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PASS!  作者: 寛世
第3章
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62/66

未知の模擬戦 21 完



「…は?」

「あーあ、ドローン巻き込まれたんじゃね?早く復帰しろよな」

「わああ良いところだったのにー!」


 周囲がざわつき始めてから数十分後、ようやくモニターの映像が復活した。ただ、完全な復活ではなく所々にノイズのようなものが走っている。


(これじゃ状況がよくわからない…)


 その場にいる誰もがどうにもならない状態に焦らされていた。俊輔も無意識に拳を握りしめる。手汗どころじゃない、全身のあらゆるところから変な汗が滲み出ている気がした。

 さらに数十秒が経っただろうか?モニターの映像が完全に復活した。そこに立っていたのは…



『やっほ〜〜みんな見てる〜〜?いえいいえーい!あたしたちの勝ちでーす』



 倉良聖良、ただ一人だった。


(…湖礼くん…!)


 周囲は水を打ったように静まり返っている。

 団体戦に初参加であり、殆ど戦闘データのないチームが、こうも簡単にあっさりと優勝した…してしまった。古参の湖礼少年の方が有利だと心のどこかで思い込んでいたのか…周りの視線は、モニターの中の異端な倉良少年に釘付けだった。動揺、驚愕、畏怖…さまざまな感情で画面の中の彼を見つめているのが、俊輔でも分かった。


『もー、制服ボロボロでマジ最悪なんですけどぉ!』

 

 モニターには笑顔の倉良少年、突き抜ける様な青空、水浸しの屋上の床が映っている。彼のふわふわなツインテールは乱れに乱れ、制服は無惨にもずたずたに引き裂かれており、所々出血もしている…モニターで確認できる外傷は、それだけだった。

 俊輔は青褪めた。湖礼少年の姿がどこにも見当たらないということは…つまり…。それを肯定する様に、秋山少年が恐る恐る口を開く。


「…あ……あ、あー…薫っち、負けちゃった感じね」

「…こ、湖礼くんだって、あんなに強いのに」

「佐原井先輩、気持ちはわかります…ですが…倉良先輩もかなりお強い方です。能力の出力量、技巧、精密さ、煽りスキル…全てが自分たちより遥かに上でした」

「そう、だね……煽りスキルはともかく、倉良くんも…すごく、強かった」


 思わず胸を抑える。もう痛みはないというのに、まだ貫かれた感覚が残っているような気がした。

 隣を見ると、海野少年が震える拳を反対側の手で抑えている。…とても悔しい、のだろう。彼は、本気で勝ちを取りに行っていたから…

 

「たっだいまー!」


 空気が重くなりかけたその時、一陣の風とともに一際明るい声がまるでその場の空気を変える様に響き渡った。…すっかり聞き慣れてしまった電子音を伴って。


「みんなごめーーん!あれだけ大口叩いておきながら、負けちゃった!!本当にごめん!!」

「お…っかえりー、薫っち乙乙〜〜!そんな謝んなって!やっこさんたちめちゃ強かったしデータもない中で奮闘した方よむしろ?今回はしゃあなくね?ね?海野クン?」

「…ああ、今回は俺らの負けだ、今回は。湖礼、最後までよく頑張ったな。お疲れ様」

「…ありがとー!ボク本気でやったんだけどさ、倉良…思ったより強くなってたよ…久しぶりにちょっとだけ悔しいな…あー月グミたべたーい」

「後で色々聞くから、気にしすぎるなよ。でもグミは自分の部屋で食え」

「…うん」


 湖礼少年を見た海野少年は少しだけ悔しそうな表情をしたが、それも一瞬だった。湖礼少年はチームメイトと声を掛け合った後、眉を下げて笑みを浮かべていたが、エメラルドの瞳が翳ったような気がした。


(湖礼くん…もしかして、戦い以外に何かあった…?なんかいつもと様子が…気のせいか…?どうしよう…何か、何か言わないと)


 チーム『Pass』はチーム『氷の国』に敗北した。

 しかし、負け方はわからない。誰もその瞬間を見ていないのだから。モニターが落ちている間に、二人の間に一体何があったのか。本当に戦いだけだったのだろうか?心の中がざわめいて落ち着かない。


(何か、何か)


