番外 0001独白と0002の過去
───被験体のボク達が、培養液で満たされたポッドから出されたのは五歳の時。
すぐに薬品臭い体を拭かれて、初めて服というものを着せられて。そして、初めて自力で歩行して。培養液の中から見ていた大人たちから、この中から一人、お世話係兼お目付役を選べと言われた。ボクらはもう覚醒していたから、お目付け役にね。
そこには、ボクらより年上の子達が数人、色んな表情を浮かべながら並んでいた。
『えらぶ…えらぶ?』
『そう。好きなひとを選んで』
幸いなことに、発語機能はきちんと機能していた。初めてでも話すことができた。そしてボクは、生まれて初めて自分の声を知った。
『えっ……と…』
なんだかよくわからなかったけど、とりあえず──名無先生を選んだ。白い髪に紫色が所々に入っていて、それがきらきら光っていて、とても綺麗で、近くで見たかったから。それだけ。
先生は当時、九歳だった。
『ん…?なあに、ワタシでいいの?』
『うん、かみ?きれい!なんで色が、みんなとちがうの?さわっていい?』
『なんてぶしつけなガキ。わかった、ワタシがあんたを立派に子育てしてあげる』
『名無くん、子育てではないです…』
『良いじゃないですか、似たようなもんでしょう。というか、子供に子供の面倒見させないで欲しいですよ。本音は』
『それは…申し訳ない…けれど、万が一のことを考えたら可能な限り能力者同士の方が』
『…わかってます。必要なものはワタシの部屋に送っておいてくださいね。…じゃ、とりあえず…学園に行ってみようか。えっと…薫くん?』
『!うん!!!』
『元気ね…』
名無先生が引け受けてくれて、本当に良かった。ボクは幸運だった。先生は、初めてナンバーじゃなくて個体名…つまりは、名前を呼んでくれたんだ。
名付け親は誰か知らないけど!ちゃんとボクの名前だよ!嬉しいよね。
それから先生は、ボクに色々なことを教えてくれた。自分だってまだ子供のくせに、色々調べたりしてね。それからは一緒に暮らして過ごして、共に能力を磨いて、年齢を重ねていった。
ボクが十歳になるまで、それた続いた。けど突然、別離がきた。ボクが『能力』を一人前に操れるようになったから、お目付役は必要なくなったんだって。
その頃には名無先生は、能力が稀有な回復役であることから、飛び級して学園の教師になっていた。保険医と、検査員補助…だったかな。
『…今日からワタシは、アンタのことを特別扱いしないわ…もう、大丈夫よね?薫』
『うん、ありがとう××…いや、名無先生!』
『それでいいわ、かお…湖礼。明日からはワタシたちは、生徒と先生、なんだから』
少しだけ寂しそうに笑う名無先生の顔は、生涯忘れられないだろうなあ。ボクにとっては家族みたいな人だし、今でもそう思ってるよ。…これは内緒ね!
…一方で、雪姫の方は大変だったみたい。被験体にして初の女性の能力者。天文学的数字以下の、特異点な成功者。それはそれはもう丁寧に丁重に扱われていた…はずだよ。
ボクの記憶では、培養液から見えた周りの研究者たちは、ボクより雪姫の観察記録を付けている時の方が嬉しそうだったし。
───けど、彼女にはその代償があった。生まれながらにしての下半身不随。培養液から出てすぐに女性研究員に抱えられ、服を着せられ、自力で立つこともできず、小さな椅子に座らせられた泣きそうな顔。今でも…鮮明に覚えてる。
そんな彼女は、なかなかお目付役を選べなかった。
なぜだか意識を持ってから、男性という生き物が怖かったんだって。
それでも、動けないままでも、彼女は選択を迫られた。なんだか残酷だよね。でも、選べなかったんだよ。
…そのまま数年の月日が流れ、自動で動く車椅子と、お世話ロボット、致し方なしということで女性研究者と過ごすうちに、彼女は十歳になった。
丁度その頃に、再びお目付役を選ぶことになったんだ。研究者も身の危険を感じたんだろうね、なんせ彼女の能力は、どんどん強力になる反面、意図せず周りを凍らせるものだったんだから。
またまた近い年齢の子たちが集められたんだけど…知っての通り、九割は男子だ。彼女は震えながら青い顔で、一番端っこで興味なさそうに窓の外を見ていた生徒を選んだ。
