時に?)
少しだけ疑問が浮かんだけれど、考えても仕方ない。私じゃ、モニターの不調とかどうにもできないし……頼まれれば、冷やすことはできるけど……。とにかく一度心を落ち着かせる為に、瞼を閉じた。
───私は何故か、意識を持ってから男の人という存在が怖かった。原因は、今でもわからない。倉良と湖礼と接するうちに、前よりもマシにはなった。言葉にできない様な恐怖感が、私の中にはある。恐らくこれは、本能的なもの。いずれ克服しなければならない、とは思っている。いつか、地球で一緒に戦うのだろうし…でも。
(今は、人数が多すぎる…)
瞼を閉じたままついつい下を向き掛けた時、モニターの映像が復活したような音が響いた。慌てて目を開けて視線をそちらに向けると、倉良がピースサインして笑顔で映ってる。…可愛い顔に、傷まで作って。
それでも、彼の姿を見ると安心感に包まれた。不安が薄れてゆき、静かに目を閉じる。───湖礼が負けたんだ。実力差はそんなにないと思ってたけど…ううん、いつの間にか倉良の方が強くなっていたのかな…?
「まずはみんな、お疲れ様。団体戦リーンフォースは……───」
はっとして前を見ると、名無先生が訓練所に来ていて私たちチーム『氷の国』の勝利を告げていた。そして団体戦はそのまま解散となった。私もいつの間にか戻ってきた倉良にスムーズに外に…人気がない訓練所の裏へ連れ出される。彼なりの気遣いに、いつもこうして助けられている…彼は、いつだって優しいから。
「イェーイ!なんと!あの湖礼に!!ギリギリだったけど勝ったよお〜〜!雪〜〜褒めて褒めてー!」
「はいはい、お疲れ様。本当におめでとう倉良…詳細はわからないけれど、湖礼を倒すなんて凄いことよ。それに、一緒に戦って頼もしかった。私は、あれだけ挑発して負けたちゃったし…恥ずかしい…」
「えへへ、ありがと!まあまあ、雪だって初めての団体戦なのにいー感じだったと思うよ!湖礼は慢心だね。とにかく、あたしらの連携はさいきょ……ん、メール?っ雪、携帯端末開かな」
「『報酬任務 : 地球探索』…あ、ごめん、見ちゃった」
「あーーッ!遅かった!!見ちゃったかあ…うーん…どうしよ……居残りのお願いしておいて良かったぁ…」
「…?」
片手に携帯端末を持ちながら、車椅子にもたれかかり倉良が頭を抱えている。最後の呟きはよく聞き取れなかったけれど、とても深刻そうに思えた。
ああ、でもその顔はね、わかる。珍しく困っている顔だ。
「倉良、なに?どうしたの?」
「ん〜〜、報酬が……ねえ」
「?せっかく地球に行ける任務なのに…滅多にないんでしょ?私はこんな体だし、きちんと動けるかも不安だけど、でも、得られた権利と出来ることはしたいと思って」
「…雪。ちょっといい?今から、真面目な話をするから」
「え、ええ」
倉良は一呼吸挟んで、覚悟を決めたように口を開いた。
「俺はぶっちゃけ、雪の地球行きは反対。理由はね、何かあった時に守れる自信がないから。あと雪を失った時の責任が取れないから、だよ。地球の状態が不透明な今、雪がこの任務を受けるのは…まだ早いと思う」
「…続けて」
「…厳しいこと言うけど、その自動車椅子だけじゃだめだ。色々と足りない。周りがフォローに入らざるを得ないし、それに人員を割いたらその間に何か起きた時、対応が遅れる。なんせ機械が支配する地球だよ?いくらでもイレギュラー想定しないと…そう考えたら…反対って、俺は思った」
倉良は車椅子の前に周り、私を覗き込む様に目線を近づけた。ああ、彼は真剣だ。真剣に考えて、周りのためにも、私のためにも、言いにくいことを伝えてくれている。
私は倉良の瞳を見つめて……一拍置いてから、答えた。
「───あなたに同意するわ。確かに、今のままの私じゃ、足を引っ張るだけになりそう。自由に動けないのに、いきなり地球はリスクがあまりにも高すぎる。せめて私は、月くらいから慣れないと」
「…雪、解ってくれる?」
「ええ、勿論。私のことは倉良が一番、よくわかってるから。あ、倉良がいない間は、湖礼にお世話してもらいたいかも…」
「というかそれに関しては湖礼以外は無理っしょ!じゃあ、任務はあたしと引率の先生で行く感じかなー」
「でも、枠は勿体無いと思う。この枠って、誰かに譲れないかな?湖礼たちのとこ、とか」
「あーーね…それはあとで名無先生に聞いてみるよ。…ところで、雪、大丈夫?顔色が悪いよ」
実はちょっと前から、あまり具合がよくなかった。きっと、普段しない様な話をしたせいだ。初めての団体戦とか。極めつけは湖礼の頭蓋割りだと思うけど。
…倉良は、なんでもお見通しだなあ。
「ん、ごめん…さっきの感覚が残ってるの。脳がちょっと気持ち悪くて…少し休みたい…お水もらっていい?」
「…当然おっけー!コップあるから、はい飲んで!…ちょうど保健室行く用事あるし、このまま行こう。湖礼たちも多分集まるから、さっきの話もしておくね」
「うん、よろし…く…?なんか急に、眠気…が…」
「…疲労かな?そのまま保健室で寝かせてもらうね、名無先生にも頼んでおく!目が覚めたら迎えに行くから、待っててね」
「うん、ありがと…よろしく…ね」
ここで、私の意識は切れた。どうやら疲れが溜まっていたみたい。慣れた仕草で私を背負ったんだろう、倉良の体の感触がした。倉良、あったかいな…水使いなのに。
薄れゆく意識の中で、ただただそう思った。
再び私が目を覚ました時には、保健室には名無先生しかいなかった。先生は私が目を覚ましたことを確認すると、銀色の携帯端末を取り出して連絡をし始めたのだった。
「もしもし?お姫様がお目覚めよ、お迎えに来て頂戴、王子様。」
…別に王子とかそういう柄じゃないんだけど、彼は。どちらかと言うと大事な家族、なんだけど。とはあえて言わず、私は倉良が来るまでの間、布団の中でもう一度目を閉じたのだった。
(……王子は…どっちかというと、湖礼…かな)