 俊輔は声をかけようとして……何と声をかけたら良いのか、わからなかった。落ち込んでいるなら励ましたい。悩んでいるなら、話を聞きたい。もう戦友なのだから。

 頭の中でひたすら掛けるべき言葉を探していると、今度は放送ではなく訓練所の出入り口からコツコツとピンヒールを鳴らし、白衣の名無が現れる。


「まずはみんな、お疲れ様」


 思わず背筋が伸びた。ふと空中モニターを見ると、倉良少年の姿は無くなっており、ただただ青空が広がっていた。

 名無は両手をパンッと一回叩いてから、人が良さそうな微笑を浮かべる。


「今回の団体戦リーンフォースは『氷の国』が優勝、団体戦はこれにて終了です。全員、本当によく頑張ったわね。

 それぞれ学ぶことが多かったと思うわ…悔しい思いもしたと思う。今日のことを糧に研鑽なさい、勿論部屋で見ている見学組もよ。今回の出場者は、一週間は任務は入らないからその間はゆっくり療養すること。授業も三日間は休んでいいわ、休息も大事だからね。カウンセリングルームを活用してメンタルケアもすると良いわ。あ、不調や悩みが有るなら悩まずにワタシの所にくること!

 じゃあ、解散」


 ───かくして、俊輔の初めての団体戦リーンフォースは、結果的に敗北したけれど、二勝達成という結果を残して幕を閉じた。


 名無が指を鳴らすと訓練所の結界が解かれ、それを確認してから各チームがまばらに体育館を出ていく…なんとなくそれを眺めていると、視界に見慣れてきた白髪が飛び込んできた。驚いて反射的に一歩後ろに下がる。「…次は負けねぇから」一言だけそう言うと、睨みを効かせながら真野少年は苦笑を浮かべるチームメイトと共に消えて行った。


「なにも、わざわざ目の前で言わなくても」

「あははっ!真野くんてばシュンスケにやられたのがよっぽど悔しかったんだねぇ。すっかりライバル認定されてるじゃん」

「ライバル……あ、湖礼くん!あの、俺…最後まで一緒に戦えなくて、ごめん…それと、お疲れ様」

「気にしなくていいのにー!でもありがとう!シュンスケも初めての団体戦お疲れ様★あっ、どうだった?!何か能力のこととか掴めた?!」

「え?!えーっと…コントロール力は上がった様な…そうだ、避雷針のことも教えてくれてありがとう」

「役に立って良かった!それで、ほかには?!力加減とかどう?!光速移動はマスターした感じ?!」

「ちょ、ストップ!ストーップ!一旦休ませて!なんか今はもうさっきから言葉が出てこなくてえええ!」

「えーっ!!ぶーぶー!」

「…元気ですね、先輩方。」

「や、薫っちだけだからそれ。一緒にしないでちょんまげ」

「はあ。」

「ちょっといいかしら?」


 呆然としているシュンスケの横からひょこっと湖礼少年が現れ、いつものように励ましてくれる。ありがたいなぁと思ったのと束の間、矢継ぎ早に質問が始まってこいつはやばいと構えたその時、名無から声がかかった。

 周囲をちらりと見渡すと、なんと体育館にはなんと俊輔たちしか残っていなかった。彼女(やとみゆき)も、いつの間にか姿を消していた。


「アンタたちはこの後、ワタシと一緒に保健室にきて頂戴」

「「「「「え」」」」」

「詳しい話は後でね…あっ佐原井くーん!見てたわよ〜〜!初めてなのにナイス連携!ナイス応用力!ナイス攻撃力!!順調に伸びているし、良い感じで安心したわぁ〜〜!」

「あ、ありがとうございます」

「センセーー!ボクはボクはー?」

「攻撃が大振りで雑」

「それだけ?!」

「まだあるけど。湖礼はね、技名とかつけた方が良いと思ったわ。見えない分わかりにくいのよアンタの攻撃」

「あ、風速40m/sとか?」

「そう!あれも!予備動作とかあるのは知ってるけど視認できないし兎に角、わかりにくい。敵にはそれでいいんだけど、味方もわからないんじゃ本末転倒。戦場でどう転がるか不明だわ。技名じゃなくてもいいから、適当に名称でもつけてみたら?シミュレーションしながらね。ほかはそうね、秋山は……」