『あ、貴方が……良い…誰か一人を、選ぶなら』
そう、倉良だよ。倉良は当時、愛らしい顔立ちに肩まである髪、丸く垂れ気味な目と、女の子とそう変わらない見た目だった。
ちなみに後から聞いたんだけど、覚醒して月から輸送されてきたばかりで、現実を受け止めきれていない時にこの話が回ってきて半ばヤケになっていたんだって。候補に選ばれた時も、全てがどうでもよかったみたい。早く終われーって思ってたんだとか。
だから、凄くビックリしたってさ。選ばれたことに。
そして彼は、とても真面目だった。
『あ、あ、あの…あの…やっぱりいや、だよね…?こわ、こわい…わたしのこと…さ、寒いし』
『…いや、怖くはないよ。別に嫌じゃないし、寒くもないかな…うーん、俺が『水』を使えるから?とにかく、選ばれたからにはやるよ。これからよろしく。でも、何をしたら良いのかなあ』
『う、わ、わたし』
『ええっ?!お、俺何かした?!な、泣かないでよ〜…女の子との接し方とか詳しくないんだけど…姉はいたけどさあ…』
無事に引き受けてもらえて安堵した雪姫は、ボロボロと宝石のような大粒の涙を流した。
選ばれた倉良はというと、まるで押し付けられたかのように学生寮の最上階にある、雪姫専用の特注部屋に住むことになった。
実をいうとボクもこの時、この候補者の一人だったんだ。しかも、選ばれることを期待してた。
同じように造られた被験体がいることは知っていたし、ずっと仲良くなりたいって思ってた。でも、彼女が拒否反応を示すから、全然近寄れなかったんだ。目も合わせられないんだよ。
選ばれたら、近くで過ごせるかなって思って立候補した。
…残念ながら、結果はさっきの通りだけど。
それから数年が経って……意外なことに、変わったのは倉良の方だったんだよ。事情を知った倉良はすぐに女の子に見えるように、制服も私服もがらっと変えた。化粧もし始めて、髪も伸ばした。そして、性格が明るくなっていった。
『雪〜〜、お風呂の時間だよっ!ゆっくり脱がすからねえ』
『う、うん…い、いつも、ありがと』
『いいのいいの、任せて!』
『雪〜〜、お菓子作ったんだけど、食べてみない?雪好みに甘ーくしたよん』
『あ、ありがと……頂きます。…あの、ちょっと、苦いんだけど』
『嘘?!…あれ?!なんか間違えたかも?!』
『もう、何やってるのよ…ふふ』
『見て見て、お肌に優しい化粧品作ってもらったよ!どう?似合う?』
『な、なんで…そんなメイクに…?いつもより眉毛太いし…チーク乗せすぎだし、まつ毛がダマになってる…』
『え?あれえー?』
『…もう、仕方ないなぁ。私が直してあげる』
身の回りの世話も、それはもう甲斐甲斐しく焼いていた。なんとお風呂も、着替えも。諸々のケアも。すべて。雪姫が、倉良の努力を見て感じてそれを許したんだ。心さえも。
倉良は雪姫と暮らすうちに彼女を守らないと、って思ったらしい。そこに恋愛感情はなくて、友愛?って言ってたかも。
対照的に、雪姫は少し明るくなったように見えて…暗くなった。
親友と呼べる人ができても、彼女のコンプレックスは自身の能力を巧くコントロールできないことだったから。ぼーっとしていたり、予期しないことがある度に周りを凍らせちゃってたし…
一度だけ、倉良さえも凍らせた。それがトラウマでお目付役を解除しようとしたらしいんだけど、上の人と倉良が許さなかった。
確か、二人が十一か…十二歳の時だった。
『雪。俺のことはいくら凍らせても死なないから気にしないで。水の能力のお陰で耐性あるんだって、言ったでしょ?』
『でも、でも…私、また…!とうとう、貴方まで丸ごと…!いや、もうやだ…っ!なんで、なんで私はこんなに制御できないの…!?っうう…!私の、ちからなのに…!』
『雪…』
『こんなんじゃ、こんなんじゃ、戦えない…!み、みんな、凍らせちゃう…!私の生まれた意味なんて…なかった…?それなら、消えた方が、良い…!もう、いや…あ、あの人も…研究者の、人も、いつも怯えてた…!私が、怖いから…!もう、いや…っ…すきで、こんな風に…っ生まれたんじゃないのに…!こんな思いするくらいなら…し、しんで、しまいたい…』