 名無は一人一人に声を掛け、それは保健室に到着するまで続いたのだった…───





「で、これは一体どういう了見ですか?」

「実を言うと、ワタシは頼まれただけなのよ。終わったらアンタたちをココに集めてって」

「頼まれたって、誰に?」

「せっかちはモテないわよ、海野」

「…」


 団体戦の後、なぜかチームPassは保健室兼検査室に集められていた。

 名無はテキパキと六人分のパイプ椅子を用意すると、どこ吹く風でオリジナルブレンドのアイスティーを優雅に啜りながら、こちらに一瞥もくれずにパソコンに今日の団体戦のデータを入力している。もちろん生徒全員に淹れてくれたが、喜んで口をつけているのは湖礼少年と秋山少年だけだった。


 向こう側が映るくらい透き通った青色に、浮かぶは白と黒の粒。カップの底には綺麗な花が咲いている。俊輔は自分でも顔が引き攣っているのが分かったが、なんとか抑えた。


(模擬戦の後に先生のお茶とか予想できるか!というかなんか花ごと入ってるけど、これはなんだろう…?大丈夫なやつ?の、飲みにくいな…)

「さあ今日はどんなお味かなーーー!??ドキドキチャレーーーーンジ!」

「先生ありがとー、マジ疲れてたから今はどんなモンでもとりま液体なら助かるー」

「湖礼煩い。どういう意味よ秋山。はぁ…今日はブルーマロウというハーブティーに白と黒胡麻、蜂蜜、生姜と林檎のすりおろししか入ってないわ。あと花はジャスミンね」

「「…う、美味い!?」」

「でしょ?!」

(本当に?!これ信じていいやつ?!)

「あー、ごめんだけどあんまり大きい声は出さないでね。雪が起きちゃうから」


 先生もですよ、と付け加えて優しくカーテンを引き、奥から出てきた倉良少年が人差し指を唇に当てて微笑む。顔が整っているからか、その動作さえも様になっていた。髪も服装も整えられている。ついどきりと高鳴ってはいけないものが高鳴りかけるほどに、麗しい。疲れ過ぎて気の迷いが出ているな…俊輔はハーブティーを一気飲みした。今回は本当に美味しかった。ありがとう名無先生。


 …そう、奥のベッドにはつい先程まで戦っていた相手の一人、夜都見雪が眠っている。倉良少年が今さっき、横抱きにして運んできたのだ。


「ああ、そうだったわゴメンね。じゃ、ワタシは報告書作成に戻るから、好きにしていいわよ」


 名無はデスクに向き直ると、優しくキーボードを叩き始めた。倉良は海野少年の隣の椅子に腰をかけると、誰も口をつけていないハーブティーを一口飲んでから、


「雪には鎮静剤入りの水を飲ませてあるから、よほど大きな音でも出さない限りは起きないはずだけど…それでも心配だからぁ、湖礼か海野くん。雪の周囲に防音お願いできる?」


 と、可愛らしく言った。海野少年が眉を顰めつつ名無に声をかける。


「はあ…名無先生、とのことですので、保健室で防音結界張っていいですか?」

「んー。仕方ない、特例で許可しましょ。今回だけよ」

「ありがとうございます。…倉良、あの女の周囲のみ防音結界を展開した。これで普通に話せるな?」 

「海野くんありがと〜〜、助かるわあ。本当はここの皆んなとお疲れ様会やりたかったんだけど、そうとも言ってらんないし、早速本題に入りましょうか」


 倉良少年の目つきが変わった。ふわふわした雰囲気から獲物を狩るハンターの如く。その切り替えの速さに、また俊輔に緊張感が走った。


「あたしらの携帯端末に『優勝商品』の内容が書かれたメールが、今さっき来たのね。思ったよりも早く。予想してたかもだけど、報酬の内容は地球探査」

「……だろうな」

「あー、やっぱりそうだったんだぁ!行きたかったなぁ〜〜!!悔しい!」


 海野少年は無言で隣の倉良少年を見ている。湖礼少年はいつも通りに見えた。倉良少年は続けた。その表情に、少し哀愁が含まれた。


「もうわかってると思うけど、雪は下半身を動かせない。流石にそんな状態の雪を、地球には連れて行けない。もっと性能が良い全自動(オート)車椅子とかじゃないと無理。イレギュラー対応キッツイし、流石に何かあった時守れないなーって。とにかく、最悪の事態を考えだしたらキリがない…それを、さっきここに来るまでに、本人に話した」