『…雪、雪!お願い聞いて!』
───この辺は、倉良から聞いた話。
雪は、限界だった。初めての女性としての被験体としての成功作、なのにコントロールできない能力、代償には自由に動かせない肢体。問われる存在理由、アイデンティティ。様々なものが入り乱れて溜まりに溜まったストレスが大爆発。なんと部屋の中のもの全てを凍らせた。
倉良も凍りそうになったけど、耐性がある。忍び寄ってきた死の気配と容赦のない冷気に侵されながらも、やることは決まっていた。いつかこうなるかもって、予感はしていたから。雪を車椅子の後ろから痛いくらいに抱き締める。
倉良にとって、雪はもうすっかり大事な人になっていた。
『?!い、いたいよ、倉良……体が、冷えちゃ…こ、凍っちゃうから、はな、離れて…ぇ!』
『こんなの、離れられないって。もう、勘弁してよ。俺は初めて会った時からさ、その涙に弱いの。気付いたのは、今だけどね』
『…?な、なに、何の話…っ』
『雪、俺にとって雪は大切な親友で家族みたいなものなんだ…本当に大切。いくら迷惑かけても良いし、そもそも迷惑だなんて思ってない!被験体だから何?能力が使えるだけで、意味も価値もある』
『でも、でも、私はっ…能力を、うまく使えないのに…生きる価値なんて…ひぐ…』
『能力はさ、これからも一緒に、沢山練習しよう。絶対に雪なら大丈夫だから…俺を信じて。…ああそうだ、生きる理由が欲しいなら、俺を理由にしてよ』
『り、理由…?』
『俺がいる限り、生きて。一緒に、存在理由をさ、全うして…地球を、取り戻しに行こうよ…いつか。そんで、ぜんぶ終わったら、静かなとこで余生を過ごすの…月でも、第三の地球でも、地球でもいい…でも、俺的には、海が見えるとこがいい、な』
『……な、なんで』
『雪は…?』
『な、なんで、貴方が、泣いてるの…?』
『…だってぇ…!雪が、俺を離そうとするから…ぁっ!消えた方が良いとか、しんだほうがいい…とか、言うからぁ…っ!うっ…やだ…よ、そんなの、寂しいよ』
『く、くらら…ごめ、ごめんなさい…!そこまで、言ってくれる、あなたに、な、なんてことを…私にとっても、貴方は大切な人…寂しくさせて、ご、ごめん…生きる、わたし、生きるから、ひぐっ…!』
『そうしてええええ!わーーーん!!』
二人分の泣き声が谺する部屋。…後半の会話をボクは、音の能力で会話を聞いてしまった。用事があって彼女の部屋に行ったんだけど…とてもじゃないけど、入れる空気じゃなかったし、立ち去った。
でも、選ばれなかった後もずっとボクは諦めなかったよ。積極的に雪姫に会いに行った。まずはお互いに被験体だと言うことを話して、そのあとは授業の合間に定期的に会いに行って、倉良も交えてご飯を食べたりとかして。信頼と信用を勝ち取った。
…あと、こっそり能力を使って、二人の会話を聞いたりしているうちに、二人の絆が高まっているのも知った。
「湖礼は、本当に能力使うのが上手ね」
「そう?そうかもー!でも、そんなに難しくないんだよ?雪姫もそのうちできるって。最近調子良さげだし!」
「ありがとう…頑張ってみる。というか、姫って何?」
「んー、なんとなく?愛称的な?」
「意味わかんない、変なの…」
ボクだけが呼ぶあだ名、これはちょっとした独占欲だ。倉良への嫉妬心、ともいうかも。
ともあれ「同じ被験体」ということもあり、雪姫はボクにも心を開いてくれた。そして、湖礼は怖くない、と言ってくれた。
ボクは、なんだかその言葉だけでも満ち足りちゃったんだあ。
だから、彼女を守る騎士の役目は、倉良に譲ってあげる。倉良を一番頼りにしてるのを、知ってるから。
それで、今に至るって感じかなあ。
被験体として、いつか「旧地球」で一緒に戦える日が来ると、願ってる。その日はきっと遠くないよ。
ああ、でも本格的に戦うなら…その車椅子、魔改造した方がいーと思うよボクは。折り畳み式の駆動する足を四本くらいは付けたりとかさ。
え、もっと色々と詳しくことを知りたい?
…うーんじゃあ、気が向いたらそのうち、ね。
ああ、機密事項だからオフレコでシクヨロ★
今日は語り疲れから、バイバーイ!