「へえ…君から話したんだ?ボクから話すつもりだったのに」

「あたしから話すつもりは毛頭なかった。止める前にメール見られちゃって、しかも本人が乗り気になっちゃって…話さざるを得なかった。でも、きちんと理解は得られた。雪は自分のことを分かってたんだよ、あたしたちが思ってたよりね。だから、ここに来るまでにこの話はまとまってる」


 所々、話がよく見えなかったが、とにかく彼女は自分から任務の参加を断った…らしい。え、じゃあなんで今この話を?倉良少年を除く全員が、頭に疑問符を浮かべていた。それを見て倉良少年は流れるように愛らしく肘をついて片目でウインクをした。


「だ、か、ら、繰り上げで『チームPass』から一人、参加しない?」

「「「はぁあ?!」」」 

「本当はあたしと引率の先生で行く予定だったんだけどぉ、雪がせっかくの枠が勿体無いって言うからさあ。準優勝チームならいいかなーって」


 とんでもない爆弾が落とされた。即座に湖礼少年が起立し手を挙げる。海野少年の射殺すような視線が湖礼少年に飛んだ。


(いや怖!!)

「はーい!!はいはい行きます行きます!!ボク参加するーー!」

「湖礼は無理。あたしが任務行ってる間の雪のお世話をして欲しいから。これ、本人からの要望ね」

「えっ!!?あーー…うー…そっかあ…ボクにしかできないやつだねぇ……うう、でも生の地球、見たかったなあ…」


 目に見えてしょげている湖礼少年の頭を、射殺すような視線から憐れむような視線になった海野少年がぽんぽんと優しく叩く。海野少年はそのまま倉良少年に向き直った。


「おい、その繰り上げ任務の許可は上から降りてんのか?」

「あったりまえー、名無先生通して許可とってますー。じゃなきゃ話さないんだけど海野くんってやっぱ馬鹿?」

「…」

「気持ちはわかるけどね海野クン。今は落ち着いてその拳を降ろそうか、ほら、スッゲー大事な話だからこれ。ちなみに俺はパス。無理無理無理、圧倒的力不足!任務内容知らんけど足手纏いになるのが見え見えですしおすし!」

「…となると、行くのは海野先輩か、佐原井先輩…?」

「いや、竹也も候補だ。…兄と一緒は嫌か?」

「はぁ……そういうわけでは…」  


 三者三様の反応を見て、倉良少年はふんふんと満足げに笑顔を浮かべた。


「そんなわけで!二週間以内に、三週間後に地球に行く人を決めておいてね!任務内容は三日間、視察だけだよ。決まらなかったらあたしと、引率の東院寺先生だけで行ってくることになるからぁ〜」

「ン?視察だけなら俺でも大丈夫…?いやでもなんかあったら戦えんしな〜〜…やっぱ無理!」

「…わかった、このあと反省会する予定だったし、ついでに会議もする。倉良、情報提供と提案には感謝する。が、腹立つから一発殴らせろ」

「いやー!ヤダー!こわーい!助けて佐原井くーん」

「えっ」

「アンタたち少しは静かにしなさいよ。あと用が終わったならそろそろお暇して頂戴。倉良は起きたら連絡するから後で迎えにきてね」


 六人は真剣な表情の名無にぺいぺいっと保健室から追い出された。追い出す時は本当に容赦がない。倉良少年は考えておいてね〜と微笑みながら一言告げ、ひらひらと手を振りながらどこかへ行ってしまった。


 ───というわけで今夜は反省会と会議だ。

 敗因。そして、誰が地球に行くのか。


(……三日間だけの視察)


 それはまるで、甘美な響きをもつ誘惑にも、今更何もできないのにという絶望にも似ている。地球に未練なんて…沢山、ある。


(…任務だ、あくまで。それに俺が行くって決まったわけじゃない…でも、なんだか…それだけじゃない。嫌な予感がする)


 それぞれの胸中に複雑な思いを抱えながら、晩には食事を済ませ、俊輔たちの部屋で夜は更けていった───

 




 そして、三週間後の朝が来た。







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